彼女をポニテにしたい!

棗御月

彼女をポニテにしたい!



 夏休みの昼下がり、二人っきりの教室。


「ポニテにしてみて欲しい」

「え、やだ」


 かねてより彼女にしたかったお願いは、一瞬で却下された。


 いやいやいや、もう少し考えても良いと思うんだ。かれこれ付き合いだして二年、特別燃え上がったりはしてないけど程よく温かいまま来れてるはず。お互いの部活の合間にこうして会ってはお手製の弁当に舌鼓がうてるのは仲良しの証左なのではなかろうか。

 椎名しいな結華ゆか

 俺の彼女で、バレー部のレシーバーをしている。男子三人で隣の二クラスを入れた中で誰が可愛いと思う? って話をしていたら、たぶん一人が名前を出して他二人が「わかる」「可愛いよなー」っていう感じの子。


 俺主観だと? めっちゃ可愛いよ。だからポニテして欲しかったんだもん。


「……理由を聞いてもいいでしょうかっ!」

「敬語止めて。んー、理由かぁ……しばらく前から狙ってたから、かな?」

「バレてる!?」


 結華の髪形は、少し長めのショートからセミロング手前までを行ったり来たりする。そのままストレートにしていてもいいし、軽くまとめるのもありって感じの長さ。

 でも俺はポニテが好きなんだよ。いつからかは知らないけど、気が付いた時には好きだった。結華に出会う前までは、綺麗な髪でポニテの人は何となく目で追っていたくらいな感じ。街中で見かけたら、おっいいな、って思う程度。

 だからさ、結華にもポニテにして欲しかったんだよ。虎視眈々と程よい長さになるのを待ってたんだ。で、最近になってだいぶ伸びてきたからついに頼んでみたんだけど……結果は惨敗だ。くそう。


「卵焼き美味しい?」

「うん、めっちゃうまい。また作って欲し……違う! 違わないけど違う!」


 冷めてもおいしい唐揚げも絶品だけど、今はその話じゃない!


「なんで嫌なん? 伸びてきたしいいかなーって思ったんだけど。結華には似合うと思うよ?」

「伸ばしてるのも気分だからね。何となくロングもいいかなって思っただけだし」

「それを結ぶのはなんでダメなんだ……!」


 手首にあるシュシュは何のためなんだい。俺がシュシュで結んでいるのが好きだとは知らないはずだし、というかそもそも結ばないならなぜ手首に付けているんだい。


 そんな疑問は知らぬと言わんばかりに、結華は水筒でお茶を飲んでいる。でも、熱がこもっている体育館でしているせいか、少々大き目の水筒には既にほとんど中身がないようだ。高くあげられた水筒は、飲み口より底の方が高い位置にある。

 慣れた手つきで渡されたそれを受け取り、保冷鞄から水色の水筒を出して代わりに手渡した。


「ほい。いつもの」

「ありがと。この紅茶の配分が一番好き」

「弁当作ってもらってるし、これくらいはな。でも、なんでサッカー部は保冷バック良くてバレー部はダメなんだろ」

「その愚痴は言い飽きたよ……あー冷たい!」


 基本的にフラットな感じの結華だけど、紅茶を飲むときはわりと素直に感情が出る。その代わり、作り方とかにはかなり厳しいこだわりがあるんだけど。

 合格が出るまでかなり長かったんだよ。涙ぐましい努力があったのです。


「それよりね。なんか、先生の知り合いとかいう男の人が来たんだけど、教えるとかいうくせにめっちゃ下手なんだよね。視線とかなんかいやらしいし、すごく嫌」

「あー、あの先生たしかようやく彼氏できたって浮かれてたからな……見せびらかしたかったんだろ」

「すごく嫌。だから、正吾とお昼食べれてよかった」


 あ、正吾っていうのは俺の事ね。


「それはまあ、嫌だわな。顔くらい見せに行こうか? メンバーの入れ替えとかハーフタイムの時ならいけるけど」

「ん、大丈夫。たぶん今日しか来ないし」

「そっか……了解」


 ばれないようにこっそり行こう。バレたら怒られる気がするけど、バレなかったら大丈夫だと思う。


「今日のサッカー部はどう?」

「めっちゃ熱いよ。他校との練習試合だけど、経験積ませようねって話してるらしくって制限なしで入れ替えされんの。バテたらすぐに入れ替えるから全力で動け、できる限り色々なやつと連携しろって感じでやってる」

