第4話 ……ほっといてよ

 少女の万引き(未遂)行為は、やはりというか、それっきりで終わったりしなかった。


 それからも数日置きに朝のコンビニに顔を出しては、そのたびに万引き行為に及ぼうとしていた。周期的には、俺が見ている限りでは二日か三日に一度ぐらい。いつものお嬢様学校の制服姿で、制服の上着ポケットに商品を隠そうとするところまでテンプレートだ。


 そんな彼女の万引き行為は、なぜだかいつも俺の目の前で行われる。


 俺以外の誰かが彼女の万引きを注意しているところは見たことがない。誰も気づいていないのか、あるいは気づいていて関わるまいとしているのか……少女の手口の杜撰さを見る限りでは、後者の可能性の方が高そうであった。


 第一、朝の忙しい時間に面倒ごとに自分から進んで関わり合いになろうとする人間もそうはいない。出勤前のサラリーマンも、家に帰れば家事が待っている主婦も、通学途中で立ち読み中の学生も、誰もが自分の時間を生きているのだ。


 少女の万引き(未遂)行為がそろそろ十回に届こうというタイミングで、俺だってそれを見なかったことにしようとした時がある。いい加減付き合いきれないし、こんなもんあとはもう警察に任せてしまえとも思ったからだ。


 だけど結局、放っておくことはできなかった。見て見ないふりをしようとしている事実に耐え兼ねて、結局彼女の行為を咎めてしまうのだ。


 そんなわけで。


「……またかよ。マジでウザいんだけど、おっさん」


 今日も今日とて、俺は万引き少女に声をかけているのであった。


「いや、それはむしろ俺のセリフだろうがよ」


 始めて少女の万引きを止めてから、およそ一か月半。彼女の万引き未遂の回数も、すでに十回を超えている。


 俺の手は、制服に商品を忍ばせようとしていた彼女の腕を掴んでいる。この一か月半で、何度もこんなことを繰り返していた。


「待ってろ。外で」


「チッ」


 商品を取り上げながら俺が言うと、少女は舌を鳴らしながらコンビニの外に出る。そのまま立ち去ってしまう時もあれば、律儀に喫煙所の辺りで待っていることもあった。


 缶コーヒーの会計を終えてから店を出ると、この日の彼女は待っていた。


 タバコを取り出しながら近づくと、すかさず険を帯びた目を向けてくる。


「キモい」


「あ?」


「ウザい。変態。ロリコンストーカー」


「はいはい」


「死んじゃえ」


「断る」


「肺癌で苦しみながら死ねばいいのに」


 タバコに火を点けようとしていた手を止める。


「タバコ嫌いか?」


「おっさんが嫌い」


「おっさんじゃねーっての」


 彼女の口ぶりから、とりあえず難癖をつけたいだけだということが分かったので今度こそタバコに火を点ける。


 煙が空に吸い込まれるようにして立ち上った。


「いつもいつも飽きねえな、お前は」


「お前ゆーな」


 煙を吐き出したところで口を開くと、少女が不満げな顔で文句を言ってくる。この一か月半で彼女も俺に慣れてきたのか、不満や文句の表明にもかなり遠慮がない。


 朝に顔を合わせれば「ウザい」と挨拶を交わしてくるし、別れ際には「キモい」と温かい言葉もくれる。話しかければ朗らかに「は? 死ねば?」と気の利く相槌も打ってくれる。


 とはいえ、それも好意的に見れば俺と少女の関係が打ち解けたものになってきていると考えることもできる。少なくとも、好きなように文句を言える相手がいるのといないのとでは随分違うんじゃないだろうか。ま、だからって俺に負担がないわけじゃないんだが。


「そろそろ、こんなのはやめにしたらどうなんだ?」


 短くなった吸い殻を灰皿に押し付ける。それから缶コーヒーを取り出して、プルタブを上げた。


 プシュッ。空気の抜ける、そんな音。


「その話は前にも聞いた」


「この話を繰り返す羽目になってる原因は、いったい誰にあるんだろうな」


 そう返すと、少女は不満げに唇を尖らせる。だけど反論はしてこない。その原因が自分にあることは、彼女だって自覚しているのだろう。


「……あたしのことなんて、ほっとけばいいでしょ」


 ほっとけばいい、ねえ……。


 ったくよ。


 そう簡単に「ほっとく」なんて選択ができりゃ、俺だってこんなにテメェのことなんざ構ってねえんだよ、バカ野郎。

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