アイドル(パート2)
[某日某時刻 芸能事務所]
いつもテレビで見掛けていた大物アイドル達が、目の前にいる。
普通の一般人であれば夢の様な光景だが、
私の目には悪夢に魘されているような見たくない現実を見せつけられている、そんな感覚だった。
「困ったわ...。今が一番忙しい時期なのに...」
頭を抱えてるのはマネージャーのオオフラミンゴだった。
「私のせいよ...。私が一緒について行ってあげれば...」
「泣くなプリンセス、君は悪くないよ」
コウテイペンギンのコウテイはそう嘆くプリンセスこと、
ロイヤルペンギンを慰めていた。
「みなさん、こういう時こそ落ち着いてください!
一人ずつお話を伺いますから!」
ドールがその場を鎮めた。
「プリンセスさん、ジェーンさんが誘拐された時の状況を聞かせていただけます?」
私はプリンセスに事情説明を求めた。
「あれは、昨夜の事なんです...。昨日は21時過ぎ...。
レッスンが早く終わったので軽い食事をしてから、それぞれ家に帰ったんですが、
途中まで一緒だったんです。それで、私が隣町に住んでるので駅の方へ、彼女は
市内なので別れたんです。それから数十分から一時間くらい後でした」
プリンセスは自分の携帯を見せた。
「これは...」
メッセンジャーアプリにメッセージが残されてる。
文面は短く『たすけて』と書いてあった。
時刻は昨日の22:50となっている。
「最初は何のことかわからなかったんです。だから、気になって。
近くに住んでるフルルに彼女の様子を見に行くように頼んだんです」
後ろの方にいたフンボルトペンギンのフルルを見た。
「そうなんですね、フルルさん」
「え...、あ、はい...。えっと、23時くらいにプリンセスから連絡があって、
ジェーンの家に着いたのが20分くらいだったかな」
「その時既に家にはいなかったと...」
彼女は小さく頷いた。
「自宅の周辺で誘拐された可能性があるわね。
その時間帯だし、防犯カメラを見れば車が映ってるかもね」
カラカルが言った。
「よし、これで犯人から連絡が来ても大丈夫だね」
誘拐は身代金を要求される事が大半だ。
サーバルが設営を完了させた。
「オーケー。とりあえず今は何処にいるかわからない以上待つしかないわね...。
...ところでリーダーは?」
「あ、かばんちゃんね。イワビーさんとお話してるよ。
昔の知り合いらしいけど」
(イワビー...?そういえばサーベルさんが言ってたわね...。
特指課時代の話...)
*
[屋上]
「まさかこんな形で再会するとはなぁー」
「イヤな再会ですね」
「...その通りだな。ま、元相棒として協力するぜ」
かばんは咳払いし、改めて聞き直した。
「ところで、イワさん。メンバー内で変ないざこざはありませんでしたか?」
「いいや。特に嫌悪な雰囲気は無かったぜ」
「プリンセスさんって最近入ったんですよね。各メンバーとの仲はどんな感じでしたか?」
「んー?仲良かったと思うぜ。
性格的にはアイツちょー真面目でなぁ。プロデューサーとも喧嘩してたぜ。
何度か食事して話したりもしたけど、プライドが高いんだよなぁ。負けず嫌いっつーかよ」
「ちなみに...、プリンセスさんとジェーンさん、最近仲悪い様子は見掛けてないですかね?」
「うーん、よくは一緒に帰ってたみたいだけど、お互いに内面に隠すタイプだったからなぁ。...って、かばんさんはアイツが何か絡んでると?」
「あらゆる可能性を模索してるまでですよ」
イワビーは腕を組んで空を見上げた。
「だけど、アイツは車の免許も持ってなきゃ、しっかりとしたアリバイまである。
あー、オレがニガテな事件だあー...」
「ふふふっ...」
頭を抱えるイワビーを見て不気味にかばんは笑った。
「変わらないなぁ...、その笑い...」
*
午後18時半。陽はもう落ちかけていた。
一切連絡も無いまま、膠着状態が続いていた。
「ハクトウさん!防犯カメラ、調べてきましたよ!」
ドールはパソコンを開き、映像を見せた。
