28「首謀者」①
キャロラインとアストリットを応接室に送り、ヴァレリーと家族たちに対応と護衛を任せたレダは、ガブリエラ・ローデンヴァルト夫人からティーダの居場所を聞き、ひとり待っていた。
「もう、一時間か」
屋敷の片隅にある地下室へと続く階段の前で、レダは腕を組み、背を壁に預けて待ち続ける。
仮にも辺境伯の屋敷内で、彼が尋問を行っている場に勝手に行くのは躊躇われた。
なによりも、いくら王族の命を狙った刺客とはいえ、女性が尋問されている姿を見たくなかったというのもある。
レダは、ため息を吐きながらティーダを待つ。
しばらくすると、地下から続く階段を昇ってくる足音が聞こえる。
「ティーダ様?」
「……レダか。なんだ、私を待っていたのか?」
「はい」
「別に地下室にきてもよかったんだがな」
「いえ、それは俺が」
「……治すことを仕事にしているレダには酷だったな。私のことも聞いただろう?」
「ええ。王妃様から、少しだけですが」
首肯したレダに、ティーダが苦笑いを浮かべた。
「別に隠していたわけではないさ。ここ何年は領地運営が仕事だったからな。尋問など、久しぶりだ」
「刺客は吐きましたか?」
「もちろんだ。いろいろ教えてくれた。特別どこかで鍛えられたわけではなく、派閥の関係と金に釣られただけの愚かな女だったよ」
詳細は王妃たちの前でと言うティーダに、レダはそれ以上問わなかった。
「その前に、手を拭いてください。血で赤くしておくわけにはいかないでしょう」
事前に用意していたタオルを差し出すと、ティーダが礼を言って受け取り、手を拭う。
「刺客は生きていますか? それなら、治療を」
「――必要ない」
「……まさか」
「いや、死んではいない。だが、どうせ死罪になる人間を治療するだけ無駄だ。それに、あの女は一時の欲望に目が眩み、後のことなどまるで考えずに罪を犯した。ならば、今感じている痛みも、その対価だ。放っておいて構わない」
「……わかりました」
簡潔に返事をしたレダだって、刺客に思うことはある。
せっかく光を取り戻したアストリットと、彼女を治そうと奔走し続けたキャロラインの命を狙ったのだ。
心でも頭でも許せることができない。
だが、やはりどこか甘いのだろう。
尋問されて痛み苦しんでいる女性がいると思うと、治療したくなるレダだった。
「さあ、王妃様たちに報告に行こう」
「はい」
レダとティーダは、キャロラインたちが待つ、応接室に向かった。
◆
「ローデンヴァルト辺境伯、ご苦労様でした」
「いいえ、職務を果たしただけです」
応接室に戻ったレダたちを出迎えてくれたのは、キャロライン王妃の労いの声だった。
ティーダは膝をつき、恭しく礼をすることでそれに応える。
「そう畏まらないでください。さあ、お立ちになって。ご迷惑をかけているのはこちらなのですから」
キャロラインの言葉に、ティーダは立ち上がり、ソファーに移動した。
「ローデンヴァルト辺境伯、あのメイドは何か吐きましたか?」
「はい。残念ではありますが、やはり刺客でした」
「そうですか……わかっていましたが、残念でなりません」
王妃の顔に影が差す。
それはアストリット王女も同じだ。
せっかく目が見えるようになったのに、また命を狙われてはたまったものではない。
「あの、ティーダ様」
「どうした、レダ?」
「これからどうしますか? もちろん、俺に手伝えることがあれば喜んで手伝いますけど、なにをどうしていいやらわからなくて」
「そうだな……まず、キャロライン様が連れてこられた騎士とメイドは王都に返してしまおう。我が家のメイドと、騎士、そしてテックスたち冒険者に代わりを担ってもらう」
「はい。捕らえた刺客はどうしますか?」
「自害できないようにはしてあるが、王都に戻して口封じされても困るので、我が家でしばらく拘留しておこうと思っている」
「……あー、確かに口封じとかありそうですもんね」
仮にも王女のアストリットを殺そうとしたのだ。
貴族の出とはいえ、メイドひとり口封じくらい簡単にやるだろう。
「あのっ、ティーダ殿」
「はい、アストリット様」
「結局、私とお母様を狙った首謀者は誰だったの?」
アストリットのもっともな問いに、ティーダは答えた。
「第三王妃マイラ様と、第二王子ベルロール様が、アストリット様とキャロライン様のお命を狙った首謀者です」
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