06:乗馬

厩舎には、兄と馬の世話係のほかにもう1人の影があった。

いつも兄に付き従っている青年、ジン・バトラーだ。


ジンは元々、フランシス公爵家が治める南の領地にある孤児院にいた孤児だったのだが、定期的に孤児院で行っている魔力検査で、豊富な魔力量と風属性への高い適性が発覚。

兄の側近候補として、代々公爵家に仕官するバトラー家の養子になった男だ。


前世の記憶を取り戻す前のレティシアは、このジンが苦手だった。



(まぁ、分からないでもないな・・・。身長は180cmを超えてるし、割とたくましい体つきだ。元々孤児のせいか、貴族女性から見ると、勉強しているとはいえ、言動もまだまだ荒いから粗暴に映りやすいし・・・)



そんなことを思いながら、厩舎の入り口までたどり着くと、私に背を向けていたはずのジンの肩がぴくっと震えた。

その様子に私は思わず、微笑んでしまう。



(完全に消したわけではないが、「剣聖」のときの癖で、かなり気配を断っているのに・・・。

背後から私が来た気配に気づくとは・・・。


まだ15歳なのに、末恐ろしい。ああ見えて「皇国の鬼才」といわれている父が、側近候補に元孤児のジンを抜擢するだけの能力がある・・・ということか)



「レティシア様・・・」



さっと後ろを振り返った先にいるのが、「私」だと気づき、ジンの目が大きく見開かれる。もしかしたらどこかの手練れがやって来たと思ったのかもしれない。


ジンは、さらに何かを言おうとしたが、私は有無を言わせず、その言葉をさえぎる。

面倒なことになる予感がしたのだ。



「兄様、お出かけか?私も兄様と一緒に行きたいんだが、いいだろうか?」



ジンから少し離れたところで愛馬の鞍をつけていたフレデリックは、突然やってきた可愛い妹を見つけて、顔をほころばせる。



「レティ。嬉しいな。でも、ごめん。

今日も一緒に出かけたいところなんだけど、これからジンと、馬に乗って狩りに行くんだ。

レティは馬に乗れないだろ? だから、連れて行けないよ」



心底残念そうな顔で、謝るフレデリック。私はそれに対し、肩をすくめる。



「いや、馬なら乗れると思う」


「「えっ」」



予想外の言葉に驚く2人。


厩舎には多くの馬がいるが、鞍をつけている馬は存外、少なかった。

その中でも入り口近くにいた一頭の馬に目星をつける。


私はいま言ったセリフを証明するように、VRMMOのキャラクターで行った動作を再現した。

つまりは、その馬の手綱を握り、ふみ台無しで飛び乗ったのだ。


手綱を操り厩舎の柵を軽く飛び超え、パカッパカッと足音を響かせながら、厩舎から鍛練場まで行き、再び引き返していく。



「レティシア・・・様」


「レティ!!」


「レティシア様---ッッ!!!」


(うん。「剣聖」のときに騎乗して戦うこともあったから、できると思っていたが、やっぱり問題なく乗れるな)



私は自分の仕上がり具合に、満足気に頷いた。

鍛錬場の方からメアリがなぜか私の名前を叫びながら、怒りの形相で突進してきているが、上機嫌の私は、やはりつい癖でスルーしてしまう。



「すごいな!いつの間にできるようになったんだい?」


「兄様は知らないだろうけど、(VRMMOの中で)結構、練習したからね」



その言葉を受けて、「なるほど」と頷くフレデリック。


ここレイ皇国の王族・貴族の女性は、魔法同様、乗馬をすることを良しとされていない。

しかし、もちろん何か不測の事態に見舞われたときは、女性も馬に乗れたほうがいい。

フレデリックは、父が自分に内緒でレティシアに練習させていたのだと、勝手に納得していた。



「じゃあ、行こうか。兄様。それとジンも」



馬に乗ったまま、二人を促すとフレデリックは嬉しそうに愛馬に乗る。ジンは鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした後、首を振りながらのっそりと手綱を握った。


そうしてそのまま、兄・フレデリック、ジンと共に王都の屋敷を出て、私は郊外にある「常陽の森」と呼ばれる森へと馬を走らせた。



「レティシア様---!!令嬢が馬など・・・・っっっ!!!それにどちらへ・・・レティ・・・ッッ様・・・ッッ!!!」



しかし兄の外出に無事ついていけたことに、ほっとした私は、私たちが去った後の屋敷内で、メアリのそんな叫び声がこだましていたなんて、思いもしなかったのだ。

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