第30話 巫女服姿はいいなって思う件について

 ――【日々丘高等学校】。


 東京の【才羽市】にある学校の一つで、元々は【日々丘女子高等学校】だったのだが、約二年前――つまり俺が入学した年から共学になった学び舎である。

 格式と伝統ある学校ということもあり、巷ではお嬢様学校と呼ばれていた。

 まだ共学化して間もないので、生徒数自体はそれほど多くはないが、学校の敷地はとても広く、十面にも及ぶテニスコートや、ゴルフ用の打ちっ放しエリアなんかもあるようなセレブリティな場所だ。


 体育館も何故か分からないが、第一、第二、第三と三つもある。

 何も知らないで入れば迷ってしまうくらいには大きな学校なのだ。

 そこが俺の母校でもあるのだが、今はダンジョンと化してしまっている。

 現在俺は、一人で学校の対面する場所に建てられているマンションの一室へと来ていた。

 そこから学校が見渡せるが、改めて見ても広いと認識させられる。


 あ、ちなみにここ、ヒオナさんが金に物を言わせて借りた十階の一室らしい。

 ここ数日、ヒオナさんはこの場所で寝泊まりをしながら、エロ猫こと吾輩が帰るのを待っていたようだ。

 どうやらヒオナさんの妖霊は、自律的に行動はしてくれるものの、あまりヒオナさんから離れてしまうと存在が消失してしまうらしい。

 別に死ぬわけではないということなので、だったら一旦ヒオナさんの意志で吾輩を消して、再度自分のもとに召喚すればいいと進言したのだが……。


『もし今、重要な探索を行ってる最中だとしたら、あの子の苦労が無駄に終わってしまうかもしれないし』 


 ということなので、やはりまだ死んでいない以上は、吾輩が自力で戻ってくるのを期待して放置することにしたのである。

 俺はベランダから双眼鏡を使って、学校の周囲を監視していた。

 まだ日も昇り切っていない時間帯なので、人気など一切ない。そもそも最近じゃ、ここらに人気があるとしたら『持ち得る者』たちなのだが。

 そこへ後ろの扉が開き、誰かが部屋へと入ってくる。


「ご、ごめんなさい! 遅れちゃったぁ!」


 慌てて入ってきた巫女服姿の女の子。その手には手提げ袋が握られていた。

 走ってきたのか、肩を上下させながら頬を紅く染め上げたその人物は――。


「別に遅れてねえよ、シオカさん」


 五堂シオカ。歳は俺と同じ十六歳で、ヒオナさんの妹である。


「うぅ……途中で転んじゃってぇ……。ごめんねぇ、ほんとわたしってばどんくさくて……」


 ヒオナさんと違って強気な女っていうイメージからはかけ離れたような、消極的な性格の持ち主である。


「はは、だから服がちょっと汚れてるんだな。怪我はなかった?」

「あ、うん! 大丈夫だよ! 心配してくれてありがとぉ! でもほら、元気元気!」


 ああ、この笑顔……守りたい。


 と思えるくらいに無垢なエネルギーが迸っている。

 今回の攻略に関して、いや、今後についても俺はヒオナさん以外に自分のことを知られたくないと明言した。


 だがエロ猫が戻ってこない以上、何かしらのフォロー役が必要だと考えたヒオナさんは、そのフォロー役にだけは俺のことを伝えておいた方が都合が良いと言ったのである。

 それがこのシオカさんだ。


 昨日ヒオナさんが〝お願いがある〟と言った件がこれだ。

 シオカさんもまた『持ち得る者』であり、ある特別なスキルを扱うことができる。


 彼女のジョブは――『思念使い』。


 その力の一部として《念話》というスキルがあるが、これは離れた相手と頭の中で会話をすることができるというものだ。

 本来なら戻ってきたエロ猫から詳しい現場情報をもらい、ここで監視を続けさせつつ電話で連絡をさせるつもりだったらしい。


 ここからなら学校を見渡せるし、何か異変があってもすぐに伝えることができるからだ。

 しかしエロ猫が戻ってこない以上、何かしらのフォロー役が必要になる。

