ちょっぴりオシャレさんになっているくらいで、先生はいつも通りの感じだった。よくも悪くもあっさり。

 髪はしっとりキャラメルに整ってあって、眼鏡はない。ブランドもののトレーナーとスウェットという姿。とくに言葉もなくリビングのドアを開けた。

 僕は遠慮なく中へと進み、脱いだ上着と、お泊りセットの入ったカバンをソファーの座面に置かせてもらった。

 目の前のローテーブルには手作りのおつまみが並べられてある。それを目に入れてしまったら、さっき寄ったコンビニで買ってきたしがないおつまみを出すのがすごくためらわれた。

 けれど、先輩のお宅へお邪魔するのに手ぶらもあれだしで、おずおずと差し出した。


「とってもつまらないものなんですが……」


 持ってきた缶ビールを二本、ローテーブルに置いて、逢坂先生はコンビニ袋を受け取った。

 なに? と、すぐさま中を覗く。


「あああっ。いいんです。ほんとにつまらないものなんで」

「なんだよ。俺も亀田の柿ピー好きだわ」

「ほんとすいませんっ」


 逢坂先生は柿ピーもローテーブルに置いてくれて、適当に座れと言った。

 僕はラグへ腰を下ろした。ソファーは座り慣れてないから、どうしても下になってしまう。

 逢坂先生もソファーじゃなく、僕のとなりであぐらをかいた。

 まずは缶ビールでお疲れの乾杯。それから、逢坂先生が作ってくれたらしいおつまみをいただきながら、ゆったりと飲み始めた。

 トマトの上にチーズが乗ったのとか、メンチカツの油揚げバージョンとか。叩いたキュウリに昆布が和えてあるさっぱり系なのもある。あと、いろんなナッツといろんなチーズの盛り合わせも。

 僕は始めこそしおらしく、おつまみの感想なんかを述べながら飲んでいたけど、テレビが点いたら、画面に向かってああだこうだと止まらなくなった。

 逢坂先生もいつになくお喋りで、たまに意見が合ったりすると、僕はますます楽しくなった。

 飲み始めて一時間くらいたったころ、焼酎へシフトすると逢坂先生がキッチンに立った。あとに残されたのは五本もの缶。僕はまだ二本目だというのに。さすがのハイペースだ。前に聞いたとき、ジョッキ二杯、ワイン一本、日本酒五合を一晩で飲んだって言っていた。

 逢坂先生は戻ってくると僕のとなりには座らず、ソファーへ腰かけた。焼酎の瓶とグラスをローテーブルに置く。


「あの人さ……」


 後ろになった逢坂先生がぼそっと言った。

 あの人とはだれのことだろうとぼくはその先を待った。

 しかし逢坂先生は一向に続けない。

 僕が振り返ると、先生は顔の前で手を振った。


「いや。やっぱいい」

「ええ? 途中でやめられたら気になるじゃないですか」

「まあ、それは置いといて。お前、俺に話でもあったか」

「え? いえ。……どうしてですか?」

「どうしてもきょうがいいなんて言うから、急ぎで話したいことでもあったのかと思って」


 ただただ一緒にお酒を飲みたかったというのは、口にしても恥ずかしくない理由だろうか。

 せっかちなさみしがり屋とでも思われるだろうか。

 無理やり笑ってごまかしていたところに救いの音楽が鳴った。

 あのCMだ。僕は一息でそっちに耳を持っていかれて、テレビへ向き直った。

 一回聞いたら覚えちゃうほどキャッチーで軽快な音楽と、バカバカしすぎる内容。でも、なぜか最後まで見ちゃうんだ。このコマーシャル。

 ほとんど覚えてしまった台詞をハモりながら僕はチーズをつまんだ。

 そこへ、なにかが頭に触れた。

 いきなりでびっくりしたけど、CM明けの画面も気になって、テレビに目を向けたままでいた。

 逢坂先生の声が頭の上で響く。


「お前、風呂入ってきたの」

「あ、はい。シャワーですけど」

「いい匂いがすんな。ツバキか」


 その言葉にはさすがに耳を取られた。

 僕はソファーの座面に肘を乗せ、逢坂先生を見上げた。

 手が離れていく。


「匂いだけで当てるなんてさすがですね」


 すると逢坂先生は肩をはね上げ、軽く吹き出した。


「さすがってなんだ」

「百戦錬磨そうなんで」

「ああ、オンナ?」

「はい。両手でも足りないくらいなんじゃないですか」


 顔を覗き込むようにして僕が言うと、逢坂先生は腕を組んで眉をわずかに上げた。


「さあ、どうでしょう」


 はぐらかすようでいて、こっちを見下しているようにも聞こえる。ちょっとむっとなった。

 たしかに僕はモテませんけども。

 いまさらそんな言い方しなくたって、あの顔が百戦錬磨を物語っている。ならば潔く認めて、そうだと胸でも張ってくれたほうが晴々しい。

 目を離さずにそんなことを並べ立てていたら、逢坂先生の顔が間近にまで迫ってきた。

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