「うわ、キツそう。だから顧問の声が体育館まで聞こえてくるのね」

「体育館まで聞こえてんのかよ……」


 顧問の先生によくいるよね、同じことしか言わなくなる人。うちの顧問もそのタイプで、久しぶりの練習試合だからって声張り上げてるんだけど三種類くらいしかレパートリーがない。監督席から離れたところで、生徒同士で何の意味があるんだーって話すところまでが日常。

 たぶん午後もそう変わったことはしないだろう。だからこそ英気を養いに来たのだ。


「という訳で、疲れてるからポニテが見たい。すぐほどいちゃってもいいから、結んでるところから見たい」

「や、だ」

「なんでだよおぉぉぉぉぉぉ……!」


 切り分けたハンバーグを食べて、一口紅茶を飲んで、飲み込んで、ようやく返答を考え始めたらしい。小さく唸っている姿も可愛いけど、だからといって今だけは引けないのだ。

 しぶしぶ、といった感じで結華が口を開く。


「……あのさ、そっちの現文の先生誰?」

「吉高だけど」

「あ、一緒。あいつの授業でさ、なんで高校生でやるのか全然分かんないけど、匿名でクラスメイトのいいところを書きましょう的なやつあったでしょ?」

「あー、あったあった。みんな不満たらたらだったわ」

「それ」


 お互い一口食べて、一息。ミニ春巻きうまい。


「その授業の時に教室で一瞬だけポニテにしたの。気まぐれで」

「なにっ!?」

「黙って聞く。……で、その時に何を思ったのかそのポニテを褒めてきた男子がいてさ。その時に何となくやだなーって思ったから、やりたくない」

「そいつぶっ殺すわ」

「だから匿名なんだってば」


 こうなるの分かってたから言いたくなかった、とでも言いたげにため息を吐かれてしまった。というか、匿名じゃなかったら良いんだろうか。

 でも、結華が嫌なことをさせてもなぁ……ということで、俺の口からも深い深いため息が出た。


「気持ちも少しは分かるけど、ごめん」

「いいよ。しゃーないもん」

「んー……はい、あーん」

「あーん。……うま。でも弁当じゃやっぱ足りないなー。また出来立てが食べたい」

「はいはい。また今度作りに行ってあげる」


 肉巻きの美味しさに免じて許してやろう、誰とも知らない男子よ。お前は不本意ながら救われた。まことに不本意ながら!


 結華のポニテ、見たかった……。



◇ ◇ ◇



 午後の練習試合は、ポニテを見れなかった鬱憤を晴らすが如く暴れまわった。保冷バックに詰め込んでいる飲み物を次々に流し込みながら、限界まで走り回ったのだ。

 でもやっぱりこの練習、あんまり意味ないと思う。実際の試合でこんなに走らないし、メンバー交代だって制限があるし。それでもなんだかノリノリになって、走り回る仲間と叫ぶ顧問が楽しくてやりすぎてしまった。

 そのせいでハーフタイムでは動けず、ついさっきまでやっていたゲームを終えた今がようやく休める時間だ。仲間たちと一緒に水道で水を浴びたり飲んだりしている。


「くっそ疲れた……!」

「なんでお前あんな元気なんだよ……流れでやる気だしたけどさぁ……!」

「彼女のポニテ見れんかった、そして弁当旨かった!」

「惚気かよ死ね!」

「リア充死ね!」

「あっぶね!」


 横から飛ばされる水と蹴りを必死に避けた。遊びではあるけど、いくらかの本気が見えて危ない。スパイクはとってるとはいえ、蹴るのはいけないって習わなかったのか。だから彼女ができな……あぶね!


「表情むかつく! もっと水かけてやれ!」

「びしょびしょで彼女の所行け!」

「どうせ終わりにシャワー浴びるんだからお前らもびしょびしょになるだろうが!」


 叫んでも意味があるわけがない。容赦なくびしゃびしゃにされた。水場の近くは俺達が騒いだせいで撒き散った水と、それが蒸発したせいで揺れる陽炎ばかり。なぜクールダウンしに来てるのに余計暑くなっているんだ。

 遅れてやってきた他校の人に場所を譲り、ベンチに座り込む。そうしていると、顧問が声をかけてきた。


「おう、さっきはいい働きだったな。やる気じゃねぇか」

「あざまっす!」

「次は休んでていいぞ。でも声は出せるな?」

「うっす!」


 あー、あっつい。さっき水を浴びたばっかりなのにもう乾き始めてる。てかほぼ乾いてる。暑すぎだろ。

 ……ポニテ、見たかったな。


「……すいません、トイレ行ってきていいですか?」

「ん? おう、行ってこい」


 お、意外とあっさり抜けれた。一礼だけして、叫び声の飛び交うグラウンドを背に軽く走る。

 当然トイレはとってつけただけだ。何となく結華が気になったから見に行くだけ。グラウンドから最寄りのトイレも体育館のだし、不審には思われないだろう。結華には来るなと言われたけど、体育館が最寄だから寄るだけなのだ。

