第15話

それから2カ月――。

俺は週に2、3度、文芸部に顔を出すようになっていた。

ワンライのある日と、あとは気が向いた時しか行かないわけだが、表向きは副部長という肩書きになっている。

部として学校側に届け出るために、部長1人と副部長2人が必要だったからだ。

ちなみに部長はもちろん月形で、副部長は2年の俺と3年の音無(おとなし)さんという人だった。

音無さんはまあまあの作品を書くが、基本的に口頭でのコミュニケーションを取らない。つまり無口だ。


しゃべらない音無さんのことはいいとして、月形のことである。


(これ、面白いは面白いんだけどなあ……)


ワンライの行われるその日。

早めに来た俺は、ウェブに上がっているあいつの過去作を読んでいた。


あいつの作品は悪くない。

臨場感と疾走感があって、読む者に迫ってくる。

ただ語彙は平坦で、表現の面白みはないに等しい。

そして物語は前に向かって走るばかりで、味わいや余韻に欠ける気がした。


よく言えば若者らしいエネルギーにあふれた、分かりやすい作風だ。

悪く言えば芸術性に欠ける。


しかしここ最近の作品は、何か過去のものと違っていた。

題材や展開がやや変わり、前にはなかった工夫の跡も見られる。

少し感性が、大人びたようにも感じられた。


(なんだろう、影響を受ける作品が変わったとか?)


俺は椅子の背にひじを突いてもたれかかり、ワンライのサイトを表示するスマホの画面をぼんやり見つめる。


ちなみに俺自身は月形たちと一緒に作品を書きはするものの、それはあくまで暇つぶしとしてで、書き上げたものを人に見ることはなかった。

形として文芸部には所属したが、ここの部員として作品を出すのには抵抗があったからだ。


それに一応プロの作家として、中途半端な作品を世に出すのはどうかという考えもある。

別のペンネームで出したとしても、俺の作品だとバレるリスクはあるからだ。

それに俺は……。

……まあ、そのことは今はいい。


それからふと気がつくと、部室代わりのこの空き教室に、月形が入ってくるところだった。


「泉くん、何見てるの?」

「別に何も……」


月形の作品を映す画面を隠すようにして、スマホを胸ポケットに入れる。


「そう? なんだかすごく、真剣な顔してたから」


月形が不思議そうに俺の顔を見た。


(真剣な顔、か……)


そんなつもりもないのに、頭の中がこいつのことでいっぱいになっていた。

そのことを、内心気恥ずかしく感じる。


「そういえば、今日はみんな遅いな?」


話題を変えると、月形が大きく頷いた。


「そうそう、今日はここ使えないよ」

「えっ?」

「ワックスかけるから、他を使ってくれって先生が」


そうか。それでいつも来ている音無さんや月形の取り巻きの連中が顔を出さないのか。


「泉くん、昨日来なかったから」

「なるほど」


連絡は昨日のうちに来ていたらしい。


「それでお前は、わざわざ俺を迎えに来たわけ?」


聞くと月形は俺の荷物を持ち上げ、小さく笑って答えた。


「当たり前じゃん、大事な部員なんだから」

「大事な部員、ねえ……」


俺みたいな不真面目な部員でも、一応大切に扱ってくれるのか。

正直、そんな扱いはなんだか落ち着かなかった。


「……何?」

「いや、なんでも」

「じゃあ行こ?」


月形が、俺の荷物を持ったまま歩きだす。


「ああ、うん……けど、どこへ?」

「図書室か、他で空いてる教室を探すか。昨日はそんな話をしてたんだけど……」

「なんだ、曖昧だな」

「まあ、探せばみんなもどっかにいるでしょ」


そんな話をしながら、俺たちはいつもの空き教室を出たのだが――。

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