第15話 RIBERION
「そういえば、タツトラ君の家ってあるの?」
コンビニから歩いて十五分。この辺りじゃ一番規模の大きなスーパーに辿り着いたところで、みづきは買い物かごを手に取りながらそんな質問を飛ばしてきた。
当然、俺は眉をしかめる。
「あるに決まってんだろ。ちゃんと働いて、家賃だって払ってる。それともなんだ、俺のことをホームレスかなにかと勘違いしてんのか?」
「え? ああ、ううん全然違うし。住む家があるのか聞いたんじゃなくて、料理道具は持ってるのって話。フライパンとか、鍋とか」
言いながら、みづきがフライパンでも振るう真似をしてみせた。
「料理道具なあ……一応、一式そろってるはずだぞ。鍋もフライパンもまな板も包丁も、さらに言うならガスコンロも」
「え、マジ? すごいじゃん、タツトラ君って自炊とかする生命体だったんだ」
「生命体」
なんだ、その微妙に人間扱いされてない感じのする響きは。
「まあでも期待すんな。料理道具は一式そろってても、調味料含め俺の部屋に食材らしきもんはない」
「……ダメじゃん。え、なんでじゃあ道具だけ揃ってんの?」
「今の部屋で暮らし始めた時、自炊ぐらいできるだろって思って全部揃えたけど一度も使ってないだけだ」
「うっわぁ……」
みづきがゴミカスを見る目を向けてくる。……自覚はあるから、そのブリザードに匹敵する冷たい視線を今すぐやめるんだ。砕け散るぞ、俺の心が。
だがすぐにみづきはため息をつくと、スマホを取り出しながら生鮮食品コーナーへと足を向けた。
「んじゃとりあえず道具はわざわざ買う必要はないわけね。で……なにか食べたいもののリクエストはあったりするの? 遠慮なく言ってみて」
「んじゃ、コロッケとハンバーグとアジフライとロースカツ」
「……じゃあハンバーグね」
「他は?」
「油ものはダメ」
憮然とした表情で俺のリクエストを却下すると、みづきがスマホに指を走らせる。
後ろから画面を覗き込んでみれば、表示されているのは『コックパッド』のホームページだ。レシピ検索欄に、『ハンバーグ 簡単』と検索ワードが入力されている。
「ちょ……み、見ないでよ変態っ」
気づいたみづきが、顔を真っ赤にして罵ってくる。
「いいじゃん。ちょっとぐらい」
「ダメっ」
頑なにみづきが抗議してくるものだから、「はいはい」と両手を上げて俺は元の位置に戻ることにする。
それでもまだ威嚇するような目を向けてくるから少しばかり苦笑が漏れてしまう。
わざわざコックパッドで簡単なレシピを検索するぐらいだ。もしかするとみづきはあまり料理慣れしていないのかもしれない。食材選びも、見てると不慣れなようだしな。
苦手だってのに手料理を振る舞おうとしてくれてるって考えると、なんとも面映ゆい気持ちになる俺がいた。
「おいしいハンバーグを期待してるよ」
「……ばかにしてっ」
してねえよ。ほんとに期待してんだよ。
「あ、そういえば」
一通りの食材をかごに入れたところで、ふと思い出したようにみづきが呟く。
「お? なんだ、どうした」
「料理道具はあるとして、エプロンって……ま、ないよね」
「決めつけはよくねえぞ」
「ふ~ん……あるの?」
「ないけど」
「うっざ」
みづきの髪と同じ色のエプロンが、最後に買い物かごへと追加されるのであった。
* * *
ハンバーグの材料を買った後に向かう先は俺の住んでいるマンションだ。
標準的な2DK。男一人で暮らすには少々広いが、おかげさまで間取りには余裕があって暮らしぶりは快適だ。
レジ袋片手に中に入れば、真ん中にテーブルの鎮座しているダイニングが愛想のない表情で出迎えてくれる。飾り気などは微塵もないが、男の一人暮らしなどこんなもんだ。
「へぇ」
あとから続いて入ってきたみづきが、ダイニングをぐるっと見回してから感心したような吐息を漏らした。
