三
はっきり言って、奥芝さんのことを笑っていられるほど、俺も器用じゃない。それは、自分が一番よくわかっている。
だからさ、そんな固まらなくてもいいじゃんと思っちゃうわけよ。藍おばさん。
「たっくん。これ、お守りなの?」
いまは真夜中の台所。
和室の押入れを昼間から掻き回し、ようやく探し当てたのは、おばさんがむかし使っていた裁縫道具だ。それを拝借して、維新にあげるお守りを、俺は手作りしようと思った。
道具箱の下にはちょうどよく生地もあった。それもいただく。
藍おばさんは和裁も洋裁も得意だ。いつもはミシンを使っているけど、裁縫道具もあることを俺は知っていた。
学生のときに使っていたやつだと思う。クラスと名前が箱に書いてあった。
「ねえ、たっくん。お守りなのになんで黒の生地使うのよ」
「黒しかなかったから。もう返せよ!」
久しぶりに手作りというものをし、苦労して形にしたそれを、おばさんから奪い返す。
何度も投げ出しそうになって、どうにかここまでこぎつけられたものなんだから。
「それに、採寸するか、せめて裁断する線を書くかしないから、形もぐちゃぐちゃじゃない」
「そんなスキル、俺にあるわけないじゃん」
「スキルの問題じゃないわよ。もの作りの基本よ。ほんと、お勉強以外はなんにもできないわねえ」
そう言い残すと、おばさんは台所を出ていった。
……う、うるさい。
勉強だけでもできるんだからよしだよ。人間、ベンキョーだよ、ベンキョー。勉強が一番大事!
俺はぶつぶつ言いながら、無駄にデカいダイニングへ散らかしたものを片づける。
またため息がこぼれた。
本当は痛いほどわかっている。風見原に来てから、とくに思い知らされる場面が多い。
勉強だけできたって、人はなんの役にも立たない。運動も食事も、自分の手でなにか作り上げることも、それなりに数こなさなきゃ、ここではやっていけない。
やっぱり俺、ここに来るべきじゃなかったのかも。
一人でいると、ついそう思ってしまう。でも、維新にそんなことを言ったらがっかりするだろうし、せっかく一緒になれたのだからいまさら離れ離れになりたくない。
……まずは芋の皮むきでもやってみるか。
ダイニングの片づけも終わり、俺が椅子を立ち上がると、おばさんが台所へまた顔を出した。
「はい、これ」
と、おばさんが差し出したのは、神社でよく見かけるあれ。てかてかな紫の生地に、「御守」という文字が金色の糸で入れられてある。
「すげっ。しかもヒモまである」
この長さだと首にもかけられる。お守り袋が小さめで、俺の理想の「お守りさん」している。
「……それ、いま作ったの?」
「そうよ。こんなの朝飯前よ」
藍おばさんは腰に手を当て胸を張ると、寝間着の帯をぽんと叩いた。
「あげるわよ、これ。けど、くれぐれも自分が──」
おばさんの言葉も半分に、俺はお守りを受け取るといそいそと自分の部屋へ帰った。
袋の中へ入れるためにしたためた紙を小さく折って押し込む。すると、ぺこぺこだったお守りに厚みが出て一段とそれらしくなった。
思わず机に突っ伏し、ふふふと笑う。
あしたが楽しみになってきた。さて、これを手にした維新はどんな顔をして喜ぶだろう。
その様を見逃さないように、いつも以上に瞠らなくては。
俺はお守り袋の中を確かめ、もう少しなじむように指でのした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます