第15話 偉そうな幼女がやってきた件について

 目的地は自分の家がある東京の【才羽さいば市】から二つ駅を挟んだ先にある【公咲くさき市】という場所にある廃ビルだ。

 周囲にはビル群が立ち並ぶオフィス街で、昼間は多くの人が行き交い賑やかな所でもある。


 出不精の俺は、基本的に遠出……というか【才羽市】から出ないので、当然ながらここにも来たことはない。

 俺はスマホのナビゲーションを使い、SNSに貼られていた住所を探りながら接近していく。


 ただし直接向かうことはしない。あくまでも俺は情報交換に向かうのではなく、いわゆるスパイ任務を行う予定だからだ。

 約束の時間は今から三時間後。さすがにまだ誰も到着していないとは思う。

 誰にも見られずに早めに目的地を確認し、侵入した上で隠れ場所を確保するつもりだ。


 俺はスマホの位置情報を頼りに、遠目に視認できる程度にまで接近した。

 もちろんこの時間帯でも、もしかしたら監視している者もいるかもしれない。

 だからここからはスキルを使って近づくつもりである。そうすればまるで透明人間のように、接近していることがバレずに侵入することが可能だ。


「よし、気力は満タンだ」


 ちゃんと確認しておく。ただし《ステルスⅢ》に上げたことで、消費気力は〝7〟に上がっていることから、現在の気力を考えると続けて四回しか使用することができない。


 とはいっても、一度使用すれば二分間も効果を持続できるので、使い方次第で一気にビル内に侵入し隠れ場所を発見することも可能だ。

 それに死角さえ見つけて身を潜めれば、気力は十分間で十パーセント回復するので、それも考えた上で早目に来たというわけである。


 俺は腕時計のタイマーを二分後にセットしておく。この時計は、設定時間が過ぎればバイブで知らせてくれる機能がついているので持ってきた。もちろんアラーム音も鳴らすことは可能だが、当然その機能は停止させている。


「じゃあまずは一回目――《ステルス》」


 スキルを使用し足早に廃ビルへと近づいていく。

 時折周りを見回しながら、怪しい人物がいないか確認する。

 タイマーをチョコチョコ見ながら一分ほどで廃ビルの入口まで辿り着いた。


 へぇ、ちょっと小さめの雑居ビルってところか。


 解体間近なのか閑散とし人の気配が感じられない。

 まだ一分弱残っているので、俺はそのまま意を決して侵入する。入口はすぐに階段になっており、そこから上へと向かう造りになっていた。


 すでに解体作業を行う準備が整っているのか、もしくはその途中なのか、扉が取り外されていたり、内装もすべて取っ払ってあって殺風景な状態である。

 俺はすぐに隠れ場所を探し、トイレらしき場所を発見したので即座に飛び込む。

 ここも扉は外されていたが、一番奥の部屋に入って身を潜める。


「ふぅぅ~、ジャスト二分」


 ここで効果時間が切れる。俺は息を殺して聴覚を集中させた。

 誰かがこのフロアにいれば、何かしらの気配がするはずだからだ。


 ……誰もいない、か?


 約束の時間までまだまだ余裕はある。できれば上のフロアも確認しておきたい。

 だがとりあえずのところ、十分間ここで気力回復に努めることにした。

 動く時は常に万全でいた方が良いと判断したからだ。

 そうして何事もなく十分間が過ぎ、俺は再度ステルスを使って上へと向かった。


 こんなふうに1フロアずつ、隠れ場所を探しては周囲を探索するという手段を使う。

 一応集合場所としては屋上エリアより一つ下のフロアを指定されている。

 幸い部屋数や大きな柱など、隠れ場所は結構多いので助かっていた。

 確認したところ、他のフロアには人気は一切感じられなかったので、俺はそのまま新たに《ステルス》を使用し、いよいよ集合場所のフロアへと足を踏み入れる。


 まだ約束の時間までは一時間以上はあった。

 だがそのフロアに辿り着いた時に、明らかに違和感を覚えたのである。

 先程まで感じられなかった人気を察知したのだ。しかしそれは上から感じたものではない。


 ――下から誰か上がってきやがる!?


 そう、気配は階下からだ。足音や話し声が微かに俺の鼓膜を震わせていた。

 俺は大急ぎでフロアへと入り隠れ場所を探す。


 どこだ? どこにある?


