28「治療の時間」③
「――これは、夢だろうか?」
貴族の屋敷の浴室で、数年ぶりに汚れと垢を落として綺麗さっぱりとなったローゼス・ウィリアムソンは、広い湯船に浸かりながら夢を見ているのか、現実なのかわからずにいた。
「いやー、まさかあたいが貴族様のお屋敷で風呂に入れるなんて思わなかったぜ」
ローゼスの隣には、小綺麗になった妹分のロロナの姿がある。
もともと親に売られて奴隷にされるところを逃げ出し、冒険者をしてきた少女はまともに風呂など入ったことはない。
汚れを落としたロロナは十代半ばの可愛らしい、ちょっとボーイッシュな少女だと改めて知った。髪こそ邪魔になるとナイフで切ってしまっているのでざっくばらんだが、顔つきはすこしそばかすがあるが男女問わず好かれそうな愛嬌がある。
ただ、まともな食事をしていないせいか、手足は細く肋が浮き出て痛いだしくもある。
しかし、それはローゼスも同じだった。
三十代を過ぎても、程よく鍛えられていた筋肉質の肉体はすっかり衰えていた。
きっかけは、些細なことだった。
冒険者ギルドで知り合ったロロナを面倒見ていたローゼスは、モンスターに殺される寸前だったロロナのことを庇った。それだけのこと。
一命は取り留めたが、右腕を失った。
冒険者として利き腕を失ったのは致命的だった。せめて腕が残っていれば治癒士につなげてもらえるかのせいもあったのだが、腕はモンスターに食われてしまった。
責任を感じて身の回りの世話をしてくれるようになったロロナをせめて一人前にしてやろうと思い、依頼を受けていたのだが、利き腕を失ったということは今まで通りに戦えなくなったということだ。
結果的に、足まで失い動けなくなってしまった。
そこからが大変だった。
自分から離れるようにロロナに言ったが、彼女は絶対に首を縦に降らなかった。
責任を感じているようだが、負傷の原因はすべてローゼス自身だ。
ロロナを救うと決めたのも、利き腕を失いながら戦い続けたのも、すべてローゼスの決断だった。
欠損した肉体を治せる治癒士はまずいない。いたとしても、王族や貴族に囲われているため、一介の冒険者では会うことすらできないだろう。
中には、それなりになの売れていたローゼスの肉体を目当てに、助けを申し出た男たちもいたが、ロロナが追い払ってくれた。
挙句の果てには、ロロナが自分を売ってでも治療費を稼ごうとしたので、それだけはやめさせた。
次第に体力がなくなり、金も尽きてまともな食事も取れず、藁にもすがる思いで、ローデンヴァルト伯爵領にあるアムルスの町にいるお人好しの治癒士に治療をしてもらえないかと旅をした。
しかし、腕だけならまだしも、足がなくなったことで道のりは苦労ばかりだ。
金もないので馬車にも乗せてもらえない。
ときどき善意で馬車の荷台に乗せてもらったが、肉が腐り異臭を放ち始め、身なりが汚くなればそれもなくなった。
なんとか伯爵領に入り、アムルスまであと少しのユーヴィンの街にたどり着くも、この街の現状は酷かった。
ユーヴィンからアムルスに行かせたくない冒険者ギルドのせいで立ち往生を食らってしまう。
ロロナのおかげで食事はなんとかできていたが、気づけばもう朽ち果てるだけの身になっていた。
――しかし、運命はローゼスを殺さなかった。
一目みただけでもかつての面影が残っている青年――レダ・ディクソンをロロナが連れてきた時は驚いた。
同時に、自分の今を見られたくなかった。
しかし、彼は構わず汚れた自分に触れ、治療をしてくれた。
まさかレダが部位欠損を修復できるほどの治癒士だとは思ってもいなかったのだ。
(魔法の才能があることは知っていたが……驚きだ)
そのまま彼は、同じく廃墟に隠れ住んでいた者たちを治療し、貴族の屋敷に連れてきたかと思えば、風呂と食事と衣服を要してくれたと言う。
ローゼスは自分の身に何が起きているのかわからないまま、促されて風呂にいる。
「――レダにはいろいろ言いたいこと聞きたいことがあるが、まずは心から感謝の気持ちを伝えなければならないな」
子供のように白く、綺麗な腕を見つめてローゼスは笑うのだった。
〜〜あとがき〜〜
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