四
「なにも飾らないって、ほんとは素敵なことだって、維新は教えてくれた。ずっと一緒にいられたら、俺もそういうふうになれるかな、なりたいなって思って、維新のことずっと見てた。あれから、ずっとずっと大好きでいる」
俺の頭を撫でて、維新は笑った。闇をも巻き込んで破顔している。
「卓だって、あのとき俺に教えてくれたよ」
「……え?」
「お前が泣きながら教室を出ていって、そこで改めて、ストレートに言えばいいってもんじゃないのを思い知った。大切にしたいものほど、言葉や気持ちは寝かせるべきなんだって」
その寝かせ処か、維新は自分の胸に俺を引き寄せた。
「つかさ、寝かせすぎて腐ったりして」
「腐るって……卓。そこは熟成と言ってくれよ」
笑い合い、もう一度つないだ手を強く握り合う。
どちらからともなく空を仰ぎ見た。
星のまたたきがはっきりしてくる季節だ。秋は、夜空も高い。
維新がふと苦笑混じりに言う。
「なんか変だったな。俺」
昼間のことでも反省しているのか、首根っこを掻いた。
「急に変なスイッチ入っちゃうしね」
「……スイッチ? なんの」
極めて真面目な顔で維新は訊いてくる。
「なんのって」
「ああ、図書館のか」
「わかってんじゃねえかよ」
「いや、あれは変と思ってない。当たり前の状況だと思っている」
俺が唖然と口を開け放ったそのときだった。植え込みの向こうの道路を、だれかが走っていく音がした。
わずかな砂を巻き込んでアスファルトを蹴る音──。
維新がまず、橋に通ずる植え込みの切れ目から、道路のほうへ目をやった。その二の腕越しに俺も覗いた。
辺りがすっかり暗くなっても、あのオレンジは目立っていた。外灯に照らされ、「もしかしたら」は確信に変わる。
「津田さん──」
俺へと視線を下げた維新に、確認の目線をやる。
「だよな?」
「たぶん。ていうか、なんでこんなところに。たしかさっき……」
「よお、お二人さん」
今度は後ろから弾んだ声が飛んできて、俺も維新も、肩を竦めて振り返った。
暗くて、だれが来たのかわからなかったけど、維新と俺のあいだに飛び込むようにして、きれいな顔が現れた。
ミツさんだ。
それにいち早く気づいた維新が言う。
「お疲れさまです。……見回りですか?」
「おう。てか、なになに。これは」
と、ミツさんが維新の腕を掴み上げた。それに釣られて俺の手も上がる。
慌てて手を離したけどもすでに遅く、ビミョーな空気が吹いた。
「つかよ、維新。見回りですかってお前、ずいぶん余裕ぶっこいてんな」
ミツさんは懐中電灯を持ちかえると、ポケットからスマホを出して、維新に画面を見せた。
「いや、もういいですよ」
「ふーん」
「なに、どうしたんだよ」
「あ、時間ね。時間」
ミツさんが俺にも見えるようにしてくれた。
そこには、門限の七時が刻まれてあった。
あっと、俺の口が開く。
「よくねえわ、維新」
「いいって。お前とのこと中途半端にして帰りたくなかったから」
「バカ」
ミツさんへちらっと視線をやってから、俺は維新の二の腕を小突いた。
「まあ、きょうは見なかったことにしてやっから。俺もゴルフ部の部長……って、だれだったっけ。そいつに言っとくし。お前も俺に呼ばれたとか言っとけば、見逃してくれんだろ」
「ですが……」
「おーなに、真面目かよ。つーかさ、俺、卓に借りがあるんだわ。お前も知ってんだろ。悪ぃけど、これでチャラにさせてくんね?」
維新の肩を叩いてミツさんは言う。
維新は俺にも目をくれたあと、「ありがとうございます」とミツさんへ頷いた。
「ミツさん。俺からもサンキュ」
「たっくん!」
そこへ、藍おばさんの声がものすごい勢いで飛んできた。
「ご飯よー」と続く。
「ごめん。行かなきゃ」
維新とミツさんに手を合わせ、俺は玄関へと急ぐ。
途中で振り返ったとき、てっきり二人は歩き出しているだろうと思ったけど、あの場に留まってまだ話をしていた。
ミツさんがまたスマホの画面を維新に見せている。その光で照らされた二人の表情はとても険しいものだった。
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