08:襲撃!(1)

「ああああああぁぁぁぁっ」



私の視線の先には、右足に剣が突き刺さった兄・フレデリックと、同じく右手に剣の突き刺さった覆面の男がいた。その光景は、私を混乱させた。



(なぜ、さっきまで私たちのはるか後ろにいたはずの手練れのうちの1人が、兄の目の前にいる!!)



ほんの1秒前までは、私たちから500m以上は離れた場所で気配を消し、隠れていたはずの男が、なぜか突然フレデリックの前に現れ、彼を剣で突き刺したのだ。

ありえない光景に思わず、眉間にしわがよる。



「フレド様ーーーー!!」



私から一拍遅れて、フレデリックが突然刺されたことに気づいたジンが、腰にさげていた自身の剣を抜き、すぐさま兄のもとへ駆けもどろうとする。


しかし---



キンッ!



その進行が妨げられた。


後方から、もう一人の手練れがやってきたのだ。

この男は先ほどの一人の男のように突然目の前に現れたわけではなく、

それなりに速い速度で後方からこちらに駆けてきた。



「ぐっ」



キンッキンッ!という小気味よい音があたり一面に鳴り響く。

もう一人の手練れは、覆面をしていない、街中にどこにでもいるような茶色い髪の中年男だった。


しかし、その腕はどこにでもいるような者ではない。

茶髪男は短剣を両手で持ち、ジンにすさまじい速さで繰り出た。

おかげで、ジンは魔法を打つことさえできず、短剣をかろうじて凌いでいる状況だ。



「・・・ぐっ」



ジンの苦し気な息遣いが何度も響く。



(この茶髪。私のことをただの令嬢だと思っているのだろう、私に目もくれない。

死角にいて、「誰」が<あの覆面男の右手に剣を突き刺した>のか見えなかったんだろうな。

・・・・しかし、それはそれで・・・・・・・都合がいい)



私は二人の攻防を一瞥し、すぐに兄の元へと駆け寄る。


200mは距離があいていたにもかかわらず、1秒もたたずに、兄の横に移動することができた。

やはり身体能力は、「剣聖」のままのようだ。

そんな私の様子を横目で見ていたのだろう、ジンと戦っていた茶髪男は思わず・・・といった様子で声をもらした。



「ばかな・・・」



その声音は震えていた。



(ああ、気づいたのか)



そう、気づいたのだろう。

<あの覆面男の右手に剣を突き刺した>のが、いま目の前で剣を交えているジンではなく、「私」だということに。


そう・・・・・・兄のそばに殺気が漂った瞬間に、プレゼントされたばかりの愛剣を、私はその殺気の元へ反射的に投げたのだ。


いまの私の動きから、強さを測ったのかもしれない。

茶髪男は、苦虫を噛み潰したような顔をした。


しかし、彼が私に気をとられた一瞬は、絶望的な隙だった。



ギンッ!



ジンが茶髪男の懐に飛込んだ。

彼はまだ未熟だが、そんなに甘い男ではない。なにせ才能の塊として兄の側近候補として見いだされたにも関わらず、それにおごらず、大人に混じりながら、ずっと鍛錬し続けてきた男なのだから。



ゴツッッ・・・


「・・・ッ!!!?」



剣で攻撃するように見せかけたジンの左拳が茶髪男のみぞおちにメリッとのめりこむ。さらに畳みかけるように手刀でその手に握られた短剣を地面にたたき落とした。



ガッ・・・・ガガンッ・・・。



茶髪男が持っていた左手の短剣は、吹き飛ばされ、地面に深々と突き刺さった。



(ジンのほうは大丈夫そうだな)



私は精神に余裕が出てきたのを感じながら、改めて目の前にいる兄・フレデリックと覆面男を見やる。


フレデリックは右足のすねを男に剣でざっくり斬られ、大量の出血をしていた。

見るからに重傷だ。早く出血を止めなければ、命が・・・危ういかもしれない。


・・・・しかし自分がそんな状況に置かれているにも関わらず、まるで痛みなどなんでもないとばかりに、兄は私に強い視線をおくっていた。



(レティ、早くにげるんだ・・・)



そんな心情が駄々漏れのターコイズブルーの瞳に、私はおもわず口角をあげてしまう。


「10歳までのレティシア」としての記憶が、「お兄様はいつもそう・・・」と告げる。


どんなにわたくしがわがままにふるまっても、お兄様はいつでも、わたくしを守ろうとする。

優しい、本当にやさしいお兄様。わたくしにとって、とても大切なお兄様。


その瞳を真摯に見つめながら、前世の記憶を思い出した私にとっても、やはり兄は大切で、大好きな存在で、変わることはない存在だ、と突き上げる感情で胸がいっぱいになる。



「・・・・兄様、今度は私が守る番だよ」



思わずそう微笑むと、兄は大きく目を見開いた。


一方・・・・・・兄をこんな目にあわせた覆面男の方は私の愛剣を、そのまま右手に突き刺さし、突っ立っていた。


あまりの痛みから右手に突き刺さった剣を抜こうとしただが、手の甲をざっくり貫通していているため、うまくいかなかったらしい。


急に目の前にやってきた私がこの剣を突き刺した本人だと気づいたのか、憎々しげににらみつけてきた。



「お前かぁああああああッ!」



そう叫び、兄の足元にあった自分の剣を、左手で取ろうとする。

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