第54話 仮面の人物を追う件について

「――織音様、やはり例の人物についての情報はありませんでした」

「……そう」


 現在あたしは自室のデスクにあるパソコン画面を見つめながら、初秋が用意してくれた紅茶で喉を潤していた。


 初秋に頼んでいたのは、以前【日々丘高校】のダンジョンに挑んだ際、あたしをドラゴンから救ってくれた仮面の人物の情報についてである。

 しかしあれからずっと調査しているものの、状況は芳しくなくほぼ何も分かっていない状態だった。


「ですが織音様、本当にあの場にそのような人物がいたのですか?」

「あら、信じてはくれないのかしら?」

「い、いえ! わたしは織音様が口にされる一字一句、神の御言葉だと思っております!」


 フフフ、やはりこの子は可愛いわね。何よりも信頼できるあたしの右腕。


「なら引き続き頼むわ。どんな些細な情報でも構わないから、一ノ鍵グループの総力を決して情報をかき集めなさい」

「畏まりました!」


 初秋が響くような返事をして部屋から出て行った。

 あたしは軽く溜め息を吐きながら、キーボードを叩く。


「仮面を被っている『持ち得る者』の姿は幾つか確認されている。けれどどれもあたしが見た仮面ではないし、そのどれもあの時刻には他の場所にいたというアリバイもあるわ」


 画面に映し出されている仮面の人物たちの画像。

 とはいっても三人だけではあるが。その一人はどうも女性だし、一人は明らかにあの時の人物とは体格が違う。


 残った一人は体格は似ているが、すでに《クラン》に入っていて今も活躍している。それに今はもう仮面をつけていないらしい。彼はあの時刻、仲間たちとともに九州でダンジョン攻略に勤しんでいたという情報もあった。


「……一般人……というわけではないわね」


 だったらあのあとすぐにダンジョンが攻略された理由に説明がつかない。

 コアを破壊できるのは『持ち得る者』だけなのだから。


 そして恐らくは透明化できる能力を持っている。あたしだけに確認できたのは、触れることで対象には見えてしまうというリスクがあるからであろう。

 あたしを救ってくれた時に、あの人物はあたしに触れることになった。そこで初めてあたしは仮面の人物の存在に気づいたが、初秋や心乃たちには見えていなかったのだ。すぐ目の前にいたにもかかわらず。


 あたしは透明化という能力を持つその人物に興味が湧いた。是非とも我が手中に収めたい。

 あたしたちが手も足も出なかったドラゴンでさえ、その存在を気づかせず、かつ右目を攻撃してダメージを与えるほどの実力者なのだ。

 恐らく一人で攻略に赴いているその胆力もさることながら、手にできればあたしの野望を叶えるための大きな一歩になるはず。


 そのために調査してきたわけだが……。


「尻尾すら掴ませないとは、益々欲しいわね」


 あの隠密力は驚嘆に値するものである。

 あたしは椅子の背もたれに身体を預けて再度溜め息を吐く。


「そもそも何故仮面をつけているのか。その理由は必ず存在するわ」


 ならその理由とは何か。

 当然自分の正体を明らかにしたくないから、だろう。

 中にはカッコ良いから、トレードマークとしてなどあるかもしれないが、どれも理由としては薄い。

 そもそもそんな奴らは目立ってなんぼという自己顕示欲がある。かの仮面の人物には当てはまらない。


「アレは間違いなく単独行動をしているわ。一人の方が何かと都合が良いしね」


 透明化できるということは、誰にもバレずに自由に動き回れるということだ。

 しかしその能力を知る人が増えれば増えるほど、バレるリスクが増えてしまう。あの能力は誰にも知られないからこそ価値が高い。

 だから十中八九徒党を組んだりはしていないはず。バカでなければ、だが。


「なら何故わざわざ仮面で素顔を隠すのか。あたしが逆の立場ならどうかしらねぇ」


 透明化できる能力があるとして、わざわざ視界を狭めてしまうような仮面をつけるだろうか。いや、そんな愚かなことはしない。

 仮に透明化が切れて、誰かに素顔を見られるのを恐れたとしても、ドラゴンのような強者相手に視界半減するような愚行をするだろうか? 少し間違っただけで殺されてしまうような現場だったのに。


 少なくともあたしはしない。たとえバレたとしても、どうせ初対面の相手だろうから、そう気にせずとも……。


「……初対面? ……なら初対面ではなくあの場に知り合いがいたら?」


 その可能性に気づき、あたしは眉をひそめる。

 そうだとしたら事情も変わってくる。あの場にいた者たちの中に知り合いがいて、その人物に自分が透明化できる能力を隠し続けていたかったとしたら?


