「なにも飾らないって、ほんとは素敵なことだって、維新は教えてくれた。ずっと一緒にいられたら、俺もそういうふうになれるかな、なりたいなって思って、維新のことずっと見てた。あれから、ずっとずっと大好きでいる」


 俺の頭を撫でて、維新は笑った。闇をも巻き込んで破顔している。


「卓だって、あのとき俺に教えてくれたよ」

「……え?」

「お前が泣きながら教室を出ていって、そこで改めて、ストレートに言えばいいってもんじゃないのを思い知った。大切にしたいものほど、言葉や気持ちは寝かせるべきなんだって」


 その寝かせ処か、維新は自分の胸に俺を引き寄せた。


「つかさ、寝かせすぎて腐ったりして」

「腐るって……卓。そこは熟成と言ってくれよ」


 笑い合い、もう一度つないだ手を強く握り合う。

 どちらからともなく空を仰ぎ見た。

 星のまたたきがはっきりしてくる季節だ。秋は、夜空も高い。

 維新がふと苦笑混じりに言う。


「なんか変だったな。俺」


 昼間のことでも反省しているのか、首根っこを掻いた。


「急に変なスイッチ入っちゃうしね」

「……スイッチ? なんの」


 極めて真面目な顔で維新は訊いてくる。


「なんのって」

「ああ、図書館のか」

「わかってんじゃねえかよ」

「いや、あれは変と思ってない。当たり前の状況だと思っている」


 俺が唖然と口を開け放ったそのときだった。植え込みの向こうの道路を、だれかが走っていく音がした。

 わずかな砂を巻き込んでアスファルトを蹴る音──。

 維新がまず、橋に通ずる植え込みの切れ目から、道路のほうへ目をやった。その二の腕越しに俺も覗いた。

 辺りがすっかり暗くなっても、あのオレンジは目立っていた。外灯に照らされ、「もしかしたら」は確信に変わる。


「津田さん──」


 俺へと視線を下げた維新に、確認の目線をやる。


「だよな?」

「たぶん。ていうか、なんでこんなところに。たしかさっき……」

「よお、お二人さん」


 今度は後ろから弾んだ声が飛んできて、俺も維新も、肩を竦めて振り返った。

 暗くて、だれが来たのかわからなかったけど、維新と俺のあいだに飛び込むようにして、きれいな顔が現れた。

 ミツさんだ。

 それにいち早く気づいた維新が言う。


「お疲れさまです。……見回りですか?」

「おう。てか、なになに。これは」


 と、ミツさんが維新の腕を掴み上げた。それに釣られて俺の手も上がる。

 慌てて手を離したけどもすでに遅く、ビミョーな空気が吹いた。


「つかよ、維新。見回りですかってお前、ずいぶん余裕ぶっこいてんな」


 ミツさんは懐中電灯を持ちかえると、ポケットからスマホを出して、維新に画面を見せた。


「いや、もういいですよ」

「ふーん」

「なに、どうしたんだよ」

「あ、時間ね。時間」


 ミツさんが俺にも見えるようにしてくれた。

 そこには、門限の七時が刻まれてあった。

 あっと、俺の口が開く。


「よくねえわ、維新」

「いいって。お前とのこと中途半端にして帰りたくなかったから」

「バカ」


 ミツさんへちらっと視線をやってから、俺は維新の二の腕を小突いた。


「まあ、きょうは見なかったことにしてやっから。俺もゴルフ部の部長……って、だれだったっけ。そいつに言っとくし。お前も俺に呼ばれたとか言っとけば、見逃してくれんだろ」

「ですが……」

「おーなに、真面目かよ。つーかさ、俺、卓に借りがあるんだわ。お前も知ってんだろ。悪ぃけど、これでチャラにさせてくんね?」


 維新の肩を叩いてミツさんは言う。

 維新は俺にも目をくれたあと、「ありがとうございます」とミツさんへ頷いた。


「ミツさん。俺からもサンキュ」

「たっくん!」


 そこへ、藍おばさんの声がものすごい勢いで飛んできた。

「ご飯よー」と続く。


「ごめん。行かなきゃ」


 維新とミツさんに手を合わせ、俺は玄関へと急ぐ。

 途中で振り返ったとき、てっきり二人は歩き出しているだろうと思ったけど、あの場に留まってまだ話をしていた。

 ミツさんがまたスマホの画面を維新に見せている。その光で照らされた二人の表情はとても険しいものだった。




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