セメコとドラゴン(その1)

「……んっ」


 ……眠い。まだ寝たい。

 まるで何日も寝てなかったような眠気が襲う。

 動きたくない。なんか身体も重いし。

 目を開けるが、ぼやけてよく見えない。

 もう一回寝よ。

 そうして、俺は再び目を閉じた。






「ひいいいいいいいいい!」


 ――なんだ!?

 その声に脳みそが反応する。

 眠いのにうっせーな。

 とりあえず目を開けてなにがあったのか確認する。


「……?」


 目の前には小さい人……? がいた。

 それも、とびっきり小さい。プラモデルくらいしかない。

 なんだこの小さい人間は!?

 それに、どこだここ? 森?

 えっ、なんで外にいるの俺。わけわかんね。


「えー、あっ、あなたは本当に人間なんですか?」


 とりあえず目の前の小人に質問してみる。


「ひいいいいいい! しゃべ、喋った!」


 そう言って小人は尻もちをついた。

 えっ、ナニコレ?

 そりゃあ喋るよ。

 なんか俺がおかしい奴みたいな言い方するなー、この人。

 いっとくけど、おかしいのはあんただからな。

 サイズも変だけど、その格好も。

 なんだよその格好。いい歳して鎧とかしちゃって、おまけに剣とたてぇー。

 ぷっ、何それコスプレ?

 まあ、震えて動けないみたいだし助けてやるか。


「大丈夫ですか?」


 そう言って手を差し出した。

 

「――ぎゃああああああああああ!」


 瞬間、視界に入る爬虫類の手に反応して、絶叫した。

 なにこの黒い手。 爬虫類みたいな皮膚してんじゃん。キモッ! 爪もめっちゃ長いし。

 ヘビとかトカゲとか爬虫類がこの世で一番嫌いなんだよ。もうキモすぎてマジ無理。ゲロ吐ける。


「うわあああああああ! 殺されるー!」


 小人は泣き叫んだ。

 まあ、こんな手ならそりゃあ怖いだろう。


 でも、問題がひとつ……。

 この手……俺の手? 

 もう片方も確認する。

 うげっ! キモすぎだろ。


「なっ、なんで魔王城から一番遠い森に絶滅種ドラゴンが……」


 ドラゴン!?

 その言葉にあたりを見渡す。

 どこだ! そんなの出てきたら死ぬじゃん俺。

 けど、どこにもいなかった。


 いや、もうだいたいわかってる。

 わかってるんだけど、わかりたくない。

 それに、逆にわからないこともあるし。

 なんでこんなことになってんの?

 なんで? なんで? なんで?


 寝る前を思い出せ俺。

 起きたらこんなわけわからんことになってたんだ。寝る前にヒントがあるはずだ。

 寝る前……。寝る前……。寝るまえ?


 昨日、寝たか俺?

 寝たというか家に帰った記憶がない。

 学校から帰るときになにかあったような……。

 モヤがかかる記憶を必死にたどる。


 えーと、たしか切符かって電車乗ろうとして……。

 そしたらセメコとか名乗るコスプレ女が来て……。

 なんだろう。なんかすごいことがあった気がする。

 思い出せ。きっとそれだ。

 それを思い出したら謎が解ける気がする。

 セメコは俺にとんでもないことをしたはずだ……。


「――!?」


 思い出した!

 俺は思わずわなわなと震えた。


 そうだ。乳首が見えそうだったんだよ。

 あの女、ノーブラだったんだ。


 俺はとんでもないことを思い出した。

 いや、むしろなんでこんな大事なことを忘れていたんだろう。

 それに、あんなデカいおっぱい見たことなかった。なにカップだアレ? わからんけどすごかったなー。

 あー、もう一度あのおっぱい、いやセメコに会いたいな。


 そのときだった。

 音が聴こえる。

 すごく心地ここちいい笛の音。

 音のする方へと行きたい。

 本能的にそう感じたとき、バサバサと音がした。

 背中に生えた翼が羽ばたく。

 俺の身体がフワリと宙を浮いた。


「た、助かった……」


 小人が俺を見上げる。

 あー、浮いちゃうかー。やっぱり飛べるよな。

 人間じゃなくなってるな俺。

 うおー! 人間に戻りてー! 

 なんで? 生おっぱいみたらドラゴンになっちゃうの?

