第42話 政治家たちが一堂に会している件について
――【首相官邸】。
ここは国会議事堂の南西に位置し、内閣総理大臣が執務を行うための五階建ての建物である。
記者会見を行う部屋や、閣僚が集まる閣僚応接室、首脳会談などが行われる特別応接室などの部屋が設置されている。
現在、その一つにある閣議を行うための閣議室にて、内閣総理大臣を筆頭に各大臣が顔を突き合わせていた。
「では日本のダンジョン化について、どうぞ皆さん忌憚のない意見を申してください」
この会議の進行係を務める内閣官房長官の朝田の低い声が響く。
「今さらダンジョン化について話し合っても意味はないと思いますがね」
「おや、環境大臣を関する方の発言だとは思えませんなぁ、深川大臣?」
「そちらこそ、いちいち噛みついてくる暇があるなら、少しはまともな意見を出したらどうかな金のことしか興味のない石島財務大臣殿?」
「っ……今のは侮辱罪で訴えることができるのではありませんかな、都築法務大臣?」
二人の視線が、腕を組みながら静かに座している都築へと向く。
この二人、深川と石島は何かと反発し合う関係である。同年で同期入閣ということもあって、互いをライバル視しているのだ。
「……くだらないことを言い合っていても仕方ないでしょう。それよりも今、日本は無秩序の国へと成り下がりつつある。法が機能しない国家が今後どうなるかなどあなた方なら理解できるはずですが?」
都築の淡々とした言葉に対し、二人は反論の余地もないのか押し黙ってしまう。
「しかし深川大臣の言うことももっともです。ダンジョン化について話していても、結局は憶測だけで解決には導けません。それよりも優先すべきは国家の安全を保障することです。違いますか?」
大臣の中の紅一点――厚生労働大臣を務める三取屋の高い声音が皆の鼓膜を震わせた。
それもそうだと判断してか、全員の視線が総理――
彼は閉じていた瞼をゆっくりと上げて、メガネの奥に光る鷹のように鋭い視線を閣僚たちへと向けた。
齢65にして、その頑健たる面相は覇気に満ち満ちており、一睨みされるだけで、今の若い官僚たちは委縮して何も言えなくなってしまうほどだ。
また入閣当初から、天才官僚として持て囃され、なるべくして国のトップに収まる。
国民からの支持率も良く、七年連続任期を務めているのだ。
「……現在、世界は未曽有の大混乱に陥っている。そのため各国も国家間交渉を停止させているほどだ。他国に干渉している暇などないということだろう。当然だ。他国よりも自国を優先するのは至極当然。そして我々もまた、この日本国を守らねばならない」
閣僚たちが次々と頷きを見せる。
そして総理はそのまま続けていく。
「日本は法治国家であり、このままでは国全体が無法地帯と化してしまう可能性が非常に高い。いや、もうそうなりつつある。そうだな、大園防衛大臣?」
「はい。警察だけではなく自衛隊をも派遣して事態の収拾に努めていますが、いかんせん日本中が今は危険地域となってしまっていますから。それにこの官邸も、いつダンジョン化するか分かりません」
「うむ。何故世界がこのような事態に見舞われたのか、それを解明するのは我々ではない。それは専門家である科学者たちに任せておけばよい。我々が行うべきは、国民の安全を守ること。それが結果的に国家を守ることに繋がる」
「しかし総理、だからといって先に施行した法律は少々やり過ぎだったのではありませんか?」
そう問うのは
「総理のお考えは分かります。現在、人間の中には『持ち得る者』と呼ばれる者たちが出てきています。その者たちは、全員が《スキル》という力を持っており、その力の危険性を考えた上でのお考えというのも。しかしダンジョンに出入りした者を問答無用で逮捕するというのは……」
「それもまた国民を守るためだ」
「そうかもしれませんが……」
「では何かね。君は彼ら『持ち得る者』が善人ばかりとでも思っているのか?」
「そ、それは……」
「すでに『持ち得る者』が犯罪を犯した事実も報告に上がっている。その超常的な力は人を選ばないのだよ。もし悪人がさらに力を増したらどうなる? ダンジョンやモンスターといった未知の存在ではなく、同じ人間によって我々は滅ぼされるかもしれないのだぞ?」
総理は言う。だからこそ彼らが力をつける前に捕縛し、対処を施す必要があるのだと。
「……で、ではお聞きしますが。すでにもう何人もの『持ち得る者』が逮捕されていると聞いています。その者たちは一体どこに収容されているのですか?」
三取屋の言葉に、大臣たちは各々違った反応を見せている。
興味深そうに総理を見る者、我関さずとでもいうような感じで目を閉じている者、若干慌てた様子を見せている者など様々だ。
「二度と悪さなどしないように、今はしっかり教育を施している」
「教育……ですか。それは逃げ出した受刑者や犯罪者のような悪に染まっている人間にですか? それとも捕縛したすべての者に対して……ですか?」
探るような目つきで三取屋の質問が飛ぶ。
捕縛された者の中には、ただ好奇心でダンジョンに潜るような者もいるはずだ。特に子供たちは興味で行動しがちなので、法律の重さなど理解していない場合が多い。
「……法を犯したすべての者に対して、だ」
その発言をしたのは総理ではなく、法務大臣の都築だった。
どうやらこの男は総理が行っているすべてを熟知しているようだ。少なくとも三取屋が知らない何かを知っているのは確実。
「…………分かりました。ならもう一つ聞きます――」
三取屋の視線が、総理の後ろへと向けられた。
「――先程からそこに立っている者たちについて、です」
全員が黒スーツにサングラスと、まるでSPのような佇まいである。
ただSPと呼ぶには、華奢な体つきであったりポケットに手を入れていたりなど、とてもそう評するには些か問題がある者たちが多い。
先程から三取屋だけでなく、何人かの大臣もチラチラと気にはしていた。恐らく総理から何かしらの説明があると思ってか、今まで問い質しはしなかったのだろう。
「何……ただのボディーガードだよ」
「…………真実を語ってはくれないということですか?」
「真実だ。私は嘘など言わん。それにこれから話すことには、彼らが重要な関わりを持つのでな」
しばらく沈黙が続く。気が強いはずの深川たちも、女大臣と総理との間に散っている火花に何も言えずに黙している。
すると諦めたように三取屋が口を開く。
「関わり……お話をお聞きしましょう、総理」
「ありがとう三取屋大臣。ではさっそくだが、私から皆に対しある提案を示したい」
そう言って総理が配らせた資料を見て、大臣たちが息を飲むことになった。
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