つくづく思う。

 逢坂先生も根津先生もきょうはコンタクトで、眼鏡をかけていない。髪の毛もきれいにセットされてあるから、男の僕から見てもかなりイケてる。

 カフェなんかにいたら、モデルと間違えられそうだし、バーで黙って飲んでいたら、しっとりと落ち着いた雰囲気に女の子たちはやられそうだ。

 だけど現実は、友だちが一人増えたくらいで機嫌を悪くし、あーんだのおっぱいだので本気の口げんかをする。

 ……でも、拳が飛ばないだけ、成長しているのかも。

 逢坂先生がむきになってああ言えば、あの独特な調子でこう言って、根津先生はひらりとかわす。

 いいコンビであるとは思う。

 根津先生が煙草に火を点け、なんとか場も収まる。

 そのとき、テーブルにあったスマホが震えた。根津先生はくわえ煙草でスマホを取ると、画面を指で払いながらリビングを出て行った。

 逢坂先生から空になった器を渡され、僕は箸を置いた。菜箸を持って、お鍋のほうへ意識を注ぐ。


「どれ食べますか?」

「やっと二人きりになれる」


 ほしいものを指さしながら逢坂先生が言った。


「たぶん、呼び出しの電話だ」

「……あ、そうなんですか?」

「きょうまでさんざん我慢させられたんだ。思いっきりしっぽりすんぞ、俺は」


 逢坂先生は胸を張ってまで腕まくりしていたけど、根津先生を相手にすんなりことが運ぶとは、僕は思えなかった。

 やがて根津先生が戻ってくる。その第一声に、僕も逢坂先生も注目した。

 そんな僕らの視線に眉を潜めながらも根津先生は元の場所へと腰を下ろした。逢坂先生よりも長い腕まくりをしている。


「よし。今夜は食って飲むぞー」

「……」


 となりへちらっと目をやれば、きょうは背もたれにしていたソファーの座面で伸びている姿があった。

 まあ……そうなる気持ちがわからないでもない。僕だって、できれば二人きりがよかった。

 とはいえ、どこかでは、このコンビの掛け合いをしばし眺めていたい気もしていた。





 なにかの物音ではっと目を開けると、テーブルの上は、カセットコンロも鍋もなく、飲みかけのお酒だけになっていた。

 いつの間にか眠っていたらしい。厚手の毛布がかけられてあった。

 テレビの前には、同じく毛布にくるまって寝息を立てている根津先生の姿がある。逢坂先生に負けず劣らずの巨体が転がっている。

 なかなか開かない目をこすり、僕は逢坂先生を捜した。

 リビングのシーリングライトは落ちていて、テーブルの中央を仄かに照らす間接照明しか点いてない。

 そのとき、キッチンのほうから音がした。

 目をやれば、対面式のシンクで、逢坂先生は洗いものをしていた。

 僕は毛布を剥ぎ、慌てて立ち上がる。向かいへ立つと、手元へ注がれていた目が上がり、逢坂先生がにこっとした。


「起きたか」

「すみません。手伝います」


 シンクのへりを迂回しようとしたら、逢坂先生に止められた。


「お前、まだ酒残ってんだろ。いいって。危なっかしいから」

「大丈夫です」


 構わず目についた布巾を取って、水切りに並んであるお皿を取った。

 洗いものを終えた逢坂先生は、僕から視線を外すことなく手を拭っている。

 大丈夫だって言っているのに、そんなに信用がないのか。僕はむっとして、大鍋を掴んだ。しかし、これが意外に重くて、足元がふらついてしまった。

 手持ちもつるっと滑って、落としてしまうと思ったら、後ろから伸びてきた手が大鍋の底を持ち上げ、僕の体も支えてくれた。


「っぶねえ」


 逢坂先生は僕の腰もキャッチしたまま、シンク横のスペースへ大鍋を置いた。

 あまりのことにびっくりして、僕は台に手を残し、床へへたり込んだ。


「大丈夫か?」

「落として壊してしまうかと思った……」

「鍋なんか壊れたってまた買えばいいけどさ。お前がケガするんじゃないかって、そっちのほうにハラハラしたわ」


 僕は胸を押さえて、じっと逢坂先生を見上げた。


「なんだよ」

「なんか、物より僕とか、そういうふうに言われたことあんまりないんで」

「いや、普通だろ」

「普通なら、まあ、そうなんでしょうけど……」

「ああー。お前が普通じゃなかったわけか。そういやあ、教頭のカップ、何代か壊してんな。狙ったかのように」

「それは言わないでください」


 イタいところをほじくり返され、やり場のない悔しさに、僕は口を尖らせて膝を叩いた。

 逢坂先生がおもむろにしゃがむ。


「相変わらずいいリアクションするな。お前」

「……くうぅ」

「苛め甲斐っていうとあれだけど、ツッコみ甲斐あるっつうか」


 逢坂先生が破顔している。

 ああいう表情を僕がさせているんだと思うと、いつもの失敗も悪いばかりじゃないと、ちょっと救われる。

 逢坂先生は膝を床へつき、顔を寄せてきた。シンク下の収納棚に後頭部をつけた僕の唇を、あっという間に奪っていく。

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