 そんなバカみたいなことを考えながら空を飛んだ。


 音のする方へ一直線に向かう。

 あの音の向こうに、なにかいいことがある。

 そう思わせる音色ねいろだった。

 空飛んだら、めっちゃ怖いかと思ったけど意外と平気だった。音色のせいだろうか。

 心がとても穏やかだ。


 飛んでいる最中に見える景色はゲームで見るような草原と、日本には存在することもないような建物の数々。すっげー幻想的で外国に来たみたいだ。

 これは、いわゆる異世界って奴だな。

 まあ、こんな身体になったんだ。

 今さらなにが起ころうが、もう驚きもしない。


 どんどん音色が強くなっていく。近いぞ。

 おっ、間違いない。あの草原だ。

 草原に誰かいるし。

 あいつがこの音色のぬしか。

 俺は、そこに急降下した。


「まっ、まだか……ひー」


 うわー、こえー。着地するときが一番こえーな。

 足元がよく見えないから、いつ足がつくかわからん。

 バサバサと翼を上下させ、ゆっくりと地面へ近づく。

 おっ、やっと足がついた。両足で着地成功。


 ドシーンッ!

 すさまじい地響き。

 なんか自分がデブになったみたいで嫌だな。


 いつの間にか音色が止んでいたことに気づく。

 目の前の人間を見る。


 岩に座るひとりの女。

 真紅しんくの髪と黒い服装。


 その女を俺は昨日も見た。

 おっぱいがすごいコスプレ女、セメコ。

 やっぱり俺がおかしくなったのは、こいつの仕業か。


「タツヒコ。嬉しい、やっぱり来てくれたのね」


 そう言ってセメコは俺の足に抱きついた。


「ぬふぁっ!」


 遠くてよく見えないけど、それでもやっぱり刺激が強い。


「あらっ、タツヒコ興奮してるの? 嬉しい」

「えっ?」

「だって、おっきくなってるよチ○チ○」

「ぶっ!」


 その瞬間、両手で自分の股間を隠した。


「みっ、みるな! いいか見るなよ!」

「でも立派だったよ。タ・ツ・ヒ・コの」

「やめろー!」


 自分のナニを強く握る。

 クソッ、お前だけ元気になりやがって。


「離れて、マジ離れて。お願いだから」

「やだあー、離れたくない」


 その言葉にちょっとキュンとする。

 こんなこと言われて嬉しくない奴はいないだろう。

 けど、恥ずかしい。

 ドラゴンの姿とはいえ、こんな美女にナニを見られたんだから。


「けど、よかったー。無事に転生できて」


 そう言ってセメコはえへっ、と笑った。


「転生?」


 転生って死んだら生まれ変わるってやつじゃないっけ?


「そう転生。タツヒコもしかして、あのときのこと覚えてないの?」


 あのときのことだと。

 バカめ、忘れるはずないだろ。あれほどの巨乳と谷ま……。

 なんだろう。それだけじゃなかった気がする。

 あれより上のプレイ……?

 あれより上、あれよりうえ……。


「せっかく手振ったのにー」


 セメコは、そう言って口をとがらせた。

 手を振った? ……なんだ、なんか思い出せそう。

 たしか……あいつが手を振ってて、俺が……手を伸ばして……。


『いやだ、死にたくない!』


 そうだ。最後にそれを言おうとして俺は電車に、はねられた。

 あのとき、こいつはそんな俺を見て笑顔で手を振りやがった。

 というか、あのときこいつ押しただろ。俺の背中。

 俺はこいつに殺された。

 しかも、こんなわけわかんないことになってるし。


「全部思い出したぞ、この人殺しビッチ! なんで俺を殺した!?」


 目の前の人殺しに殺意を向ける。

 忘れてたとはいえ、こんな奴に会いたいとか思った自分に苛立ちを覚える。

 人間の頃の俺なら怒ったところで、さして怖くもなかっただろうが、今の俺はドラゴン。

 最初に会った冒険者? だって腰抜かしてビビるくらいの迫力。

 しかも、今の俺は相当苛立ってる。

 泣きながら謝るはず―― 


「ステキ」

 

 そう口にするセメコの目はハートの形になっていた。


「……は?」


 思わず口が開いたまま固まってしまう。


「もう、ダメ。我慢できない」


 セメコはそう口にすると、とんがり帽子を放り投げた。


 そして、その勢いでワンピースを脱いだ。


「――!? ちょっ、なにやってんの! 見えてる! 見えてるから!」

「うふっ。だって見せてるんだもん」

「だから、なんで見せてんの! 変態なの!?」

「ことば攻めも好き」


 変態はそう言って頬を赤く染める。


「そういうプレイじゃねーよ! あと、攻めてるとしたら倫理的なことを攻めてんだよ! ふつう、謝るよね。なんで、うっとりしちゃうの! なんで脱いじゃうの!」


「だって、こうなることを十年も待ってたの。ドラゴンの転生スキルをもつタツヒコを殺せて本当に嬉しいの!」


 あー、ダメだ。美女が全裸なのに萎えちゃった。

 あれだ。こいつ、頭のネジが五本くらい飛んでる。


 日本帰りてーよー!

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