 そう、トイレのついでにバレー部が頑張っているところが見えても、偶然。


「そーっと……」


 手早く用を足して、手を洗ってから体育館へ。息を潜めて、開放されている扉から中を覗き込む。

 中は中央の間仕切りネットで仕切られていて、奥の舞台側を男子バレー部が、手前を女子バレー部が使っている。

 サッカー部ほどドデカくはないけど、ここでも声援や掛け声が常に響いていた。男子の方からは弾けるようなボールの音も響いている。

 さてさて、結華はどこかなっと。


「あれ、結華の彼氏クン? どったの?」

「おわっ! ああ、風音か。こっそり結華見に来た」

「堂々と来ておいてこっそりとか、おもしろ~」


 一通りクスクス笑ってから、風音も俺が身を隠している扉裏に身を隠した。

 ちなみに風音は結華の部活友達。高校生でできる限界ギリギリのギャルを楽しんでいる感じの子だ。染めてるのか地毛かギリギリの茶髪、自然で健康的に程よく焼けた肌がそれっぽさを出している。

 どうやら、風音も俺と同じように一時休憩中らしい。


「結華は?」

「あそこ。ナイスタイミングできたねー。感心したよ」

「へ?」


 風音が指で指し示した先には、彼女たちと同じようにコートから少し離れた壁際で休む結華……と、若い男。

 何だアイツ。結華の肩に馴れ馴れしく手を置いて話しかけてるんだけど、めっちゃ嫌な顔されてるじゃん。

 部員の掛け声の合間から、その男の声が聞こえてくる。


「ねぇねぇ、いいじゃん。それで結んでみてよ」

「ごめんなさい、あんまり好きじゃないので」

「なんでさ~? 絶対可愛いよ~?」


 典型的なチャラ男じゃねえか。しかもアイツ、バレー部の顧問とできてるんじゃなかったのかよ。

 ってかそうだよ、顧問注意しろよ。チラチラ見るだけじゃなくて……ああ使えねぇ!


「で、どうするの?」

「ここで俺がズカズカ入っていってもなぁ。結華に心労かけたくないし、問題になる方が気にすると思う」


 休み時間ってことでスパイク抜いといてよかった。ただの靴の今なら大丈夫だと思う。暑いしポニテ見れないし彼女に変な男が絡んでいるしで、流石にイラっと来た。

 暑い中訓練して疲れている今、トイレに寄ったサッカー部員がよろけて壁に足が当たってしまう事くらいは普通なのである。きっと。


「後始末ヨロ」

「はいはーい。今度ジュース奢ってね」

「あいよ。んじゃ遠慮なく」


 何をするのか察した風音が耳を指でふさいだ。そして、俺が振り上げた足裏が一瞬のうちに鉄製の扉に吸い込まれていく。


 ダァン!


「あっすいませーん。よろけて足が当たっちゃいましたー。気にしないでくださーい!」


 一斉にこっちを向いた人たちに、わざとらしく言い訳をする。まったく俺のことを知らないだろう人たちはただただ驚いているし、知っているらしい女子バレー部員は、納得できるような呆れたようなというなんとも言い難い視線を向けてきていた。

