53「エンジーの成長」②





 エンジーは人間不信になってしまったが、生活はあまりかわらなかった。

 人間が怖くなったせいで、両親からの「お願い」に逆らえず、友人たちの「お願い」を断れない。

 そんな自分が嫌で、逃げ出したくなるが、逃げ出しても自分にはなにもできないのだと理解しているため、一歩が踏み出せなかった。

 せめてもの抵抗で、結婚だけは頑なに断っていた。


 ――そんなとき、レダ・ディクソンの話を聞いた。


 無償で治療をするお人好しの治癒士。

 回復ギルドに目をつけられた「はぐれ」治癒士。


 そんな人もいるのか、と思った。

 それだけだった。


 しかし、しばらくして再び彼の名前が耳に届く。


 かつてと違う、よい話ばかりだ。

 貴族令嬢の呪いを治癒した、王女の火傷を治癒した。

 遠い辺境のアムルスで診療所を建て、良心的な治療費で治療をしていると。


 興味を持った。

 持たないはずがない。

 かつてのエンジーが目指していた、理想の治癒士なのだから。


 エンジーはアムルスに行こうとしたが、両親によって止められてしまった。

 そこから、家から出ることのできない生活を送ることとなる。

 金蔓を手放したくない両親の思惑が明け透けすぎで、より人間が嫌いになった。


 だが、転機が訪れる。

 回復ギルドの腐敗が一掃され、トップに新たらしくなった。

 回復ギルド長アマンダは、若き治癒士を欲した。

 一から学ぶ場所を与え、治癒士として独り立ちするのではなく、活躍する治癒士に師事できるという。


 アマンダが家を訪ねてきて話をしてくれた際、エンジーは尋ねた。


『レダ・ディクソン様の弟子になれますか?』

『あなたの努力次第です。もちろん、私から推薦することもできます』


 その言葉に希望を持ち、アマンダの助けを借りて家を飛び出した。

 そこで出会った同じ治癒士たちとは、うまくやっていた。

 化粧に頼り奇抜な言動をするエンジーを見守ってくれていたのだ。


 ――そして、レダ・ディクソンと出会う。


 弟子にはなれなかったが、彼はそばにエンジーを置いてくれた。

 弟子と変わらぬ扱いを受けた。

 感謝した。

 一生懸命、恩返しができる立派な治癒士になると決意した。


 素の自分に戻り、人は怖いが、ちゃんと向き合った。

 アムルスの人たちは、誰も彼も優しく、いい人たちばかりだ。

 両親のような人も、友人ような人もいない。

 エンジーがエンジーでいられる場所だった。




 ――だからこそ、報いたい。




 冒険者たちが苦しんでいる。

 救えるのは、治癒士だけだ。

 手が震える。


「エンジー」

「はい!」

「頼ってもいいかな?」


 レダに問われ、震えが止まった。

 彼は自分の心配などしない。

 背を向けたまま、ひとりの治癒士として見てくれた気がする。


「――はい! 任せてください!」


 エンジーは、今までの自分と決別し、新たな一歩を踏み出した。






 〜〜あとがき〜〜

 エンジー回でした。

 彼の家族のお話は、王都編に続きます。お楽しみに。


 コミカライズ最新9巻が発売となりました!

 何卒よろしくお願いいたします!

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