The Beginning
俺の名はグレイ・ウォッシュ。今年で27歳となった、ごく普通の社会人だ。今日は、仕事の都合で遠方へと出張していたのだが、会議が長引いたせいで近くの宿は全部埋まってしまった。おかげで、暗闇の中車を走らせて、宿を探す羽目になってしまったのだ。
「全く……どうしてああもお偉いさん方は頭が固いんだか……。」
俺は大手レコード会社のマネージャーだ。今回は、新たにクラブハウスで人気が出てきた『
すぐにでも契約することになると思っていた。だが、後は書類にサインをするだけ、というところで上司が渋りだしたのだ。何でも、『歌詞は魅力的だがサウンドのインパクトが足りない』のだそうだ。随分と頭の固い考えである。
イギリスでは荒々しい演奏に政府批判の歌詞を載せたバンドが売れ始めているというのに。そう言ってみたものの、結局首を縦に振ることはなかった。
「……はぁ。どうにかならないもんかねぇ……。」
ハンドルを握りながら、誰に問うでもなく呟く。ここのところ、似たようなことが多かった。
先月の『
早い話、上司の我儘に振り回されているのだ。『早く新しいアーティストを見つけてこい』などと言うが、紹介すればいつも首を横に振る。そんな調子なので、俺は少し疲れがたまっていた。
本当は今日も、すぐにホテルにチェックインしてゆっくり休むつもりだったのだ。それが、奴がだんまりを決め込んだせいでこんなことになっている。少し上司の事が腹立たしかった。
俺は今、砂漠の真ん中を走っている。正確には、砂漠を横断するように敷かれた高速道路の上、ということになる。昼間の暑さはすっかり鳴りを潜め、先を見つめる俺の顔を、乾いた冷たい風が優しくなでる。
俺は以前友人に貰った《玩具》の事を思い出し、片手をバッグの中に伸ばした。軽くまさぐると、ガサリ、とビニール袋の感触が手に伝わる。それを掴んで引っ張り出した。
コリタスだ。俺は筒状にした紙にそれを詰め、先の方に火を付ける。そして、一思いに煙を吸い込んだ。心地の良い空気が肺を満たす。
一度口元から離し、ふと横を見ると、近くに花の群生地帯があった。どうやら近くに水辺があるらしい。荒涼とした砂漠の中に佇む花の群れを見て、少し心が癒された。車内にも、花の匂いが僅かにだが漂ってきた。
「ふぅ……やっぱりこれだよなぁ……。これなしじゃ生きられないぞ俺……。」
再びコリタスを吸う。これは、別名『砂漠に咲く花』だ。この風景にはよく似合っている。以前友人に『コリタスはマリファナだ。そんな危険なもの吸うんじゃない。』と言われたこともあるが、肺が弱くて吸えない自分に苛立っているだけだろう。気にすることはない。
……ふと、前方に光が見えた。見間違いかと思い、数度瞬きをする。しかし、その光が消えることはなかった。
「――っと、危ない危ない。事故を起こしたらたまらんぞ……。」
溜まった疲れによる眠気にコリタスの効用も重なって、もう限界が近い。頭は重いし、目もぼやけて瞼が落ちかけている。一刻も早く宿を探す必要があった。俺は、あの光のあるところに行けば見つかるだろうと思い、そちらに向けて車を走らせて言った。
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