第29話 政府が本格的に動き出した件について

 テレビ、ラジオ、ネット、あらゆるメディアを通じて、日本に在するすべての国民に対して、政府からある通達があった。

 俺は朝起きてそのテレビのニュースを見ながら、思わずあんぐりと口を開けたまま固まっていたのである。


「繰り返します。政府によって新たな法律が施行されました。日本国憲法第十二章特例、第一条には、故意にダンジョン化された場所に踏み入った者には厳罰が処せられる、と表明されております」


 キャスターが若干引き攣ったような表情で俺たちに言ってくる。


 ――ダンジョン立ち入り禁止令――


 政府が国民に対して行った強制条例である。

 キャスターが言うには、少しでも無茶な行動を起こす者たちを減らすために講じられた処置らしい。

 ちなみに破った者は、有無を言わさずに逮捕・拘束されてしまうとのこと。

 確かにこんな法令が出回れば、おいそれと好奇心だけでダンジョンに踏み入ろうと思う者は減るかもしれない。

 誰だって逮捕されたくないからだ。

 だがどうにも腑に落ちないこともある。


「こんな短期間で新法案が可決されるわけがないよな……」


 既存の法律でさえ改正するだけで、かなりの期間を要するのだ。

 新しい法律を作るとなれば、多くの意見や思想を交え、様々な審査などを通過し、衆議院と参議院の両議院での審議も通さなければならない。そこには国民たちの反応だって無視はできないだろうし、成立した法律を天皇に奏上する必要もある。


 そうやって少しずつ形にしていくのが通例であり、十日やそこらで世に出るようなことなどは決してないはず。

 それがどういうわけか、政府によってこうして全国民に公言されるとは……。


「事態が事態だけにって考えもできるけど、にしたってこれはちょっと乱暴過ぎやしねえか?」


 この十日、のらりくらりとやっていた政府とは思えないほどの瞬発力だ。


「……いや、これはあれか。もうなりふり構っていられず、強制的に『持ち得る者』たちを集める策に出たな」


 この法律が出たことにより、政府は多少強引な方法で『持ち得る者』たちを捕らえることができることになったわけだ。

 いきなりこんな縛りをつけられ、しっかりと守る人間は少ない。加えて〝力〟を持っているのだ。バレても歯向かってどうとでもなると考える輩も出てくるはず。


 だが政府が本腰を入れるならば、それこそ麻酔銃や催涙弾など普通に使ってくるだろう。現行犯逮捕をしなくとも、ダンジョンに踏み入れた証拠さえ手にしていれば、あとは対象が油断している時に狙撃したり待ち構えて捕縛なんてこともできる。

 無論そんなやり方なんて、普通は認められないだろう。国民だってこの法律には文句しかないはず。

 だが大義名分が生まれた以上は、法治国家における法は何よりも遵守され、それが間違いなく正義となる。


「余程『持ち得る者』の集まりが悪かったんだろうな。けどこれじゃ、俺もダンジョンに入っちまえば犯罪者ってことか」


 そう、それが難点だ。

 こんな世の中になって法が機能しているかって言われればそれまでだが、犯罪は犯罪で、犯せば逮捕されるのは当然。


「まいったなぁ……ヒオナさん、どうすんだこれ」


 そう思っていると、突然スマホが鳴り出した。

 案の定、ヒオナさんからの着信である。


「……はい、有野ですが」

「あ、おはよー。ニュース見た?」

「ええ、また政府への批判が強くなるでしょうね」

「どうでしょうね~」

「? どういうことっすか?」

「確かにワタシたち『持ち得る者』にとっちゃ、心の底から鬱陶しい決まりだけどさ。そうじゃない連中にとってはどう?」

「どうって……!」

「分かった? 一般人にとって、こんな法律可決されようがされまいがどうだっていいのよ。ううん、実際『持ち得る者』たちの中で犯罪を犯してる奴らもいるから、中には喜んでいる者だっているわ。だって確実に一般人の方が多いんだしね」


 そうだ。俺は『持ち得る者』だから、その立場として考えてしまっていたが、そうじゃない奴らにとってはまったく違う意見のはず。

 実際『持ち得る者』が、一般人に迷惑をかけているケースだって数多くある。そういう連中が政府に囚われいなくなってくれるならと、政府に肩入れする者たちだって出てくるだろう。


