第49話 二つの組織が抗争している件について

「よぉ、いい加減俺らの縄張りで好き勝手すんのは止めろや『紅天下べにてんか』!」

「うるせーわ『白世界しろせかい』! 好き勝手やっとんはおめえらだんべえ!」


 どうやら二つの勢力がそれぞれいがみ合っているようだ。


 ……二つ? そういや……。


 病院で会った婆さんから似たような話を聞いたことを思い出す。

 群馬には二つの大きな『コミュニティ』があり、その二つが縄張り争いをしている。

 そう聞いた。


 つまりコイツらがそうだってことか。


 あちこちで抗争を繰り返し、関係のない者たちが被害に遭おうが関係なく暴れる迷惑集団。

 まあその割には、今回の戦いじゃ、周りに一般人は見当たらないが。きっともう逃げ出したあとなのだろう。


「いいか『紅天下』ぁっ! いい気になっていられんもそこまでだ! 今日こそはどっちが群馬の覇者に相応しいか、決着をつけてやんべえ!」

「それはこっちのセリフだボケが!」


 すると突然ゴングが鳴ったかのように、二つの勢力が激突した。

 若い連中ばかりということもあって、その迫力は映画を観ているようで、全員が全員本気で喧嘩をしている。


 いや、これはもう一種の戦争かもしれない。

 何故なら殺さんばかりの勢いで、木刀や刃物を振り回しているのだから。

 道路には血飛沫が舞い、怒号や悲鳴が飛び交う。

 それでも逃げる者は一人もおらず、一人、また一人と倒れていく。

 折れた木刀の欠片が俺が隠れている建物のところまで飛んでくる。


 なるほど。こんなに激しく争っているのであれば、一般人が巻き込まれても納得がいく。


 だがそんな中、一際目立つ戦いをしている奴らがちらほらいる。

 そいつらは明らかに段違いの強さを持っていて、某無双ゲームみたいな感じで、次々と敵を薙ぎ払っていた。

 本人に聞かなくても分かる。奴らは『持ち得る者』たちだ。

 割り合い的には九割が一般人のようだが、数人いる『持ち得る者』たちが戦場を激しいものにしている。


 そして『持ち得る者』同士が対峙すると、自然と周りが鼓舞して盛り上がるのだ。

 この一騎打ちを制した側が有利に立つとでもいうように、対峙する者たちもまた命がけで武器を交わし合う。


 おいおい、どこのバトル漫画だよ。マジかよコイツら……。


 何が楽しくて同じ人間同士で、こんな全力で殺し合いをしなければならないのか。俺には到底理解できない。

 するとそこへ騒ぎを聞きつけたのか、遠くの方からパトカーのサイレンの音が鳴り響いてきた。

 さすがに奴らも中断するんだろうと思っていたが、それは呆気なく裏切られる。

 誰一人焦る様子を見せずに、何事もなくバトっているのだ。


 パトカーが駆けつけ、警官が数人降りてきて静まるように注意を促すものの、あろうことかその警官たちに向けてまで攻撃をし始めたのだ。

 数の暴力とはこのことか、警官たちはすぐに制圧されてボロボロにされてしまった。


 ……ああ、もう無法地帯だなこりゃ。


 警察の権限なんて今の時代には無価値になってしまっているようだ。

 かくいう俺も平気でダンジョン攻略に挑んでいる時点で、暴徒となっている奴らと何ら変わりないかもしれないが。

 そんなハチャメチャな光景を唖然と見ていたその時、空気を震わさんばかりの歓声が響き渡る。


 それぞれの勢力の中から、一人ずつ二十代前半くらいの男たちが姿を見せた。

 二人とも、各々の額に『コミュニティ』の証を示す布を巻いている。

 明らかに他の連中とは醸し出す雰囲気が違い、周りの者たちも彼らの姿を見て湧いているようだ。

 恐らくだが、彼らこそがこの集団を率いるリーダーって奴なのではないだろうか。

 そんな二人が十字路の中央で対面すると、まるでそのやり取りを逃さないとばかりに、全員が静まり返った。


「……悪いが、今日ここでお前を殺すぜ――八凪やなぎ?」


 まず最初に口火を切ったのは、白い布を巻いた巨躯の男性だ。筋肉質でプロレスラーのようなガタイをしている。

 対してどちらかというと細身で優男のような形ではあるが、刀のようなキレ味を感じさせる睨みを放つ男が返す。


「やれるもんならやってみぃ。来ぃや富樫とがし


 コワモテVSイケメン。この図式は、まさに漫画そのもののようで、連中のことをよく知らない俺でもちょっとワクワクしてくる。

 空気がピリピリとし緊張感が張り詰める。

 両者は睨み合ったまま動かず、その周囲ではゴクリと喉を鳴らす音だけが聞こえてきた。


 次の瞬間、両者が同時に動き、互いに右拳を突き出す。

 拳同士がぶつかり合い、踏ん張っているそれぞれの地面に亀裂が走る。

 互いが同時に舌打ちをすると、先に次の攻撃を繰り出したのは富樫と呼ばれた巨漢の方だ。

 今度は両拳での連撃だ。何度も何度も剛腕を突き出し、それをヤナギと呼ばれた細身の男は軽やかにかわしている。