「今、カラカルさんとサーバルさんに調べてもらっています。
場所はジェーンさんの家の近くです」
路上を黒い自動車が走り去って行く映像だった。
「ドライバーの顔まではわからないのね」
「ええ、住宅街の割には街灯が少ないですからね...。
薄明りで何とかナンバーが割り出せるか出せないか...」
「....中々厳しいわね」
私が重い溜息を吐いた、その時だった。
プルルルル...。
唐突に、電話が鳴り始め一同が「あっ」と声を上げた。
「ウェイト。マネージャーさん、
電話に出てください。なるべくゆっくり話して。我々がいることは伝えないでください。
人質の無事と犯人の話をよくリスニングするように」
「あ、は、はい...」
オオフラミンゴは電話を取った。
「...もしもし」
『んー、そっち事務所であってる?』
「ええ。そうですが...。
うちのジェーンを誘拐したのはアナタですか」
『だから?』
「...で、電話のご用件は」
『....私ねえ、約束は守らないといけないのね。お金も要らない。私の願いは既に叶えられてるのね。ただ...、電話したのは...、お礼がしたかっただけね』
「な、何を仰ってるんですか?ジェーンは無事なんですか?」
『今のところは...。今夜はアツい夜になりそうね』
ブツッ。
「な、なんなの今の...」
支離滅裂さにオオフラミンゴは困惑していた。
「大丈夫です。ジェーンさんの携帯から掛けてきたみたいですね。
録音してます、もう一度リピートしてみましょう。何かヒントがあるかもしれない」
私はもう一度先程の音声を再生した。
「....ハクトウさん!風の音が聞こえますよ」
ドールが言った。彼女は耳が良いらしい。
「他には?」
「後は...、自動車の音...ですかねぇ。結構街中みたいです」
すると、かばんさんとイワビーさんが入ってきた。
「リーダー!どこに行ってたんですか!?」
「イワビーも...」
呆れた様子のコウテイに彼女は、
「わりぃなコウテイ。
思い出話で花が咲いちまった。アハハハ!」
軽快な笑いを飛ばした。
「笑ってる場合じゃないでしょ...!」
「まあ、そうカッカすんなって、プリンセス」
「何かあったの...?」
フルルが小声で尋ねた。
「サーバルちゃんたちの情報によると、車はレンタカーだった。店に問い合わせて書類を見せてもらってその住所の場所に行って来ただけだよ」
かばんの話を聞いてハクトウは驚嘆した。
(凄い連携プレーね...。中央署ならこんなスピードで解決してない...)
「先輩、さっき犯人から電話があったんです。
多分、市内で高い建物がある所にいると思うんですけど...」
「わかった。特に身代金は要求してこなかったんだね」
「ええ、約束がどうとか...」
一通り話を聞き終えると、かばんは声を張って言った。
「みなさん、聞いてください。
僕ら警察がジェーンさんを必ず、無事に取り戻しますよ。一旦署に戻ります」
*
「ハァ、ハァ...、本当に...、ジェーンさん...」
彼女は息を切らしながら、舌を出しジェーンの頬を舐めた。
「な、何するんですか!?」
「いい...!!いい...!!!」
彼女の行為は常識を逸脱していて、狂気染みていた。
「PPPのメンバーはどの子もすてき...。でも...」
「...?」
「プリンセスさんには敵わない...」
「あ、あなた...、それ...!」
*
[京州署 某日 20時]
かばんと一緒に、一度署に戻り刑事課のメンバーはとある倉庫に連れてこられた。
「リーダー、拳銃...ですか?」
「署長から許可を貰ってる」
「ただの誘拐犯に銃を使うつもり...!?」
「ハクトウさん、“ただの”誘拐犯ではないから用意してるんですよ」
私は信じられなかった。
彼女の言ってる事が正しいとしても...。
もし見当違いや、被害者を傷付けたらどうするのか。
「もし嫌なら、無理しなくていいんですよ。僕達で何とかしますが」
「いいえ、リーダーがそういうなら、部下の私はそれに従うわ」
息を吐いて気持ちを抑えた。
(やけに自信満々ね...)