 残り時間は一分ほどだ。あまり余裕はない。効果が切れてもすぐに発動し直せばいいが、切れた瞬間は俺の姿も視認できるので、できれば避けたい。


 屋上へ出るか? いや、屋上を監視してる奴らがいたら見つかってしまう。ここから外へ出るのは得策じゃないか。


 俺は早足でフロアを歩き回り、大き目の部屋に入った時に思わずギョッとしてしまった。

 何故ならそこには、机や椅子やらが並べられていて、何も無かった他の部屋と比べて明らかに異質だったからだ。

 他にもホワイトボードや何故か本棚まで設置されている。


 どういうわけか一席だけ一人用のソファがあるが、どうしてだろうか。

 ただそこで直感する。ここで『持ち得る者』たちを待ち受けようとしているのだと。

 会合の場所がここだと察知したのはいいが、当然下から来る者たちはこの部屋へと入ってくるはず。


 ヤッバッ、マジでもう時間がねえな!


 その時、非常階段に通じる通路を発見し、そこへと向かい壁を背にして身を潜ませた。

 扉がないのが不安だし、非常階段から誰かが上がってくる可能性もあるが、少なくとも今ここに向かってきている奴からは隠れることができる。


 俺がしばらく待機していると、やはりというべきか、壁一枚を隔てたその部屋へと何者かがやってきた。


「――やれやれ、エレベーターくらい使えるようにしておくべきだったわね。お蔭で足が棒になったわよ」


 ……女の声?


「左様でございますね。よろしければマッサージをさせて頂きますが?」


 また別の女の声だ。最初の奴はどこか幼く、後者の方は凛として大人っぽい。


「そうね。お願いしようかしら」


 恐らく椅子に腰かけた女の足を、別の女が揉み解し始めた。


「ん……やはり初秋はつあきのマッサージは至高ね。褒めてあげるわ」

「もったいないお言葉です、織音おりね様」


 ……様付け? 


 どうやら二人は主従の関係にあるようだ。

 そこへサッと思いついたのが四奈川たちだが、ここにいる二人もアイツらと似たような関係だとでもいうのだろうか。


 普通に寛いでいるってことは、コイツらが会合の主催者ってことか?


 俺は再度ステルスを使って、身を乗り出し彼女たちを確認することにした。

 すると一人用のソファに座った人物を見て思わず声を上げそうになる。


 何故ならそこにふんぞり返るように座っていたのは――――幼女だったからだ。


 とはいっても十歳程度なので、少女と呼んだ方が良いのだろうか。

 ただとにかく幼い子供であることは間違いない。 


 こんなガキが主催者だって……?


 そしてそんなガキの足を揉んでいるのは、黒スーツに身を纏った女性だ。

 こちらは容易に二十歳を超えているであろう外見をしている。秘書然とした美女の風貌なので、こんな場でなければ眼福と称し見つめていたが……。


 マジで四奈川みたいな奴らだってのか?


 しかし女性の方はメイドには見えない。やっていることは世話役のような感じではあるけども。

 それにガキの身形も違和感ありまくりだろうが。

 女性はともかく、ガキが来ているのはいわゆるゴスロリというやつだ。


 黒と白を基調としたドレス姿。ここが秋葉なら珍しくはないが、この廃ビルでは異端まっしぐらである。

 だがガキのくせに、どこか気品を感じさせる雰囲気と顔立ちに派手な金髪は、ゴスロリがとてもよく似合っていた。


「それにしても織音様、本当によろしかったのですか?」

「ん? 何がよ?」

「このような場を設けることが、でございます」

「あら、情報は何よりの武器になるものよ」

「ですが危険でもあります。すでに『持ち得る者』の中で暴走している者も確認されております」

「当然よ。突如として強い力を持った者が取る行動なんて明白だもの。力に溺れるか、力を御するか、それとも無関心を貫くか……でしょ?」


 いや待って、この子本当に子供ですか?

 喋り方も考え方も大人顔負けなんですけども?


「そして今、世を騒がせている者たちの多くは愚かな溺没者。取るに足らない存在よ」

「……はぁ」

「あたしはね初秋、そんな愚者には用は無いの。あるのは力を御することのできる者。どうしてあたしがわざわざSNSを通じて声をかけたか分かるかしら?」

「……申し訳ございません。わたしには崇高な織音様のお考えには至れません」

「あら、ダメよ。人間とは常に考える生き物なの。思考を放棄しては人間としての誇りさえ失うわよ初秋」


 えぇ……マジでこの子ってば何者なの?


 まるでどこぞの王族の姫とか言われた方がしっくりくる。

 ガキに叱られシュンとなる女性の様子は何だか可愛らしいものがあった。


「ふふ、しょうがない子ね。なら教えてあげる。あの呼びかけにはちょっとした術がかけてあるのよ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る