Lost Spirits/Sweet Temptation

 注文した酒は、すぐに出された。


「こちら、シンフォニーです。」


 そう告げて、優雅な仕草でもってこちらへグラスを差し出してくる。リンダ、そして俺の順だ。

 俺はリンダに習って、グラスに口をつけた。

 瞬間、少し辛口な、しかしフルーティーな味が、舌を刺激する。俺の好みの味だ。


「……うまいな。」

「ふふ、そうでしょう? 私、白ワインはそこまで得意でないのですけど、こうやって飲むと美味しく飲めるんですよ。」


 そう言ってほほ笑むリンダは、以前ちらっと見たことがある、ティファニーの宝石の様に輝いていた。

 思わず、彼女の美貌に見とれてしまう。リンダは、俺の視線を受けて恥ずかしそうに頬を染めながら、それを誤魔化す様にシンフォニーを一気に飲んだ。


「ふふ、そんなに見つめないで下さいよ。少し、恥ずかしいです。」

「……あ、いや……すまない。」


 どことなく、気まずい雰囲気になる。俺も、この微妙な気持ちを誤魔化す様に、グラスの中の半透明な液体を、喉に流し込んだ。

 そうして、お代わりを注文し、カウンターでぼうっとしていると、丁度レコードから針が上がった。プズッ、というノイズの後、店内が静寂に包まれる。響くのは、バーテンダーが立てる、小さな音と、俺とリンダの息遣いの音だけとなった。

 やがてバーテンダーがグラスを差し出し、レコードを取り換える。次のアルバムはイーグルスEaglesの『ホテルHotelカリフォルニアCalifornia』だった。

 針がレコードの上に乗る。ズッ、とノイズが走り、その数秒後、哀愁を漂わせる秀逸なギターイントロが、店内に染みわたる。


「……やはり、いい曲だな。」

「そうですね……私も、彼らの作品は皆好きですけど、やっぱりこれが一番……。」


 思わず呟けば、リンダがそれに相槌を打つ。

 普段から何度も聞いているので、もう聞きなれたものだと思っていたのだが、こういった場で聞くとより一層雰囲気が増して、いつも以上に感動してしまうものだ、と思った。

 楽曲の雰囲気に浸りながら、ゆっくりとグラスに口を付けていると、ふと、リンダが呟いた。


「……魂って、なんなんだと思いますか?」

「……いきなり、何を言い出すんだ。」


 横を見れば、先程の楽しそうな笑顔は姿を隠し、どこか沈鬱とした表情を浮かべていた。

 リンダは暫く自分の手元を眺めていたが、俺の視線に気付くと咄嗟に表情を繕い、首を振った。


「いえ、なんでもありません。ごめんなさい、いきなり変なことを言ってしまって……。」

「……いや、別に構わないさ。」


 そうは言ったが、この微妙な空気はどうにも耐え難かった。

 結局、俺たち二人は、レコードのA面を半分も聞かないうちに、バーを後にした。


     *


 俺は、少しぼんやりする頭で先程の事を考えながら、自室へと向かっていた。

 そして、その途中で、またあの声を聞いた。


 ――ウフフフ……


 ――アハハ……


 妙齢の女性が誘ってきているかのような、そんな甘い声。それは、つい数時間前と同様に、俺に甘い言葉をささやき続ける。


 ――とても素敵な所でしょう? ……


 ――とても素敵な人達でしょう? ……


 ――皆、目いっぱい楽しんでるんだ……


 ――仕事に疲れた君に、サプラーイズ! なんてね……



 ただ、一つ違ったことと言えば。



 ――ねえ、仕事なんか休んで、ここで遊ぼうよ……


 ――口実なら作っておくからさ……



 その声を聞いて、湧き上がってきた感情が。



「……はは、それもいいかもな。」


 ――でしょう、でしょう! ……


 ――やったあ、お友達が増えたよ! ……



 不安ではなく、愉悦であったことだ。

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