59「新米治癒士シュシュリー」②





 四年前。

 まだシュシュリーが幼い頃、少し年の離れた姉と共にお忍びで王都の城下街に出かけたことがあった。

 護衛も、使用人も付けず、普段ならやらない「ちょっと悪いことをしよう」と普段から溜まっていたストレスと発散するように姉妹は、ちょっとした悪戯をする感覚で屋敷から抜け出したのだ。


 ――しかし、箱入り娘である貴族の少女ふたりが城下町をふたりで散策するなどしてはいけないことだった。


 明らかに貴族であることを隠せていない姉妹をスリが目を付けるのは当然のことだった。

 中には、護衛がいないことを確認した上で、誘拐しようと企む者もいた。

 王都の城下町とはいえ、金に困っている者も、犯罪でしか稼げない者もいる。

 姉妹は、そんな「悪い」部分を知らずに育ったため、近づく悪意に気づくことができなかった。


「……お嬢ちゃん、金を出しな」


 ナイフを持った浮浪者が三人、シュシュリーと姉を襲った。

 姉妹は魔法を使えるが、実践経験は皆無だ。

 本来の実力ならば、ナイフしか持っていない浮浪者が十人集まっても姉妹の魔法で殺されるだろう。だが、命を奪ったことがなく、誰かを傷つけたこともない姉妹は恐怖で足をすくませてしまい、動けない。


「金を出せって言ってるんだよぉ!」


 ひとりの浮浪者が痺れを切らしてナイフを振るった。

 脅しだったのかどうかはわからない。

 結果的に、シュシュリーの姉の顔に深い傷が刻まれた。


 姉は、痛みと流れる血を自覚し、悲痛な叫びを上げた。

 顔に傷を作るということは、女性にとって、貴族の女性にとって一大事だ。

 金を積んで治癒士に治療させても傷跡が残る場合もある。

 王族や公爵などが抱える治癒士ならば、実力も確かだが、男爵家の貴族が頼れる治癒士には当たり外れがあるのだ。


 最悪の場合は、「傷物」として扱われる可能性だってある。


「可愛い顔がこれ以上傷付けられたくなければ……そうだ。どうせその顔じゃ、貴族様とはいえ女の未来も終わりだろう。俺たちで男の良さを教えてやろうぜ」


 浮浪者が下衆な笑みを浮かべて手を伸ばした。

 シュシュリーができることは、姉を抱きしめて神様に祈るだけだった。


(――神様、助けて!)


「女の子相手に何してるんだよ」


 神への祈りが通じたのか、偶然か、浮浪者の手は姉妹に触れることなく、ひとりの青年によって捕まれ、そのままへし折られたのだった。






 〜〜あとがき〜〜

 実は貴族の女の子とフラグとを立てていたレダさん(二十台半ば)


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