「もしかしたら今後、力を使ったら逮捕、なんて法律もできたりしてね」

「そんなバカな」

「そんなバカなことが、ここ数日で法律として世の中に広まったわけだけど?」


 うっ……確かに。


「まあさすがにワタシが言ったようなことは起こらないとは思うけど……多分」

「そこは自信持って言ってくださいよ」


 だが彼女の言う通り、絶対ないとは言えない。だってこんな強制条例を広める政府なのだから。


「……攻略、どうするんすか?」

「ん? もちろんするわよ」

「やっぱり止めておいた方が……って、するんですか!?」

「当たり前でしょ~。政府がなんぼのもんじゃいってもんよ!」

「いやいや、犯罪者になるっすよ?」

「……関係ないわよ、もう」

「はい?」

「六門、これから世界はどうなっていくと思う?」

「それは……」

「きっとこれからもっと酷くなっていくわ。ダンジョン化がもっと広がっていくだろうし、『持ち得る者』関係なく犯罪を犯す奴らが増えていくわ」


 ……言い返せない。俺だってそう思っているからだ。


「もうこの世界は終末へと向かっているのよ。その中で生き残るには、何をおいても力がいる。あなただって理解しているでしょう?」

「……そうっすね」

「今回のことだって、政府の苦し紛れの一手よ。少しでも『持ち得る者』を回収し、手駒を増やしておこうっていうね。……本当の終末が来る前に」

「本当の終末?」

「……言ってなかったけどね。うちには未来を見ることができる『持ち得る者』がいるのよ」

「!? そ、それは何とも……反則的で」

「とはいっても断片的なものだけどね。でもその子がある未来をすでに見ているの」

「どんな未来っすか?」


 ちょっと怖くなって恐る恐る尋ねてみた。

 電話の向こう口から溜め息が零れ、そしてヒオナさんの声が届く。


「――世界中が崩壊している光景よ」


 彼女が言うには、まるで地球全体に大地震が起きたかのように、世界中が混乱の渦に巻き込まれているとのこと。

 建物は倒壊し、地面は隆起して通路は失われ、山火事や砂嵐などに見舞われている地域もある。

 しかもその中でも日本が一番酷く、日本列島自体が分割している光景すら見たという。


「そ、それはもう……マジで終末っすね」


 モンスターが原因なのか、その他の何が原因なのかは分からないが、少なくとも普通の生活などは望めなくなることだけは確かのようだ。


「だからワタシたちはそうなる前に、なるだけ準備をしておきたいのよ。だから多少強引な方法でも力を集める。あなたには悪いと思ってるけど、こっちも生きるために利用させてもらうわ。もちろんあなたもワタシたちを利用すればいい」


 多少強引って……正直今でも関係をなかったことにできればしたいが、確かに利があるのも事実。特に終末の情報は大きい。それが真実なら、だが。

 当然信頼などしていないが、多少はこっちも旨みを求めるように動くとしよう。出し抜かれて良いとこ取りされるのはさすがに我慢ならないから。


「ワタシたちは力を求めている。そして多分政府も……」


 もしかしたら政府の手駒に、同じように未来を見ることができる者がいるのかもしれない。


 いや、その人物をつい最近手にできたとすれば?


 だとすればこの急激な政府の暴挙にも思える行動にも納得がいく。

 いつそんな未来が来るとも限らないのだ。早急に何らかの手を打っておきたいと思うのは当然だ。やり方は非常に乱暴ではあるけど。

 それにいつまでもメディアを通じて日本中に情報を送れるか分かったもんじゃない。

 政府もまた焦っているというのは十分に可能性として高い。


「まあさすがにあの子が見た最悪の未来までは時間があるだろうけど、もし本当ならゆらりゆらりとしてる場合じゃないからね~」


 と言いつつ、軽い態度に思えるのは彼女の生来の気質なのだろう。


「なるほど。だからこその《コアの遺産》ってわけっすね」

「うん。そういうわけだから、犯罪者になろうが諦めるわけにはいかないってこと。仮に犯罪者の烙印を押されたって、そのうち法というか国自体が機能しなくなるんだから」


 少しでも生存率を上げるためには、確かに《コアの遺産》ってのは魅力的だ。『持ち得る者』ならばこぞって狙うだけの価値はある。


 俺も……欲しい。


「……分かりましたよ。ならできるだけ早く動きましょう」

「あらら、なになに急にやる気になっちゃった?」

「俺だって力は欲しいっすからね。逃げ延びるために」

「あはっ、そこはカッコよく戦い抜くためにとか言わないと!」

「いやいや、俺は逃げ専門の男っすから」


 どんな世界になっても大丈夫なのように、逃げ延びる術を究極に磨き抜いてやる。


「うんうん、だから六門は面白い! けど、ちょっと残念な報告があるわ」

「マジで? 聞きたくねえなぁ。……何です?」

「一ノ鍵たちの情報を掴んだわ。アイツらってば、揃って明朝から攻略に動き出すみたいよ~」

「はやっ!? あ、そっか。今回のニュースがきっかけか」

「多分ね~。アイツらもできるだけ多くのダンジョンを攻略するつもりよ。もちろん狙いは――《コアの遺産》」

「でしょうね。じゃあ先に奪われないためにも今すぐ攻略に動いた方が良いんじゃないっすか?」

「そうしたいのも山々なんだけどね、まだ吾輩が戻ってきてないのよ」

「あのエロ猫が?」

「エロ猫って……間違ってないけど。そのエロ猫が、よ。昨日から情報収集のために【日々丘高校】に潜らせているのよ。ワタシも学校の近くでずっと様子を見てるんだけど、どうやら難航してるらしくてね~」


 操る妖霊が死ねば感覚で分かるらしいので死んではいないようだが、まだ戻ってこないところを見ると、情報収集に時間がかかるほどダンジョンは深いということなのだろう。


「マズイじゃないですか? もし明日になっても戻ってこないと」

「そうなったら仕方ないけど、ワタシたちも向かうわよ」


 ああ、やっぱりそうなっちゃうよなぁ。けどせっかく大物のダンジョンを、他の誰かに攻略されてはもったいないかもしれない。

 多少危険でも挑戦するべきかも……本当はかなり怖いし嫌なんだけど。


「……分かりました。ダンジョンに向かう時間は?」

「吾輩が戻り次第ってのは一番だけど、もし戻らなければワタシたちも明朝に動くわ」

「え? 一ノ鍵とかも明朝ですよね? それより早い時間に向かった方が良いんじゃないっすか?」

「他の連中がいた方が、モンスターを分散させられるでしょう? そうすれば余計な戦闘も減るし探索も楽になるわ」


 なるほど。確かに彼女の言う通りだ。何せ俺だけが挑むわけじゃない。モンスターとの遭遇率はできるだけ避けて、速やかにコアを破壊するためにはその方が良い。


「けどエロ猫の情報が手に入らないとなると、攻略に時間がかかりそうっすね」

「そのことなんだけど、ちょっと六門にお願いがあるんだよね~」

「……お願い?」



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