29「首謀者」②
「――あれ? 第一王子と第二夫人じゃなかったんですか?」
レダの疑問に、ティーダが肩を竦める。
「違うようだ。どうも第二王子と第三王妃は弱いところを狙うことが好きらしい」
「その弱いところとは、わたくしのことですか……」
「――っ、キャロライン様、失礼なことを言ってしまい申し訳ございません」
「いいのです。事実ですから。ですが、まさかマイラ様とベルロールがわたくしとアストリットを狙うとは……てっきり、ウェルハルトとミリアミラ様が首謀者だと思っていました」
ウェルハルトは第一王子であり、ミリアミラは第二王妃だ。
実質、次期国王はウェルハルトという声が多い。
文武両道で母ミリアミラの実家も公爵家ということもあり、後ろ盾も大きい。
性格も悪くはなく、悪い評判は聞かなかった。
とはいえ、第二王妃ミリアミラは正室を狙っていると有名であり、癇癪を起こす性格ゆえに息子の足を若干引っ張りがちだという。
対して、第二王子ベルロールは武芸も学業もそこそこ止まりで、性格はあまりいいとは言えない。
横柄な態度が目立ち、取り巻きと悪さをしていると王都では有名だった。
また王位を継ぐことに執着しており、玉座に近い兄を敵視している。
母マイラ第三王妃は、侯爵家の出身で、家柄が悪いわけではない。しかし、他者を利用し、競わせて遊ぶという性格の悪さがあると聞く。
また浪費家であり、我慢というものが嫌いな女性だった。
また、ミリアミラもマイラも息子を溺愛しているという共通点がある。
そのため、どちらも自分の息子こそ次期国王に、と躍起になっているらしい。
「刺客からの情報なのでどこまで信じていいのか判断しかねますが、第二王妃様と第三王妃様の間で、王子を次期国王の後継者にするにはキャロライン様の正室という立場を奪い、万が一、治療が成功してしまったアストリット様を排除しようという企みがあったそうなのですが……」
「実行したのは、マイラ様だった、と」
「残念ながらそのようです」
なんとも面倒なことだ、とレダは思う。
王位争いなど他でやってくれ、と言いたくなった。
許せないのは、邪魔だからといって簡単に命を奪おうとする、その思考だ。
明らかに、命を軽んじている行為に、怒りが湧いてきてしまう。
「キャロライン様、マイラ様とベルロール様についてなにかご存知なことはありませんか?」
ティーダの問いかけに、アストリットの様子を伺ってからキャロラインは口を開いた。
「第三王妃のマイラ様には、わたくしは敵視されています」
「第二王子様にはいかがですか?」
「ベルロールがウェルハルトと王位を争っていることは間違いありません。実を言うと、王位争いに参加していない、わたくしの息子たちも敵視されており、数々の嫌がらせを受けています」
キャロラインの暗い声から、単に「嫌がらせ」程度ではないのだろうとレダは察した。
(実を言うと、第一王子が怪しいと思っていたんだけど、まさか違っていたとは)
レダは、アストリットの立場が悪いとはいえ、彼女を狙う理由がわからなかった。
キャロラインは単純に正室ゆえに邪魔なのはわかる。
だが、アストリットはどうだろうか。
王位継承権第二位を持っているとはいえ、ベルロールとその母親が狙うには理由が足りない気がする。
そもそも、アストリットを排除できたとしても、まだウェルハルトがいるのだ。
もっと言えば、光を失い塞ぎ込んでいたアストリットには、王位を継ぐ意思があるのかどうかもわからず、彼女を押す人間がどれだけいるのかも不明である。
政治活動をしていないアストリットより、完全に敵対しているウェルハルトを潰すことを第一に考えるべきではないかと思う。
なによりも、暗殺という安直な行為をして、あとで困らないかとも思える。
(――ま、俺は王族じゃないから高貴な考えはわからないし、わかりたくもないんだけどね)
もしかしたら、アストリットとキャロラインを気に入らないという理由で動いた可能性だってあるし、始末できるなら早々にしておくべきだという考えだったのかもしれない。
結局のところ、人の命を奪ってまで自分の立場を良くしようとする人間の思考など、レダにはわかりようがないのだった。
「――実を言うと、マイラ様がわたくしたちを狙う理由がわからないわけではありません」
「と、いいますと?」
キャロラインは悩んでいたようだったが、隠しても仕方がないのだと判断したようで、語りはじめた。
「噂ではありますが、もともとマイラ様はわたくしよりも早く、国王と婚約していたそうです。しかし、正室にはなれませんでした」
キャロラインがいたからだ。
「王家と我が一族とでなにかしらのやりとりがあったのでしょう。結局、わたくしが最初に輿入れし、正室となりました。寵愛を受け、アストリットも順調に授かりました。そのことを気に入らない人間は、決して少なくはないでしょう」
その筆頭がマイラ第三王妃なのだろう。
「わたくしの実家とマイラ様の実家は不仲ですし、それも理由にあるでしょう。彼女には幾度となく嫌がらせをされました。アストリットの治療にも、治癒士を金で抱き込んで治療させないという非道なことも……何度妨害されたのかわかりません」
もしかすると、キャロラインが国内や、友好国以外の治療方法を探していたのは、マイラの手が届かぬ場所だったからかもしれない。
「なにより許せないのは、娘が襲われ、盲目となると、王位継承権を取り上げるように国王に進言しました」
「アストリット様を排除しても、まだウェルハルト様がいるはずなんですけどね」
レダのもっともな言葉に、キャロラインは頷く。
「もしかすると、ウェルハルトをどうにかできる手段があるのかもしれません。アストリットに関しては、わたくしへの嫌がらせも十分にあったでしょう」
「……そうでしたか。でも、黒幕がわかったことは不幸中の幸いでしたね。刺客の証言とはいえ、国王様にお伝えすればなんとかなるのではないですか?」
マイラとベルロールという犯人がわかったのなら、あとは対処するだけだ。
それには国王の力が必要となるだろう。
「…………」
「キャロライン様?」
朗報のはずの黒幕の名を知りながら、キャロラインの顔色は悪い。
レダが不安になって、王妃の名を呼ぶと、
「正直に申し上げて、国王が介入してくれる可能性は少ないでしょう」
そう、悲しげな顔をして、とんでもないことを言われてしまった。
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