 そして富樫が蹴りを放ったと同時に、ヤナギは跳躍して同じように蹴りを放つ。

 ヤナギの蹴りが入ると思われたが、富樫はしっかり腕でガードしてみせた。

 そのまま互いに距離を取って睨み合う。


「準備運動はここまででいいか」

「……さっさと来ぃや、木偶の棒」


 明らかなヤナギの挑発に富樫の顔に苛立ちが現れた。


 そして巨漢がどっしりと構えると――。


「――《亜人化デミ・トランス》!」


 突如、富樫の身体が異様に膨れ上がり何倍もの体躯になっていく。

 全身には茶黒い体毛が生え揃い、姿形が人間のソレではなくなっている。


 ……牛!? それにあの変化ってまさか……!


 二足で立っているものの、風貌は間違いなく牛――バッファローそのものだ。

 しかしこの変化は見覚えがあった。

 それはあの飛柱組の一人である丸城という男のことだ。

 彼もまた動物――熊へと変貌したことがあった。


 同じジョブ……ってことか? いや、あっちは熊だったしこっちは牛。……いろんな種類に化けられる? それとも固定されてるのか?


 相変わらず動物に変化できるジョブというのが分からないが、威圧感や存在感は人間の時と比べて遥かに増している。

 鼻息を荒くさせた富樫が、細身へと突っ込み、


「――《崩玩ほうがん》っ!」


 両手を組んで、そのまま八凪の頭上からハンマーのように振り下ろす。

 ヤナギは一足飛びで後方に逃げ、富樫の攻撃が地面へと突き刺さった。

 直後、アスファルトの地面が一気に砕かれあちこちに亀裂が走り隆起する。


 おいおいっ、何つう威力っ!?


 あんな一撃をまともに受けたら即死で間違いない。

 あの富樫、確実に力が増している。これも動物化によるものなのだろう。


「ちっ、相変わらずの馬鹿力め」

「グハハハハ! トマトみてえに潰してやるぜぇ、八凪ぃ!」

「だからやれるもんならやってみぃ、富樫!」


 しかしパワーでは圧倒的に富樫の方が有利なようで、烈火のような富樫の猛攻にヤナギも攻めあぐねているのか回避だけに集中しているようだ。


「どうしたどうした八凪ぃ! かわすだけしか能がねーんかぁっ!」


 富樫が跳び上がり、恐らく一トンは越えているであろう体重を活かし、そのままヤナギに向かってのしかかろうとしてきた。

 さすがにあれを受け止めるのは無理だろう。回避するしかない、と俺は思ったが、あろうことかヤナギはジッと動かずに上を見上げていた。


 何をするつもりだ……?


 何か反撃する手でもあるのかと思いきや、そのままヤナギは富樫のプレスを受けてしまい地面ごと押し潰されてしまった。

 先程の両手の攻撃よりも段違いの威力を生み、その場に大きなクレーターさえ作り出す。


 完全に死んだ――と少なくても俺は思った。

 だが富樫の身体の下には、血液らしき赤いものが流れてくることはない。


 これは一体どういうことだろうか……?


 すると富樫から少し離れた地面から、ぬぅ~っと殺されたと思われたヤナギが姿を見せた。


 え? 地面に潜ってたのか? あの一瞬で? いや……けど……。


 気になるのは、ヤナギが立っている地面だ。穴も開いていなければ亀裂すらもない。

 ならどうやって地面から姿を見せたのか。

 舌打ちをしながらおもむろに立ち上がった富樫が、その謎を紐解いてくれる。


「いつ見てもおかしなジョブだな、てめえの『潜水士』ってのはよぉ」


 せんすいし? せんすい……潜水ってことか?

 そこへ続けてヤナギの仲間たちからの喜々とした声が響く。


「ハッハー! 見たか富樫っ! リーダーはありとあらゆるとこに潜ることができる『ダイバー能力者』なんだよっ!」


 なるほど。とても分かりやすい説明をありがとう。 

 潜水……潜る。ダイバーか。にしてもどこにでも潜れるというのは面白いジョブだ。

 先程の瞬間も、やはり地面に潜ってかわしたというわけである。

 このジョブの凄いところは、掘って潜るのではなく、まるで水の中のようにほとんど抵抗なく潜ることができるのが強みなのだろう。


「今度はてめえ自身に潜って内臓をグチャグチャにしてやんよ!」

「けっ、その前にてめえはこの俺にミンチにされる運命だ!」


 またもや両者が激突しようとした瞬間、渇いた音が周囲にこだました。

 同時に「ガッ!?」と愕然とした表情をして膝をつく富樫。

 見れば彼の右足の太ももから血が流れ出ていた。

 そして左足、右腕、左腕からほぼ同時に血液が迸る。


 ヤナギも驚いていることから、彼の差し金ではないことは確か。

 俺は音が鳴った先に視線を向ける。

 そこは建物屋上で、スナイパーが持つような長い銃らしき武器を構えた一人の人物がいた。



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