「そうね。その可能性があるじゃない。どうして今まで気づかなかったのかしら。あたしもまだまだというわけね」


 悔しさが込み上げると同時に、何か光明が見えたような気がして思わず笑みが零れてしまう。


「仮に……そう、仮にあの場に仮面の人物の知り合いがいたとして、それは一体誰か」


 少なくてもあたしにはそんな存在には心当たりがない。

 ならば……。


「あの場にやってきた人物といえば、あたしと初秋、心乃と乙女……そして飛柱組ね」


 この三組。この中であたしと初秋の知り合いではないだろう。

 基本的に初秋の交友関係はあたしと同じだ。そして感覚的にも、知り合いではない気がした。


「なら心乃か乙女?」


 当然可能性はある。そして……。


「飛柱組……だとしたら敵対勢力? いえ、ならあの場で殺しておいた方が賢いわね」


 透明化の能力があるのなら、隙をついて飛柱組に近づいて殺すことだってできたはずだ。

 それに飛柱組が消えてからも仮面をつけてたし、彼らの知り合いの可能性もまた低いような気がする。


「となると心乃と乙女になるのだけれど」


 直観的にこちらが割り合い的に大きいと感じる。


「では二人の知り合いだと仮定して、次に何故バレたくないのか」


 接してみて分かったが、心乃と乙女は悪党ではない。あたしや初秋と違い、恐らく手を汚してもいないし、感覚的には一般人寄りなのは確かだろう。

 乙女は育てれば初秋のような有能な戦士になるだろうが、彼女はどこか潔癖症な気がある。

 純真無垢な心乃の傍に立つのは、同じような綺麗な存在しか認めていないような節があるのだ。たとえ自分でも一度人を殺めたのであれば、自ら心乃から離れていくような純粋さを持っている。


 つまり心乃が傷つくようなことは絶対にしないということだ。

 だから仮に透明化の力がバレても、無理矢理その力を使わせて馬車馬のように働かせるとは思えない。心乃の知り合いなら、きっと乙女もまた大切にするだろうから。

 なら乙女だけの知り合いならどうか。乙女にはバレたくない事情がある。これなら分かるが、以前乙女にも聞いたが正体を隠すような『持ち得る者』には心当たりがないという。


 そもそも四奈川の身内には敵はいないし、自分たちが『持ち得る者』だということも一部の者しか知らないらしい。

 さらに彼女も初秋と同じように、ずっと心乃と一緒に育ってきたこともあり、交友関係にあまり差はないし、正体を隠すような人物に心当たりはないとのこと。


「う~ん、やはり二人の共通の知り合いという方がしっくりはくるわね。バレても二人なら受け入れてくれるだろうし、無茶な要求だってしないでしょう。乙女だけならともかく、心乃が許さないだろうし。それなのにバラさないのは、それほど親しい間柄ではなく、二人を完全に信頼できていないほどの距離感だから? 最近知り合った可能性が高い?」


 こうして考えていけば徐々に人物像が見えてきたような気がする。

 あくまでも仮定ではあるが整理してみよう。

 心乃と乙女の知り合い(親密度は低い)で、かなりの秘密主義者。


 大規模ダンジョンを単独で攻略する度胸の持ち主だが、お人好しな部分を持ち合わせている。

 透明化の能力、あるいは『持ち得る者』自体を二人に隠している理由として、利用されたくないという考えよりも、どこか別の思惑があるように思える。

 また人も殺していないような穏やかな気質の持ち主だとも考えられるだろう。何故ならあんな能力を持っていながら、あたしや飛柱を殺していないから。


 あたしだったら《言霊》で人を操作できる存在や、トロルをいとも簡単に殺すことができる謎の能力を持つ飛柱兵卦は始末しておく。その機会など幾らでもあったのだから。

 それをせずに、あろうことかあたしを助けたことから性格的には理性的でありながらも、感情で反射的に行動してしまうこともある人物だ。


 恐らくだがあたしの子供っぽい容姿を見て、無意識に手を貸してしまったのではないだろうか。


「……大分絞れてきたわね。けれどまだ何一つ確証はない。何か決め手があればいいのだけれど…………! そういえば心乃、今日の九時頃に電話をかけていたわね」


 確か【日々丘高校】に通うクラスメイトで、スキル選びやダンジョン攻略など、いろいろアドバイスをもらっているということだが。


 あの子、その人物の話をする時、妙に嬉しそうなのよね。もしかして好きなのかしら?


 そういえば乙女はどこか不愉快そうではあったが、彼女もその人物の話をする時は、何故かとてつもない毒舌になるのだ。それがどこか楽し気でもあった。

 二人して家にお邪魔するくらいの関係だという。最近仲良くなるきっかけがあって、それなりに親しくしているとのこと。

 しかしその人物は『持ち得る者』ではなく、一軒家に一人で暮らしているらしい。


「……! 心乃と乙女の共通の知り合い、それほど親密な間柄ではない、乙女の毒舌や心乃の無茶ぶりにも反発せずに付き合うほどのお人好し……。確か名前は――有野六門だったかしらね」


 あたしはあまり男には興味ないが、心乃がしつこく名前を出してくるので覚えてしまった。


「有野六門……調べてみる価値はあるかもしれないわね」


 そう判断し、さっそくあたしは内線で初秋を呼び出した。




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