80「姉たちは見守る」②





「そんな力強く言われてもねぇ」


 ルナが苦笑するが、よく考えればヴァレリーは呪いによって家から出ることができず、アストリットに至っては酷い傷のせいでもっと長い時間閉じこもっていた。

 そんなふたりが、王都の社交界の事情を知るのは難しいだろう。

 それぞれ、自分のことで精一杯だったのだから。


「ですが、エンジーはいい子だと思いますわ」

「そうね。レダも気に入っているようだし、陰で努力しているのは知っているわ。少し頼りないけど、自信がつけば大丈夫だと思うわよ」

「それはあたしも同感だけどぉ」


 エンジーは頑張っている。

 誰もが知っていた。

 ルナたちだけではない。

 街の人たちが、エンジーが一人前になろうと頑張っているにを知っている。


「ふむ。私もエンジーはよい男になるだろうと思っている。無論、レダほどではないがな」

「それは同感ねぇ」

「そうですわ」

「同感よ」


 うんうん、と妻たちは夫こそが一番だと考えていた。


「個人的には、ミナがどこまでの気持ちなのかが気になるな」


 ヒルデの言葉に、三人が「うーん」と悩んだ。


「最近のミナは口を開けばエンジーなのよねぇ」

「そうだったか?」

「そうよぉ。少し前までは、学校のこととから今日会ったこととか楽しそうに話してくれていたけど、最近はエンジーがね、エンジーったらね、って」

「……それは手のかかる弟分の感想なだけではないのか?」

「甘いわねぇ。嫌な感じが微塵もないのよ、むしろあたしたちが近所のおばさんたちに「パパったらねぇ」ってちょっと自慢する感じなのよねぇ。あたしだけが知っているみたいな?」

「わかりますわ。ルナちゃんは、エンジーには私がいないとって感じがありますわね」

「姉弟子として振る舞っていたけど、放って置けなくなっちゃったって感じよね」


「ねー」と三人が同意する。

 ヒルデは恋愛ごとには疎いので、いまいちわからなかった。

 ただ、ミナとエンジーが、今抱いている気持ちがどう変化していこうと、両者が幸せならば構わないと思う。


「あー、お嬢さん方」


 四人の背後には、いつの間にかネクセンがいた。

 白衣を身につけた彼は、少々気まずそうに言う。


「声がでかい。レダたちには聞こえてないが、ミナに聞かれたら膨れっ面になるぞ」

「ちょっと、乙女の会話を盗み聞きするなんて万死に値するわよ! デリカシーのない男ねぇ!」

「悪かったって! こっちだって聞く気はなかったよ! だけど、待て」

「なによ?」

「エンジーのことなら、俺は知っているぞ」

「本当ぉ?」

「わざわざ嘘なんてつかないよ! ていうか、回復ギルドの人間なら、少なからず知っている話だ。あまり気持ちのいい話じゃないから、知らないにこしたことはないんだがな」

「あらぁ」


 ネクセンは苦い顔をして、髪を撫でた。


「俺も余計なことはいいたくない。エンジーは頑張っている。それだけで十分なんだが……この件が片付いたら王都に行くだろう?」

「そうねぇ」


 ルナたちだけではなく、ネクセンもレダたちならば「災厄の獣」をなんとかしてくれると信じていた。

 もちろん丸投げするつもりはなく、できることはなんでもするつもりだ。


「おそらくエンジーも王都に行くことになると思うんだが、間違いなく揉めるぜ」

「――どういうことよ?」

「エンジーの過去に関して俺から言うつもりはないが、ひとつだけ」


 若干迷いながらも、ネクセンは口にした。


「エンジーには親が勝手に決めた婚約者がいる」

「……やあねぇ」

「しかも三人」

「……間違いなく揉めそうね」


 ネクセンを含めた五人は、力無く肩を落とした。






 〜〜あとがき〜〜

 もう数話で「災厄の獣」と決着をつける予定です。

 そのあとは王都編。

 お付き合いよろしくお願いいたします!


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