Dance to……

 俺はすぐにスーツに着替えて、リンダのあとをついて行った。行先はホテル一階の最奥らしい。彼女の後を付いて、長い階段を下りていく。そうして先程通った通路を抜けて一階のロビーまで戻ってきた。


「……あれ? 一階の最奥だとさっき言っていたよな?」


 思わずリンダに問いかける。そう、実は先程部屋を出た際に場所を聞いた所、一階の最奥にあると言っていたのだ。それなのに、やってきたのはロビー。当然の疑問だった。

 それに対して彼女は軽く笑みを浮かべて、ロビーの隅の方を指さした。


「あそこに、バーに通じる入口があるんですよ。実は、先程通ってきた通路の先からは行けないようになっていまして……。」


 そんな事を言う。わざわざそこに入口を設けた意味がよく分からないが、そうなっているのであれば文句を言っても仕方ない。俺は小言を言おうとした口を噤んだ。

 ……ふと、ロビー中央の彫刻に目が移った。自分が見張られているかの様な、奇妙な感覚をそちらから感じたからだ。彫刻は依然として、躍動感を備えたまま鎮座している。

 しかしそこから感じるのは、美しいものを見た感動ではなく、見てはいけないものを見てしまったかの様な恐ろしさと、そして早くここから逃げなければという意味の分からない焦燥感だった。

 周囲の壁に飾られた絵画も、皆色を失っているかのように感じる。一体この感覚は何なのだろうか……。


「大丈夫ですか? どうかしました?」


 リンダに声を掛けられて、俺は我に返って其方へ向き直った。今はバーに移動するのが先だ。それに、今の感覚はきっと勘違いだろう。俺はそう結論付けて、彼女の後を追っていった。


     *


 リンダが示した扉を潜って暫く歩いていると、それまでランプの明かりだけであった廊下に月の光が差し込んできた。其方を見ると、壁一面がガラス張りになっていて、その先に中庭が広がっている。そこそこの大きさがあって、噴水や花壇などで美しく彩られている。

 その中央付近の石畳で、何組かのペアがダンスを踊っていた。皆煌びやかな衣装を身に纏い、月の光を浴びて妖艶な雰囲気を醸し出している。


「……ふふ、彼らもいつも通りですね。」

「あの人たちは、いつもここで踊っているのか?」

「ええ。なんでも嫌な事を忘れられるとか……、あ、あと昔を思い出す為、という方もいらっしゃいましたね。」


 リンダの呟きに聞き返すと、そんな答えが返ってきた。それで、もう一度彼らの方に視線を向ける。

 ……と、そこで違和感に気が付いた。先程は雰囲気に流されて『妖艶だ』等と考えたが、よく見れば彼らは多量の汗をかいて、表情もどこか苦しげだ。何か重苦しいものに憑りつかれており、それから逃げようとしているかの様な……


「私ね、あの中の男の人達と付き合ったりもしているんですよ。……付き合っているふりをしている、の方がいいのかな。」


 ふと、リンダがとんでもない事を口にした。今中庭で踊っている複数の男性と交際経験があると。しかも、それが演技であるかのような事を。

 そして、当然ではあるが彼らは他の女性と踊っている。もしリンダとそういう関係にあるのであれば、そういうことは普通しないし、していたとしても知られないようにするだろう。

 驚いた俺は、思わず突っ込んでしまった。


「いや、“ふり”とはどういうことだ!? それに――」

「ええ、言いたいことは分かりますよ。でも、私には彼らが『友達』以上の存在には感じられないんです。向こうはこちらを『恋人』として捉えているみたいですけど……。」

「で、では彼らは何故……?」

「さあ? 私にも分かりません。私が相手をしてあげられないから、他の女性と踊って誤魔化しているんでしょうか? 彼女たちも結構私に近い外見ですし……。」


 俺には理解できない感覚だった。少し恐ろしささえ感じる。一体彼らは何を思っているのだろうか……。

 俺が呆然と中庭を見ていると、リンダに呼びかけられた。俺はすぐに前を向き直り、リンダの後を追っていった。

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