第2章 入団までの1年間(1)、新たな攻略対象との出会い

15:いざ、南の領地へ

「け・・・剣がない・・・・・・ッッ!!!」



レイ皇国王都にある屋敷から馬車で1週間ほどの距離にあるフランシス公爵家の<南の領地>。

そこにある大きなお城の一室で、私は愕然としていた。


すでにあの襲撃事件から1ヶ月以上経過している。


あの後・・・、私が<フレデリックの代わりに魔法騎士になる>と発言した後、父・コドックが肝心の提案を忘れていないか不安だったが、さすが「皇国の鬼才」といわれるだけあるのか、彼はきちんと私の発言を覚えていた。


翌日、わざわざ部屋を訪ねてきた父は、私の提案を有難いと言って、強く抱きしめたのだ。


だが、父いわく、私が兄・フレデリックに成り代わるためには、乗り越えねばならない2つの壁があるらしい。


1つ目は、騎士団入団までに最低限、公爵子息として相応しい教養を身につけること。

これからフレデリックの代わりに公爵子息として、6年間は過ごさなきゃいけないのだから、当然の壁ともいえる。


2つ目は、講師による魔法騎士向けの厳しい鍛錬を乗り越えること。

元々フレデリックも入団前の一年間は、元騎士団長による鍛錬を予定していて、私が代わりに受ける必要があるそうだ。

ただ、この鍛錬に耐えられないようであれば、騎士団に所属すること自体、難しい。

そのため、もし鍛錬を乗り越えられないようであれば、成り代わり自体を無しにすると言われた。


まぁ、これも当然の壁といえば、その通りだ。



その2つの壁を提示されてからの1ヶ月。


私は、王都にある屋敷でフレデリックや父・コドック、執事のセバスから、公爵子息としての最低限の教養やダンスを学んだ。



そしてついに一昨日。

2つ目の壁をクリアするために、意気揚々と鍛錬場所である<南の領地>に一週間かけてやってきたのだった。



(本格的に魔法と剣を学べるなんて、転生してラッキーだったな!)



なんて周囲の心配をよそに、思いつつ。



「レティシア・・・いえ、フレデリック様、どうされたのですか?」



部屋のソファに腰かけながら、うな垂れた様子の私を見て、侍女のメアリが駆け寄ってきた。


彼女が先ほど、私のことをフレデリックと呼んだように、もうすでにこの南の領地では、私は兄・フレデリックになりきって過ごしている。


この城で、領地で、私がレティシアだと知るのは、<本物の>フレデリックとジン、侍女のメアリと領主代行をしている叔父のハワード・フランシスの4人だけだ。


…まぁ、鍛錬に挫折したとき、いつでも令嬢に戻れるようにと、まだ髪は長いままなのだけれど。


私は、メアリに目線を向ける。



「いや、ちょっとショックな出来事があったんだ……。父上からもらった大事な剣を、あの襲撃事件のときの男に盗まれたらしくてな。それにいま、気づいたんだよ」



兄の口調を真似ながら、そう言って、私は肩を竦める。



「ええっ!!公爵様の剣と同じデザインのあの剣を・・・ですか!?」



メアリには、盗まれた・・・・・・と言ったが実際は、少し違う。

襲撃事件の男の右手に愛剣を貫いたのは私であり、「とっとと去れ」と愛剣を右手に突き刺したままの男に言ったのも・・・・・・私だ。


だから、まぁ・・・・・・男が転移する前に回収し忘れた私のせいといえば、私のせいなのだが・・・・・・。



(結構気に入ってたのにな)


「今日から、講師の方が来るのですよね?剣がなくて鍛錬は大丈夫でしょうか・・・?」



そう。今日から父に言われていた1年間の<講師による魔法騎士向けの厳しい鍛錬>が始まるのだ。

心配そうなメアリに、おもむろに近づく。そして、髪をひとすくいして口付けた。



「可愛いメアリ。私のことを心配してくれるの?」



そう言って視線を合わせたら、メアリの顔は真っ赤になっていた。



「……ッ!…レティ……フレデリック様!公爵家子息が、そのような…侍女に…そのようなぁ…あああッ!!!」



どうやら男装した私は、メアリの好みドンピシャらしく、公爵子息として習った教養を駆使して接触すると、このようによく錯乱する。



「レティ・・・フレデリック様・・・・・・!!!」



いまだに真っ赤な顔で、髪を持つ私を潤んだ目で見つめるメアリ。



「……」



しかし、私の前世は元引きこもり。さらに基本「スルーする」対応が身についてしまっているため、そんなメアリの無言の訴えをついつい無視してしまう。



(プレゼントされた剣がなくなったのはショックだが、まぁ、初日だしな。

鍛錬に剣が無くても大丈夫だろう。もし、剣がいると言われたら、公爵家所有の剣を取りにいけばいい)



私は無言で頷きながら、いまだ錯乱状態のメアリを放置して、鍛錬場のある城の庭に向かう。

もうそろそろ講師がやってくる時間だからだ。


このとき、私は完全に油断していた。

兄・フレデリックの死亡が、なくなったことで、この世界が「乙女ゲーム」であっても、もうなんの影響もないような気分でいたのだ。


だから・・・まさか、こんな王都から離れた場所で<あの>攻略対象者に会うことになるなんて、思ってもみなかったのだ・・・・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る