第43話 とりあえず旅立ってみる件について

「う~ん、最近電波悪いなぁ」


 現在時刻九時過ぎ。

 遅めの朝食で、軽く焼いた食パンを頬張りながら、俺はスマホを確認していたのだが、時折データ受信が滞ったりしてやきもきしてしまう。

 これもつい最近のことで、スマホの電波だけでなく、テレビもまた調子が悪いのか音が途絶えたり映像が歪んだりするのだ。


「これもダンジョン化の影響なんだろうなぁ」


 世界がダンジョン化し始めてから、早一ヶ月が経とうとしていた。

 まさに激動の日々が人々を襲い、今では外で自分以外の人間をあまり見かけなくなったのである。


 二週間ほど前だろうか。とうとう俺が住む【才羽市】の街中にも、普通にモンスターが闊歩し始めたのだ。 

 もしかしたら街そのものがダンジョン化したのではと思われたが、その近くにある公園や建物などがダンジョン化し、そこからモンスターたちが街へと流れ出たということらしい。


 そして最近近所の家族が車で田舎に向かおうとしたところ、突如前方にあったマンホールが吹き飛び、そこからモンスターが現れ襲撃を受けたとのこと。

 車は破壊されてしまったが、幸いすぐに逃げ出したことから軽傷で済んだ。もう少し遅ければ殺されていたと言っていた。


 このようにもうこの街でさえも安全ではなくなってきている。

 店もほとんど経営されていないし、腹を空かせたモンスターが襲ってくることから、コンビニや飲食店などは軒並み閉鎖されていた。

 ただこうなれば困るのは店を頼りにしている人間たちだ。


 特に食料を確保できなければ当然飢えてしまう。危険を犯してデパートなどに足を伸ばすが、そこでは弱肉強食とでもいおうか。人間たちが力でもって食料を独占し、破格の対価を要求してくるのだ。

 そのトップに立っているのが、『持ち得る者』と呼ばれるスキルの力を持つ輩である。


 彼らは食料提供や、モンスターから守ってやる代わりに、労力やあるいは性的欲求を満たすことを望む。つまりは俗な言い方をすれば奴隷になれということだ。

 当然同じ人間相手に、そんな要求を受け入れるわけがない。……普通なら。


 しかし生きるためには、理不尽な欲求でも受け入れるしかない。

 そう考え、涙を飲んで従う者たちが出てきているようだ。


 そうして造り上げられた集団――『コミュニティ』はどんどん数多くなり、中には一般人だけで構成された対『持ち得る者』を掲げる奴らもいるとのこと。

 何それ怖い。俺も見つかったら粛清されちゃうのかな?