 風音は息を潜めつつめっちゃ笑ってる。あと、こっちを向いた結華はめっちゃ深いため息を吐いていた。

 ようやく後始末の事を思い出したらしい風音が、目元の雫を拭いながら声をかけてくる。


「うわー足大丈夫!?」

「めっちゃいてー! 冷やさないとやばいかも!」

「私ひとりじゃ男子の付き添いできなーい! 誰かあと一人来て―!」


 大根芝居なのは許してくれ。こちとらただの男子高校生とただのギャルだ。

 でも、その演技の意図はわかったのだろう。クスクス笑いだしたじょバレ部員はわざとらしく誰も名乗り出ない。先生たちと男バレ部員はまだアホな面をしている。

 もう一度、深く深くため息をついた結華が男の所から抜け出してこっちに来た。


「……私が一緒に行ってきます。休憩中だからいいですよね?」

「あ、はい……」


 顧問の女性に有無を言わせずそう言うと、俺の隣に並んで外に向かって歩く。

 当然のような顔で風音もついて来て……いなかった。扉の近くで笑って見送っていやがる。


「彼氏クン、足は?」

「痛くないよ。サッカー部なんだからそこらへんは上手くやるってば」

「んじゃ私ついていく意味ないでしょ? ほら、二人で行ってきなよ。私は少しサボれてラッキーだからwin-winじゃん?」


 気遣いにサンキュー、とだけ返して外に出る。一応水場に向かって歩いていると、結華が口を開いた。


「……ありがと」

「はいよ。あー、あっつー! 飲み物まだあるか?」

「ん。大丈夫」


 人がいなくなった水場を二人で使う。腕を濡らして、靴下が濡れない程度に足も濡らして、水を飲む。俺はさっき飲んだばっかりだから飲まなかったけど。

 つい数分前にサッカー部が使ったばかりのはずなのに、地面はもう干上がっている。


「乾くのはっや。洗濯物とかよく乾きそう」

「だね。……あのさ、正吾」

「んー?」


 悩んだ末の決断をしたような、少し硬い表情。


「部活終わったら、女バレの部室の前で待っててくれない?」

「女バレの前……外聞悪くない?」

「変な噂が出ても女バレ部員でどうにでもできるから大丈夫。いい?」

「はいよ」


 あの男の前でしていた、嫌そうな表情は消えた。どうやら気分は持ち直せたらしい。

 もっと話していたいけど、そろそろこっちの監督が変に思いそうだ。


「んじゃ、行くわ。終わったら女バレの部室前ね」

「うん。残りも頑張って」


 手を振って別れる。

 案の定監督には遠回しに遅いと言われたけど、男らしく「大の方でした!」と答えて声援に戻った。しっかりやってたら文句を言わないのが顧問と監督のいいところだ。


 汗だくになるまで叫ぶのは、疲れるけど楽しかった。



◇ ◇ ◇



 日がかなり傾いて夕日になりかけたころ。ようやく午前から続いていた部活が終わった。

 部室に戻ってからは即行で汗濡れのユニフォームを脱いでシャワーを浴びる。個室で熱いお湯を浴びながら今日の試合を振り返って、制服に着替えて部室から出た。

 忘れ物無し。女バレの部室に行きますか。確か、向こうも同じ時間に終わってるはず。


「あっちー……」


 この時間でも暑さは衰えていない。肌の上を転がり落ちていく汗を感じながら、部室棟まで歩く。

 ようやくの思いでたどり着くと、部室の前には制服の風音がいた。


「お、彼氏クンだ。結華はまだ中だよ」

「サンキュー。……何してんの?」

「セルフ日サロ」


 ニカッ、と笑って答える姿からはギャル魂がにじみ出ていた。絶対暑いだろうけど、お洒落は我慢ってことね。


「たぶん結華は一番最後に出てくるよ」


 その言葉通り、結華はなかなか出てこなかった。次々出てくる女バレ部員の大多数にクスクス笑われ、一部には笑いながら「足大丈夫ー?」と声をかけられる。それに対応している間も、ずっと結華は出てこなかった。

 人の波が無くなって、風音も出てきた友達と帰っていってから少し経ったころ。カラカラ、と控えめな音と共に部室の扉が開く音がした。


「お待たせ」

「おう、おつか……れ……!?」

「なに」


 結華は、嫌がっていたはずのポニーテールをしていた。綺麗にシュシュで結い上げられていて、可愛らしい黒の尻尾がうなじのあたりでふわふわと揺れている。

 正直言って、めっちゃ可愛かった。想像とかあっさり超えてた。微妙に照れ顔でそっぽを向いているのも素晴らしい。


「え、なんで?」

「嫌ならやめるけど?」

「やめないでやめないで! めっちゃ可愛い! 最高!」

「ありがと。でも叫ばないで」


 ほら行くよ、とでも言いたげにさっさと歩きだしてしまったその背中を追う。

 隣に並んで荷物を一つ受け持ち、手を繋いだ。


「嫌じゃなかった? 大丈夫?」

「あんまり。でも、好きなんでしょ?」

「すっごい好き」

「知ってる。だから、髪が乾くまではこれでいる。……あと、二人きりでたまになら、またしてあげる」


 おっしゃー! と、繋いでいない方の手を天に掲げた。

 その姿をみて可笑しくなったのか、結華がクスリと笑う。


「また今度、お昼作りに行くから。お母さんに言っといて」


 こうやって手を繋ぐのも、ポニテも二人っきりの時間でしかできないこと。それを楽しみながら、ゆっくり校門を通り抜ける。


「何が食べたい?」

「そうだなあー……」



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彼女をポニテにしたい! 棗御月 @kogure_mituki

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