第50話 ここって日本だよなぁって思った件について

全身を黒スーツで纏い、サングラスで目を隠しているSPのような風貌である。どうやら見た目からしてスレンダーな女のようだが。

 当然俺だけでなく、銃を構えているその女をその場にいる全員が意識を向ける。


「くっ……何が……っ!?」


 いまだに自分に何が起こっているのか分からないのは富樫だけらしい。

 続いてまたも富樫に向けて発砲された弾は、彼の首当たりに命中してしまう。


「カハッ!?」


 たまらず富樫は倒れてしまい、白目を剥いているということは意識を失ったのだろう。


「富樫さんっ!?」

「リーダーッ!?」

「富樫くんっ!?」


 彼の仲間たちが心配して駆け寄ろうとするが、次々と女による凶弾を受けて倒れていく。

 その状況をマズイと判断したのか、ヤナギが仲間たちへ向けて指示を出す。


「お前らぁっ! 今すぐこっから離れやっ! 撤退するぞっ!」


 だが次に狙われたのはそのヤナギで、放たれた銃弾が彼に向かっていく。


「――ちぃっ!」


 しかし恐るべきはヤナギの反射神経か。彼は次々と自分に向けられた弾を避けていく。

 そして避け続けるのはいいが、彼の背後には建物の壁があり逃げ道を塞いでしまう。

 仕留めたと女は思っただろう。だが壁の向こうに吸い込まれるようにして消えるヤナギを見て、女はそこで初めて眉をひそめた。


 まあ知らなかったらあんな回避の仕方するとは思わねえしな。そりゃビックリするわ。


 ヤナギへの狙撃は諦めたようで、女はいまだその場に残っている連中を狩っていく。


 ……ここって日本だよなぁ。


 地獄絵図のような光景になっている中、一人傍観者の俺は引き攣った顔で様子を見守っていた。

 しばらくするとその場も静かになる。

 五階の高さはあろうかと思われる建物の屋上から飛び降りた女は、地に伏している者たちを見回しながら富樫のもとへ向かう。


 俺も気になったので《ステルス》を使ってより接近してみた。

 そしてよく見れば、人間の姿に戻ってはいるが、富樫の腹部が上下していることから、彼はまだ生きていることを知る。

 他の倒れた連中に関しても、血も流していないし気絶しているだけ。

 血を見せているのは富樫のみらしい。


 ……麻酔銃を使ったってことか?


 そういえば富樫が首を撃たれた時、血飛沫は確認できなかった。

 恐らく最初の四発は実弾で、あとは麻酔弾ってことなのだろう。

 富樫の巨体を見て、まずは動きを止めるために実弾を撃ったのであれば納得できる。


 そこへ女に近づく人影が一つ。

 同じように黒スーツを纏った人物だ。こちらは男のようである。


「さすがは『魔弾の射手』。獲物を大量捕獲です」


 男が富樫を見ながら微かに笑みを浮かべる。


「別に。普通」


 ずいぶんさっぱりした返答だ。これだけの数を一人で倒しておいて涼しい顔をしている彼女に戦慄してしまう。


「任務。完了」


 女は淡白にそう言うと、その場から去って行く。


「これでまたあの方も喜ばれることでしょう」


 あの方? 


「しかしこのような連中が、本当にあの方のためになるかどうかは疑問ですが。……まあいい。私たちは任務を遂行するだけです」


 さしずめそのあの方という命で、暴徒を制圧しにきたってところか。

 明らかに普通ではない連中みたいだが一体何者なのだろうか……。


「ではとりあえず運ぶことにしましょうか――《念動力》」


 すると驚くことに、倒れている数十人規模の人間がフワリと宙に浮き始め、男がどこかへと歩いて行くあとについていくのである。


 す、すっげぇ……何だよあの力、欲しい……!


 念動力って口にしていたので、ジョブは『エスパー』か『超能力者』か。どちらにしても憧れるジョブではある。

 何せ超能力といえば、テレポートやサイコキネシス、テレパスや透視など万能な力を有しているはず。


 あれ? マジで羨ましいんだけども……。


 一粒でどんだけ美味しい思いができるのか、ちょっとズルイような気がした。

 まあ俺も人のことは言えないジョブではあるけどね。

 俺はちょっと前まで激しい戦闘が繰り広げられていた場所を見回す。

 まさに兵どもが夢の跡とでもいうべきか、武器や血などが散在しているが、今はただただ静寂がその場を包んでいた。


「にしても群馬……物騒な街過ぎだろうに」


 二つの暴徒勢力に、謎の黒スーツ。それに人を狂わせる巨人の存在と、話題に事欠かない県である。

 何だかもうこれ以上は踏み込まず、さっさと家に戻りたくなってきた。

 しかしせっかくここまで来たし、新しいスキルもそのために取ったということもあって、あと少しくらいは探索していこうと思い、再び歩を進めたのであった。


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