 とまあ、そんな感じのことをヒオナさんから聞いたわけだが……。


「たった一ヶ月でこの様か。日本、もう終わったなこりゃ」


 あれからメディアを通じて、政府が何か新策を出したという報はない。

 ただヒオナさん情報では、すでに数多くの『持ち得る者』たちが逮捕されたらしいが。

 それを発表しないところを見ると、やはり政府は力ある連中を集めて何かをしようとしているのだと考えさせられてしまう。


 ただもうこんな状況になっている以上、政府がどう動こうが手遅れのような気もする。

 海外でもモンスターだけでなく、『持ち得る者』たちによって町が壊滅なんていう悍ましい事件も流されていて、世界は徐々に終末へと向かっていた。


「ここも危ない……かもなぁ」


 一度ダンジョン化したせいか、自宅は勝手に安全だと思っているが、二度目が来ないとも限らないし、そうでなくともバカな連中が押し寄せてくる可能性だってある。

 どこか比較的安全な場所を確保できればいいが、あいにくそんな場所に心当たりなどない。


 それに俺だって人間だし、食料問題が浮上してくる。

 家にある食料も無限じゃない。そろそろ備蓄も尽きるしな。


「けど他人に借りを作るのは面倒だしなぁ」


 ヒオナさんを頼れば、いろいろ面倒を見てくれるかもしれない。何せあっちは俺を重宝したいと思っているはずだから。

 しかしあまり他人を信頼し過ぎるのは怖い。こんな世界になったのだ。いつ裏切られるか分かったものじゃない。

 となると自給自足で賄うしかないのだが……。


「幸いコイツは何でも食うから問題ないけど」


 俺は、目の前で空箱になったティッシュの箱を吸収し溶かしているスライムを見つめる。

 コイツの名はヒーロ。大規模ダンジョンを攻略した報酬として与えられた《コアの遺産》である。

 こんな小さくても俺より遥かに強いのだから自信をなくす。


 いやまあ、コイツのお蔭でここ最近の攻略はスムーズに行えているけどね。


 とはいっても小さなダンジョンじゃ、もうなかなかレベルが上がらなくなっている。

 そろそろまた大規模ダンジョンを攻略する必要があるのかもしれない。

 しかしここらでそれが発見されたという報せは受けていないので……。


「少し遠出してみるか。なあヒーロ?」

「? きゅー?」


 あ、そういえばコイツ、最近鳴き始めました。

 最近レベルが10に上がったのだが、その時から鳴くようになった。

 まるでネズミのようなソレだが、感情が豊かのようで接しているとマジでペットを飼っている気分だ。今ではすっかり俺のペットで、頼りになる相棒となっている。


「けどどこ行こうかねぇ」


 スマホを眺めながら考えていると、四奈川から電話がかかってきた。


「うげ……マジか」


 どうっすっかなぁ。居留守使った方が良いよな? けどなぁ……。


 問題は彼女の傍にいつもいるメイドである。

 メイドの情報網も凄まじく、俺みたいなどこにでもいるような一般人の情報すら手にしているのだ。その気になったら、俺が居留守を使っていることもバレるかもしれない。


 …………しょうがない。


「……はい、もしもし」

「あっ、有野六門さんのお宅でしょうか?」


 相変わらずの天然っぷりだなおい。


「あのな四奈川、お前がかけたのは俺のスマホの番号だろ? 自宅に通じるわけがないだろうが」

「…………! それもそうでした!?」


 もうほんと、時々コイツが何故学校の成績が良いのか不思議に思うわ。


「んで? 有野だけど何か用か?」

「あ、はい! っと、その前におはようございます!」

「ん、おはよう」

「聞いてください、今日の私の朝ご飯はですねー、乙女さんが作ってくれたキャッシュで! チーズがとベーコンとほうれん草が入っていてとても美味しくて――」

「あー待て待て。お前の朝ご飯事情は良いから、さっさと本題を教えてくれ」

「あ、そうですね、すみません!」


 いつもいつも何故この子は話が脱線するのだろうか。将来が心配になるわ。


「えっとですね、その……私この一ヶ月頑張りました!」

「……はあ」

「レベルもたっくさん上がって、ゴブリンとオーク相手でも、一人で勝てるくらいになったんです!」


 何だ? 何が言いたいんだコイツは?


「ですからその…………小さなダンジョンくらいなら私でも有野さんをお守りできると思うんですよね」

守る? ……まさかコイツ……!

「あの! スライムとか弱いモンスターしか出ないダンジョンでいいんで、一緒に攻略を――」

「あら? 心乃? 誰と電話しているのかしら?」

「――え? あ、織――」


 俺はそこで急いでスマホを切った。

 そして『すまない。急用ができた。しばらく連絡はできない』と『ワールド』で送ると、すぐさま電源を落とす。


 ……………………………あ、あっぶねぇぇぇぇぇぇっ!?


「って、今の攻略の誘いだったよな!」


 確か前に誘われて断った時に、四奈川は俺を守れるくらいの強さになったら一緒に冒険しようと言ってきた。

 俺的に返事はしていないつもりだったが、彼女にとっては約束みたいになっているのかもしれない。恐ろしやぁ……。


「それに電話の向こうから聞こえた声って……アイツ、だよな?」


 織……とか最後言ってたし。

 あれ絶対に一ノ鍵のガキだ。何でこんな時間に一緒にいるんだよ、ったく!


「いや、そんなことよりも、だ! ……ヒーロ」

「きゅきゅ?」

「今すぐ家を出るぞ。ここは危ない」


 一応急用と断っておいたが、それでもこっちに四奈川たちが来る可能性がある。

 それも一ノ鍵のガキを連れて。

 アイツに会うことだけは何が何でも避けないといけない。

 もしあの時のことがバレたら、ヒオナさん以上の面倒ごとになる。絶対に。

 俺はそこそこ大きな背負うようのバッグを用意し、そこに旅支度に必要な用品をぶち込んでいく。

 他にも軽食用に菓子や保存食なども一緒に。


「よし、必要なものは詰めたかな。じゃあヒーロ、よろしく」


 俺は足元にいるヒーロに向けてバッグを落とした。

 するとヒーロが大きく形を変えると、そのままパクリとバッグを飲み込んだのである。

 そしてそのままマジックのようにバッグが消失し、ヒーロは元の大きさに戻った。


「はは、やっぱ便利だな《収納》のスキルは」


 ヒーロの持つスキル《収納》の効力は、その名の通り飲み込んだものを収納しておくことができるのだ。

 いつでも取り出せるし、収納できる容量もランク次第でどんどん広がっていく。今は一トントラックくらいの大きさまでか。


 しかしそれだけでも便利で、マジで助かっている。

 俺はフード付きのロングコートを羽織ると、そのフードにヒーロがチョコンと収まった。


「――よし。……逃げるぞ!」


 俺はそのまま靴を脱ぐと、周囲を警戒しながら街へと出て行ったのであった。

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