四
というか、イケメンに拍車がかかっている。
僕からしたら、そっちのほうがヤバい。
「先生……」
「ん?」
「気持ち……よかったですね」
逢坂先生は答える代わりにキスをくれた。
最後の最後まで、奪い尽くされる。
そのあとの僕は、事後処理を進める手を見ているだけになっていて、完全に熱が引いたころ、シャワーをもらいにのそりと腰を上げた。
一方、根津先生はというと、僕がお風呂場を出てきてからもぐっすり眠っていた。
夜のてっぺんを越え、寒さも底にきている。暖房はつけられてあるけど、どこか肌寒い。
先生が風邪を引いちゃいけないと思って、僕が使っていた毛布もかけてあげた。
オレンジ色の間接照明は、かすかな暖かさも落としてくれている。いまは、リビングにあるローテーブルの周りだけが明るかった。
「渡辺」
シャワーを終え、リビングへ戻ってきた逢坂先生が、低く掠れた声を出した。根津先生にも目をやっている。
首をすぼめ、僕は小さく笑った。ソファーの座面に背を預ける。
そのとなりに逢坂先生は腰を下ろした。生乾きの頭にはタオルが被さっている。
さっきの行為を思い返し、僕は、急に目が見れなくなった。
テーブルへと視線を乗せていたら、遮るようにタブレットがフェードインしてきた。
「……なんですか?」
「クリスマスさ。予定、どうなってんのかと思って。会えるなら、どっか行こう」
と言いながら、逢坂先生はタブレットを操作し始める。イルミネーションと、検索バーに打ち込んだ。
僕は、崩していた足を正座に変えた。
それに気づいた逢坂先生はタオルを首へ下げ、頭を傾けた。
「なんだ。いきなりかしこまって」
「あの、僕、逢坂先生に言ってないことがありまして……」
「ん?」
「二十四日……じつは、僕の誕生日なんです」
少し間があってから、「おお」と声をもらし、先生は顔を綻ばせた。おめでとう、とも言ってくれる。
僕としては、このタイミングで知らせるのもなんだか申し訳ない気がしていて、いっそ黙っていようかと思っていた。けど、おめでとうが聞けて、言ってみてよかったとほっとした。
うれしかった。
すると、なにかに気づいたように、逢坂先生が「ああ」と声を出した。
「翼……。たしかにクリスマスっぽいな」
「そうですかね」
「お前に合ってる」
この名前を、そんなふうに言われたことはもちろん初めてだ。とあるマンガの影響で、サッカーと関連づけられることは、ままあったけど。
うれしくて、気恥ずかしくて、どういう顔でいたらいいかわからない。
そんなところへ、ひょっこりと、一つの疑問が頭を出してきた。
「よしよし。そんなら、クリスマスと誕生日、一緒に祝おうな」
そして、その疑問は、この逢坂先生の一言で、もっと存在感を増してきた。
いや、言葉に対してじゃない。逢坂先生がそんなことを言う相手が、どうして僕なんだろうと思ってしまったんだ。
僕が先生に惹かれるのは、ある程度、自然ななり行きだったと思う。
まず、見た目がかっこいいし。それだけでも、向こうの引力のほうが強い。
逢坂先生は、周りからどんな評価をされても、自分のスタイルを崩さない。
強引なのかと思えば、それの三分の二くらいは、気を使ってくれる。後輩である僕や、生徒たちに、ダメな部分を見せることもいとわない。
話せば話すほど、その懐を開いてくれている感じがして、僕は見事にハマり込んだ。
だけど、僕はどうだろう。ドジだし、生徒に嫉妬しちゃうし、なにより、おっぱいモミモミをさせてあげられない。
逢坂先生は、男の人とも恋愛ができるらしいけど、おっぱいは別モノだと思う。僕でさえ、ないよりはあるほうがいいと思っているくらいだ。完全なホモじゃなければ、女の人のほうがいいに決まっている。
僕が顔を上げれば、タブレットへ注がれていた逢坂先生の目もこっちを向いた。
「お前とがっちり目ぇ合わせるの、案外至難の業だからな」
「……」
「どうした。あ、二十四日はダメなのか? 予定は……って。おい」
肩を揺さぶられ、僕は我に返った。
「……あ。すみません。……で? なんでしたっけ」
「二十四日の予定だろうが」
先生の声が一段と低くなった。
や、やばい。こんなときにうわの空だったなんて、変なふうに思われる。
僕は、もうクセみたいになっているペコペコを繰り返し、「夜は大丈夫です」と告げた。
「しかし、あれだな。お前のその、会話の最中に宇宙にいっちゃうようなぼんやりも、二人きりのときだと許せなくなるもんだな。俺のことを考えてくれてるんなら別だが」
逢坂先生が殊勝顔で言った。
目もまじだ。
僕は背中を丸め、首を引っこめた。
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