大食堂のとなりには、青々と芝生が敷き詰められた広場がある。体育館はゆうに入る大きさだ。

 この広場を囲うように桜の木が植えてあって、その一本のそばに、俺たちは腰を下ろした。ビニール袋からパンと飲みものを出す。

 俺は、BLTサンドに烏龍茶。メイジと維新は、焼きそばパンやらコロッケパンやらカツサンドにコーヒーだ。


「バレー部とバスケ部ってそんなに仲悪いの?」


 俺が訊くと、焼きそばパンをかじったメイジが頷いた。呑み込んでから口を開く。


「らしいな。詳しいことは、俺もわかんねえんだけど」

「あそこの体育館を合同で使ってるんだろ? でも、二面あるんだから、ケンカになる要素なんてなさそうなのに」


 バレー部とバスケ部は室内球技部として、サッカー部と野球部みたいに合同の部寮で生活をしている。

 メイジが、「だよな」と苦笑した。


「前にもさ、ひでーケンカになって、バレーボールとバスケットボールでドッジ状態になったらしいぜ。しかも、その場にミツさんが居合わせてさ」

「ひえー、まじ?」

「そ、まじ。ミツさん、ものっそいキレて、その場で全員、二時間正座させたらしいんだ。んで、その間ミツさんは体育館につきっきりだったから、黒澤さんが心配してさ。またどやされてんの」

「ぷっ、弱り目に祟り目」


 俺はくすくす笑った。

 それでも懲りないなんて筋金入りだ。

 そう思いながら、烏龍茶のパックにストローを挿した。


「もーなんならさ、オリとかにしたらいんじゃね。あそこの体育館」

「猛獣注意の張り紙とかして?」

「いや、珍獣。サイとワシの」

「サイ?」

「関西サンのサイと、鷲尾さんのワシ」

「鷲尾さんはわかったけどな。藤堂さんは関西サンか。それでサイな。つか、卓。傑作すぎんだろ」


 メイジが高らかに笑う。

 おーウケたウケた。それも嬉しくて、俺は大口を開けたまま、となりの維新に目をやった。

 なのに維新は、そっぽを向いて黙々とコロッケパンを食べている。ときおりコーヒーを飲む。

 俺はメイジと目を合わせた。


「あー、なんか維新、きょう機嫌が悪いんですけどお」


 ふざけ混じりで、からかう感じに言ってみた。

 維新がようやくこっちを見る。しかし、表情はぜんぜん変わらない。

 メイジはため息をついて、顔を厳しめにした。


「つーか、卓。ほんとは俺もちょっと腹立ってんだぞ」

「え?」

「な、維新」


 すると、維新は体ごと俺のほうへ向き直り、パンとコーヒーを置いた。


「お前が許すと言うなら、あえて口にしないでおこうと思った」

「……うん」

「俺もメイジも、あの藤堂さんには頭にきている。わかるだろ? あの人は、お前を病院送りにした張本人だ。それなのにお前は、庇うように生徒会に口添えまでした」


 俺はメイジにも目をやった。

 二人は、厳しくても優しさを窺わせるまなざしで、俺を見ている。

 ……本当の本当に、心配させてしまっていたんだ。

 維新のワイシャツを掴み、俺は俯いた。


「ごめん。……でも俺、マキさんに処分の話をしたとき、あの人が投げたボールだって知らなかったんだ。関西サン、俺が倒れたとき、真っ先に来てくれてよくしてくれたから。……それに、ちょっと怖かったってのもあるし」

「怖い?」


 維新とメイジは同時に口にした。

 ワイシャツを離し、俺は顔を上げて、二人を交互に見る。


「関西サンだけの問題じゃなく、なんていうか、逆恨み? ほら、前みたく、生徒会から厳しい処分とかになって、報復みたいなのされたら……って」

「卓。お前まだ──」

「もうあんなの見るのやなんだ。俺のせいでだれかが傷つくの。けど俺、弱っちいからどうしようもない。自分で言ってて情けないんだけど……。だから、そうなる前に……って」


 角たちに殴られて口から血を出した維新。苦しそうに空えずきをしていた。

 その光景は、いまだ癒えない心の傷でもある。

 維新が、大丈夫だというように俺の後頭部を撫でた。

 メイジは肩をポンポン叩いてくれる。


「俺たちを見くびってもらっちゃ困るぜ、卓」

「ああ。ゴルフ部だって負けてないんだ。お前が大変なときはいつだって駆けつける」


 維新の背中とメイジの脇へ手を回し、俺はありがとうと力を入れた。

 それから首を横に振る。

 ……あんな場面はもう二度と見たくない。

 絶対に見たくないんだ。



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