 そこでヒオナさんが抜擢したのがシオカさんだ。

 彼女はここでエロ猫の代わりを務める役を担う。《念話》を使えば、電話よりもスムーズに意思疎通が可能だし、電波状況に左右されることもない。


 俺も彼女の存在は必要だしありがたいと思ったので許可を出した。

 そしてさっそく昨日に紹介されて顔合わせは終わっている。


「えと……ごめんね有野くん」

「? 何急に?」

「……終末の未来のこと、聞いたよね?」

「ああ、そういう占いが出たって」

「うん。その子の占いって今まで百発百中でね。その終末の未来を聞いてからお姉ちゃん、わたしたちの言うことも聞かなくなっちゃって」


 いくら百発百中だとはいっても、終末なんて大きな未来は今まで当てていない。さすがにその未来だけは信じないという身内が多かった。

 しかしヒオナさんは必ず来ると言い張り、それに向けて何としても力を集めることを急ぐようになったのだ。

 特に他の『持ち得るもの』と接しては勧誘していく。五堂家としては、あまり他人を懐に入れたくないというスタンスにもかかわらず、だ。


「それでもお父さんたちに反発してね、お姉ちゃんはいろんな人たちをスカウトしたりして。例の会合に行ったのも、一人で勝手に行動した結果で」


 どうやらヒオナさんの単独行動だったらしい。


「有野くんにも、多分……結構失礼なことをしたんだと思うの。……だから、ごめんね?」


 この子、マジで良い子だなぁ。ヒオナさんには、少しでも見習ってもらいたい。


「別にいいよ。まあ、かなり強引だったことは確かだけど、俺にもメリットはある話だし」


 特にヒオナさんが持つ情報網を利用できるのは大きい。

 そしてその占いにも興味はある。


「でもでも……あのね、本当に嫌だったら、今のうちに逃げちゃってもいいんだよ?」

「いやそれは……」


 とても魅力的な話ではあるんだけども。そんなことをしたら、会った時に殺されるよね俺。


「お姉ちゃんにはわたしたちがちゃんと言っとくから! だから……気にしなくても」


 シオカさんの心遣いは非常にありがたい。この子となら駆け落ちしてもいいくらいに愛が芽生えそうだ。だけど……。


「ありがとな、シオカさん。でも俺、一度引き受けたことはやるつもりだから」

「有野くん……」

「さっきも言ったけど、今回の件については俺にもメリットのある話だ」

「本当にいい……の?」

「ああ。まあマジで嫌な時はちゃんと逃げるしな。俺って逃げ足だけは早いし」


 そんな時が来るようなら、全力でヒオナさんから距離を取るつもりだ。


「そう……。ところでお姉ちゃんは……まだ?」

「うん。さっき連絡あって、もうすぐ来るってさ。シオカさんも買い出し疲れたろ。休んでくれ」

「ありがとぉ。でも有野くん、シオカでいいよ? 昨日も言ったと思うけど」

「え? あー女子の名前を呼び捨てるのって結構ハードル高いんだよね」


 さん付けでもちょっとハズイ。同級生ならなおさら。

 それにヒオナさんよりも幼い感じではあるが、さすがは姉妹というべきか、美少女なので対応に困ってしまう。


「そ、そう? ……わたしはシオカって呼んでほしい……な?」


 いやいや、何で顔を赤らめて言ってくんの!? 勘違いしちゃうから! 思春期男子はそんな仕草にものごっつー弱いから!


「わ、分かった……その……シオ……カ」

「はい! シオカだよ! うふふ」


 ま、眩しい!? 四奈川も天使のような笑顔だが、この子はまるで聖母のような感じだ!


 その微笑みを見ているだけで癒され、つい天に召されそうに……。


 ああいや、正気を保て俺っ! これから戦場に行くんだからな!


 するとそこへ扉を開けて、ヒオナさんが姿を見せた。





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