97:大事件

私は、迷宮に入ってすぐ、アルフレッドに

「依頼が終わるまでは食事と睡眠、小便以外はオレの腕の中だ・・・・上官命令だから拒否権はねぇ!」

と言われたことを思い出していた。


もちろん、そんな命令に従う道理はないと思うけど・・・・万が一の可能性があるから、出来る限り従っておいた方が無難だろう、そういう思考でいた。


「兄・フレデリックに成り代わり魔法騎士になるための条件」として、「講師による魔法騎士向けの厳しい鍛錬を乗り越えること」を父・コドックから提示されているし、日本にいた頃に読んだ本にも「軍隊では原則として、下位者の兵士は上位者である上官の命令に服従する義務がある」と書いてあったから。


そして、なぜいま私がこんなことを思い出しているのかというと・・・・・命令では「睡眠」は除外されていたのに、おかしいだろう・・・と感じているからだ。



「よし、こっちに来い、フレド。一緒に寝るぞ」


「・・・・・・・」


「はぁ?!!」



声の順は、アルフレッド・私・マクシムである。

ちなみにベルタは夕食後からずっと固有魔法を使って、自宅の猫の様子を観察している。たまに「んんんっ、可愛い・・・」「あああっ、丸まっちゃうんですかぁ」といった呟きが漏れ聞こえてくる。


私たちはいま11階層の迷宮の休憩部屋にいる。

迷宮の休憩部屋は<魔獣除けの魔道具>が配置してあるから、割と安全だ。さらにアルフレッドやマクシムは害意を感じればすぐ起きれるらしく、寝るときに見張りを立てなくても問題はないという。


だから迷宮探索初日の今日は、夕食も食べた湖の傍で雑魚寝をしようということになったのだが、・・・・・・その話の中で、アルフレッドが急にこんなことを言いだしたのだ。



「・・・フレデリックくん、アルフレッドの起きたままの寝言は気にしないで、ここで寝るといい。あいつが寝ている間に近寄らない様にオレが見張っておくから安心して」



マクシムが爽やかな笑顔を私に向けてくる。その顔に弱い私は思わずうなずきそうになるが・・・・・・。



「・・・ああ“?なんだ、お前。そういえば、さっきも<フレドに触るな>とか言っていたな。オレとフレドはいつも一緒に寝てんだよ、お前には関係ないだろうが・・・!」


「はあぁああ?!!!」


(・・・確かに、昨日の夜も一昨日の夜も一緒に寝た。だけど、それは使っていいベッドが一つしかなかったからだ・・・。このだだっ広いこの広場で寝るのに、くっついて寝る趣味は私にはない)



マクシムがすさまじい殺気を向けながら、アルフレッドを睨んだ。アルフレッドはその様子に鼻を鳴らしながら、せせら笑う。


その様子を見て、私は・・・・「マクシムがアルフレッドと呼び捨てにするなんて、この短時間で二人はずいぶん仲良くなったんだな。やはり模擬戦をすると違うな」と感心した。



「ハッ。なんだよ?そもそも、オレは三日前に覆面の男に襲われた・・・・・・・・・んだぜ?・・・フレドもいつ襲われるか分からないんだから、一緒に寝るのは当然・・だろう?」


「・・・・っっ」



何が当然なのか全く分からないが、その言葉にマクシムは苦虫をかみつぶしたような表情をして押し黙った。



「フレド」


「アル、私はベルタのほうで寝ます。よく分からないですが危険があるなら、依頼人の彼女を一番に守りたいので」


「・・・・あ“?そんなもんマクシムがいるんだから、問題ないだろうが」



アルフレッドはそう言うと、私を自分の元に連れて行こうとしたのだろう、私の腕を掴もうとする。だが・・・・・・。


バシィッ


凄まじい速さでマクシムがアルフレッドの手を払いのけた。



「・・・・・・・」


「アルフレッド。・・・・フレデリックくんに触らないでほしい」



笑顔なのにすごい殺気でマクシムがアルフレッドに語り掛ける。アルフレッドも無言で殺気を返した。

そのピリピリした空気に、遠くで野営をしている他の冒険者が何事かという様子でこちらをうかがってくる。


気になるのも当然だ。こんな実力者二人が、殺気を飛ばし合っているのだから。


思わず肩をすくめる。よく分からないが、また模擬戦をするなら参加したいけど、私はもう眠いのだ。早く寝るためにも二人を止めよう、そう思って声を出そうとしたら・・・・横から思わぬ声に遮られた。



「あああああ!なんで・・・っっ?!猫ちゃんが消えちゃったぁああ・・・っっ?!


私の固有魔法・・・っっ!いま茶色の猫ちゃんが毛づくろいしていたにぃいい・・・・んんんんっ!なんで?!・・・・あっ、あなたたちのせいね!」



ベルタがズンズンとこちらに近づいてくる。


彼女の勢いにのまれたのか何も言わないマクシムと、面倒くさそうな顔をするアルフレッド。


近付いてきたベルタは「二人の殺気(ベルタによると強力な<威圧>らしい)が、この周辺の魔力の素である魔素を乱したせいで固有魔法が阻害され、そのせいで大切な猫たちの戯れが見えなくなった」と、可愛らしい声で訴えた。


さらにそのままの勢いで事の経緯をマクシムから聞くと・・・・・・こう言ったのだ。



「んん~?それならあなたたち三人で一緒に寝ればいいじゃない。それで解決でしょ!もう私の邪魔しないで、三人で早く寝て!」


「・・・・・えっ?」


「はあ?」


「はぁああああ?!!」



声の順は私・マクシム・アルフレッドである。

私は呆気にとられる。「ベルタはマクシムの恋人なのにそれはいいのか?』と・・・そう思ったが、しかしそういえば、私はいま兄・<フレデリック・フランシス>のふりをしていたと思いなおす。


まぁ、とにかく私は三人で寝るつもりなどないのだ。そんなこと心臓が持たないし、丁重に断ろう。

そうして、ベルタに近づこうとしたところで・・・・・・・いきなり、ギュッと光輝に・・・・・いや、光輝にそっくりなマクシムに・・・・・・


抱きしめられた。

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