監視役の役目を果たさなくては。
「でも、かばんちゃん。犯人がどこに潜んでるかわかるの?
ドールが音を聞いただけでしょ?」
「アイドルを際立たせる、相応しい舞台を用意しているはずだよ」
かばんは抽象的にそう言った。
「もう、
カラカルがボソッと呟いた。
*
[北京州市 某所 PM22:00]
市内から時間を掛け、隣の市へやって来た。
「リーダー、何故この場所に...」
私は車に同乗し、運転席の彼女に尋ねた。
「例え車を持っていたとしても、警察の事を考えて長距離移動はしない。
犯人の電話から人質を取って籠城するつもりかなって。ドールの話を聞いて、
京州の管轄で、高い場所で人気もない所という条件に当てはまるのはこの市にある
14階建ての廃ビルしかないと思ったんです」
(すごい想像力と推察力ね...)
「因みに、犯人はどんな人なの?」
「ああ、筋金入りのアイドルファン...、オタク?わかんないけど、熱狂的な人だよ」
彼女は無線を取り、指示した。
「ハクトウさんはドールさんと一緒に犯人を追い詰めてください」
「オーケー...」
「ハクトウさん、私の指示に絶対従ってくださいね」
何故か彼女に、念を押された。
「...ノープロブレムよ」
こうして私とドールは、犯人を追う重要な使命を任された。
*
冷たい風と不気味な雰囲気が恐怖心を倍増させた。
涙目の彼女に、迫った。
「うぅっ...、や、やだ...、や、やめて...」
「夢舞台じゃない...。私も嬉しい」
「ど、どうして...」
「....」
私達は古そうで、崩れないか不安になりそうな錆びついた鉄の階段を勇気を振り絞って駆け上がり、真っ先に最上階へ辿り着いた。
「見つけましたよ!!」
その声に驚き、彼女は振り向いた。
「!」
「あなたが何するか知らないけど、人質を離しなさい!」
私は語気を強め言い放った。
「...フフッ、ハハハハ...!!」
突如笑ったかと思った直後。
「ひっ...!」
「私と一緒に死ぬのね」
彼女は刃物を取り出し、ジェーンの首筋に近づけながら、後ろに下がる。
後ろは柵も無い落ちたら大変なことになるのは明白だった。
中央署にいた時、こういう状況に陥った場合の対処法を教えてもらった。
その経験を活かし、私は説得を試みた。
「落ち着いて。あなたは何が望みなの?」
「...私、約束されたの。約束を果たす...」
「誰と何を約束したの」
「秘密の...、約束!!絶対に...!」
「た...、たすけてっ...!」
もっと後ろに下がる。
後、何センチくらい余裕があるかは想像できない。
(まずい...!このままじゃ...)
次にどのような手法を取るか、考えていた時だった。
『―射殺してください』
あり得ないような、かばんの声が耳から聞こえた。
次の瞬間。
―バーンッ!
真夜中の静寂を切り裂く、発砲音が背後から聞こえた。
「...ウッ」
刃物の落ちる音と共にジェーンを捕えていた手から、
一気に力が抜けその場に崩れ落ちた。
「あ...、ああっ...!!」
いきなりの発砲に驚き、愕然とするジェーン。
そして、いきなり私の前に出て拳銃を構え凛々しい後姿を見せるドールの姿があった。
『...お疲れ様。ドールさんは人質を保護して』
「はい」
『カラカルとサーバルは死体を回収して。
あと、ハクトウさん。話したい事があるので後で僕の所まできてください』
目前で起きたこの状況を理解する事は、今の私では不可能だった。
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