「意外。思ってたより片付いてる」
「今朝来た奏が片付けてってくれたからな」
「……感心して損した」
呆れた様子でみづきが呟く。
「片付けぐらい、自分でやったらいいのに」
「大丈夫だ。どこに何があるのかはちゃんと覚えてる」
「それ、典型的な片付けできない人間の言い訳だと思う」
……なかなか痛いところを突いてくるみづきである。正論ってやつは時に人を傷つけることもあるってことを、思わぬところで痛感させられた。
「ところで、あれは?」
「ん? ああ……」
密かにダメージを俺が負っていると、部屋の一角を指さしながらみづきが問いかけてきた。彼女の示した方へと目を向けてみれば、そこにあるのは一枚の扉だ。
しかし、ただの扉じゃない。その扉は四隅をガムテープで入念に目張りされ、絶対に開かないようにされている、いわば開かずの間であった。
そう。俺は二部屋あるうちの一つの部屋を、絶対に立ち入ることができないようにそうやって封印しているのだった。
「……ああ、ギターとかベースとか置いてあんだよ。あとは録音機材にスピーカーとか、そういうの」
ぱちくりとみづきが目を瞬かせる。
「音楽、やってるの?」
「正確には、やってた、だな」
別に隠すようなことでもない。正直に俺は答えた。
「昔バンドやってたんだ。でも、まあ、色々とあってな。俺だけ続けられなくなって、そんで今はもう触ってない」
「そうなんだ……もう、やらないの?」
――キミは要らないかなあ。
一瞬、フラッシュバックするその言葉。それを頭から追い出すようにして、俺は軽くかぶりを振る。
「さあな。分からん。ギターももう何年も触ってないから、ろくに弾けるかどうかさえ怪しいしな」
「そっか……」
「そういや、みづきは音楽とか聴くのか?」
気を取り直して、そんなことを訊ねてみる。するとみづきは、少し唇を尖らせた。
「分かってないなあ」
と、剥れたような声。
「分かってないって、なにがだよ」
「音楽を聴くのが嫌いな女子高生なんていないってこと」
「そういうもんなのか……」
現役女子高生が言うといやに説得力がある気がするな……。
「そういうもんだよ! まったく、勉強不足なんだから、タツトラ君は。これテストに出るところだよ?」
なんの勉強だ、なんの。というかそんな問題が出るテストとか、絶対ろくでもねえやつだろ。
「で。その現役女子高生さんは、どんな音楽が好きなんだ?」
「最近だったら断然RIBERIONかなあ。さっきも聴いてた」
そういやコンビニの前でイヤホン耳に着けてたな。あれはRIBERION聴いてたのか。
RIBERIONというのは、日本で今最も有名なロックバンドだ。四年前にデビューして以来、音楽チャートで何度も一位に輝いている。
女四人組で構成されるガールズバンド。スタイリッシュな楽曲に、どこか抒情的な趣のある歌詞は、女子高生を中心に広い層に支持されているらしい。
「そういえば、RIBERIONといえばこんな話知ってる?」
「んあ?」
「古参ファンがたまに言ってるけど、デビュー前のRIBERIONにはRYUKOってメンバーがいたんだって。天才的な作曲家だったとか、凄腕のギタリストだったとか、本当は男だったとか言われててさ。アマチュア時代のアルバムとか、今でも高値で取引されてるんだって」
「ふーん……」
「RYUKOのギターがまた聴きたいって言ってる人もたまにいてさ。……本当にいるとしたら、どんな人なんだろうね、RYUKOって」
「……どうせ、腰抜けのろくでなしだろ」
「む」
不満げにみづきが俺を睨んできた。
「タツトラ君にRYUKOのなにが分かるの」
分かるって。
だって俺が
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