46「住民たちの反応」②




「でもね、テックスさん」

「あん?」


 ビールとつまみを楽しんでいたテックスに、レダの話で盛り上がっていた冒険者たちが話題を振った。


「レダさんには世話になってるし、ルナちゃんも一途だったから祝福できるんですよ」

「おう」

「ヴァレリー様と結婚したんだし、アムルスにずっといてくれるだろうなって安心もあります」

「そうだな。んで、なにが言いたいんだよ?」

「あそこで飲んだくれているナオミちゃんは放っておいていいんですかねぇ?」

「あー」


 テックスは、見ないようにしていた近くのテーブルに面倒臭そうに目を向けた。

 そこにはジョッキに入ったビールをぐびぐび飲んでいる勇者ナオミ・ダニエルズの姿があった。

 テックスがアムルスで一番の冒険者であっても、親子ほど歳の離れたナオミには逆立ちしても敵わない。

 それだけの実力者があるのだ。

 勇者というのはそれだけ規格外な存在なのだが。


「ああやって自棄酒してる姿を見ると、ナオミ嬢ちゃんもまだまだ子供だねぇ」


 ぱっと見ただけでも、十近いジョッキがテーブルの上に並んでいる。

 よくもあれだけ飲んだものだと感心しつつ、彼女が自棄酒をしているのが初めてではないと知っているので、どうするべきか、と悩んだ。

 テックスは、ナオミが荒ぶっている理由を知っているからだ。


「おかわり!」

「もー! ナオミちゃん、飲み過ぎー!」

「私は勇者だから大丈夫なのだ!」


 酒場の娘メイリンが、眉を潜めるも、ナオミは平気だと言い張る。

 実際、このくらいで酔い潰れはしないのだが、彼女はさらに限界まで飲むだろう。


「あーあー、稼いだ金がもったいねぇ」


 冒険者のひとりが苦笑した。


「気持ちはわからないわけじゃねーんだが、こればっかりはナオミの嬢ちゃん次第だからねぇ」


 他にも事情を知る客たちが、うんうん、とテックスに同意して頷いた。

 すると、新しいジョッキを飲み干したナオミがまた注文をする。


「おかわりなのだ! ううぅ、私ばかり除け者にされて」


 ついにはテーブルに突っ伏してしまったので、いい具合に酔い始めたのだろう、と思う。


「しかたがねえ」


 客たちがテックスになんとかしろという視線を向けてきたので、頭をかじりながらナオミが占領するテーブルに移動した。


「よう、ナオミの嬢ちゃん。今夜も荒れてるねぇ」

「うるさいのだ」

「そういいなさんなって、おじさんでよかったら相談に乗るぜ?」


 テックスが声をかけ、しばらくするとナオミは顔を上げて、鼻水をすすりながら話し始めた。


「レダたちが毎日アンアンうるさいのだ」

「……ま、まあ、そりゃ新婚さんだからな」

「ミナは聞こえないように結界を張っているのだが、私は結界を張っても耳が良すぎるので聞こえてくるのだ!」

「そ、そりゃ、ご愁傷様だな」

「というか! レダはどうして私を仲間外れにしたのだ! 私だって嫁にしてくれればいいのに!」

「……ナオミの嬢ちゃんもレダに惚れていたってことかい?」

「よくわからないのだ! でも、私だけ、家族じゃないみたいで嫌なのだ!」


 テックスとしては、ナオミの気持ちもわからなくはない。

 なんだかんだいって、レダたちの家族としてアムルスで上手くやっているナオミだが、始まりはお世辞にもいい出会いではなかった。

 お人好しを絵に書いたようなレダが、真っ向から戦った相手でもあるのだ。

 もちろん、ナオミに完全な敵意がなかったので大ごとにならなかったが、まさかそのまま家族になってしまうとは当時を振り返っても驚きを隠せなかったのを鮮明に覚えている。

 ナオミがレダに好意を持っているのは間違いない。

 だが、それが家族として、兄を慕うように、親を慕うようになのか、ルナたちのように異性として恋焦がれているのかは、きっと本人にもよくわかっていないのだろう。


(なんて助言するべきかなぁ。嬢ちゃんは戦闘は最強だが、それ以外は普通の女の子だしねぇ)


「もやもやするのだ!」


 ぐびぐびっ、と喉を鳴らしてビールを飲み続けるナオミにテックスは、どうアドバイスすべきか悩んでしまう。

 相手が男なら押し倒せ、とか笑って無責任なことを言うのだが、相手がナオミだと本当にやりかねないし、彼女がその気になったら誰も止められないので迂闊なことは言えない。

 すると、


「――ナオミらしくない」

「んんん?」


 酒場に入ってきた褐色の肌を持つ戦士――ルナの母エルザが、ドヤ顔で言い放った。


「押し倒してしまえ!」

「おいおい!」


 せっかくテックスが言わないようにしていたというのに、エルザが言ってしまった。


「――おお! その手があった!」

「ちょ、嬢ちゃん! 考えなしにそんなことしたって」

「そうだ! レダを押し倒してやるのだ!」

「その意気だ! レダ・ディクソンなら妻が複数人いても幸せにしてくれるだろう!」

「だから! お前さんも余計なことを言うなよ!」


 いいことを言った、とばかりに胸を張るエルザに文句を言っている間に、酒を飲み干して金をテーブルに置いたナオミが覚悟を決めた目をして席を立った。


「ちょ、嬢ちゃん、落ち着け! な、やめとけって! 酔った勢いでそんなことしたってあとで後悔するぜ!」

「女は度胸だ! 勢いに任せろ!」

「あんたはもう黙っててくれ!」


 絶叫するテックスをよそに、ナオミはなぜかふらつきながら敬礼した。


「勇者ナオミ・ダニエルズ! 女になってきます!」


 酔っ払い勇者に、同じく酔っ払いどもが「頑張れ!」「覚悟決めろ!」「レダをやっちまえ!」と煽る。

 もうだめだ、と諦めてテックスは止めることはせず、ビールを煽った。


「待っていろ! レダ! ふははははははははは!」


 高笑いをしながら帰路に着くナオミを見送って、テックスは大きく嘆息した。


「あーあ、知らね」














「ちょ、ナオミ? 酒臭っ! どんだけ飲んだの!? 待って、どうして俺をベッドに押し倒すのかな、ちょ、どこ触ってるの! ち、力強っ! 待て待て、落ち着いて!」

「――うぷ」

「嘘だろ、やめて、お願いだからそれだけはやめて! 神様!」

「おろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろぉ!」

「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 なんてやりとりがディクソンさんの家で起き、大騒ぎになるのだった。

 ちなみに、事情をよく知らずにナオミを焚きつけたエルザは、娘にこれでもかと叱られることになるのだった。



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