第2話 単純にウザくて鬱陶しい
「……うわ」
万引き少女と遭遇してから数日がたった日の朝のことである。
同じコンビニで、俺は
この間と同じように、彼女は制服姿であった。改めて確認してみれば、この辺りでは有名なお嬢様学校の制服である。
少女は俺の姿に気づくと、鋭い目で睨みつけてきた。どうやら先日の一件で、俺は彼女によほど悪い印象を与えてしまっているらしい。
(ま、それも当然か)
彼女から嫌われるには、心当たりがありすぎる。見知らぬ大人にバカだとかガキだとか突然言われれば、反感の一つや二つぐらい覚えるのも当然のことだろう。
「…………」
「…………」
コンビニの前で鉢合わせた俺たちはお互いに無言だった。とっさのことに、どちらも言葉が出てこなかったのかもしれない。
こうして眺めてみると、少女は文句なしの美少女だった。ピンクブロンドとでも言うのだろうか、特徴的なピンク髪にすぐにハーフと分かる顔立ちで、可愛いと美人のちょうど中間ぐらいといったところか。
あと少し成長すれば、誰もが認める『美人』にランクアップすることだろう。
しかし一方で、目つきは随分と険しかった。完璧に組み上げられたパーツの中でそこだけあまりに荒んで見えるのは、あるいは――
――どうせ、あたし、要らない子だから。
という、彼女の言葉を俺が覚えているからだろうか。
そんなことを考えていると、少女が「ふんっ」と俺から顔を背ける。
「……きっも」
それからそう吐き捨てると、少女はコンビニの中へと入っていった。
「……ったく」
口の悪いガキだと思ったが、人のことを悪し様に言えるほど俺も行儀のいい口をしていない。
ま、気にしたところで仕方がないか。呆れ半分に肩を竦めた俺は、少女に続いてコンビニに入ると、ドリンク類の並んでいる棚へと向かった。
そこで手に取るのは、毎朝買っている贅沢で微糖なショート缶だ。
それをレジへと持っていく最中――万引き少女がまた菓子類のコーナーでうろうろしているのを見つけた。
そしてそんな俺の目の前で――再び少女は、手に取ったお菓子の箱を制服のポケットにこっそりねじ込もうとしているところであった。
(またかよ! クソッ!)
とっさにそんなことを頭の片隅で考える一方で、体の方は勝手に動いていた。
少女の肩を乱暴に掴み、無理やりこちらを振り向かせる。「きゃっ」と彼女の上げた声の響きは年相応に可愛らしかったが、行いの方は『可愛い』で済ませて許される類のものではなかった。
「おいクソガキ」
口を開いたその直後、「しまった」と俺は思っていた。あえてこんな言い方をする必要はないのに、また乱暴な言葉が真っ先に溢れ出ようとしている。
それをまずいと分かっているのに、止まらない。――止められない。
「十年後のテメェが、今やってること振り返って胸張れんのかよ、ど阿呆が。朝っぱらから見てる方が気分悪くなるようなことすんじゃねえよ。脳みそついてんのか」
仮に俺が言われたら、図星と反発でとっさに殴り返してしまいそうなことを口走ってしまってる。十年後どころか、五秒後の俺が振り返った時に情けなくなるようなことをしてしまっている。
事実、こちらに向けられる少女の瞳にはとっさに憤激の色が浮かんでいた。握った拳で殴りかかってこないのは、女だからか。あるいは店内だからか。
「……っ」
燃えるような瞳は、一瞬俺の視線とかち合ってすぐに逸らされた。気まずげに、というよりは、苛立たしげに。
そして、彼女は苛立ちとか怒りとか不信感とか不満とか――およそ子どもが持ちうる大人に対する濁った感情をごちゃ混ぜにしたような声で、呟いた。
「……大人だからって、偉っそうに」
「あ?」
反射で出た声は、意図せず脅しつけるような低さと迫力を伴っていた。
少女はそれに一瞬怯んだように肩を震わせたが、すぐに気を取り直したのか挑戦的な目を向けてくる。
「それってなに? 面倒見のいい大人ごっこかなにかなの? 付き合わされるこっちは単純にウザくて鬱陶しいだけなんだけど」
「テメッ――」
「心配してるふりとか、気にかけてるふりとか、いい大人のふりとか――それっておっさんがしてて楽しいだけじゃない?」
煽るような彼女の言葉に、俺の感情にも一瞬で火が点く。
だけどここで素直に煽られてやったら、それこそ相手の思う壺だ。抜きかけた言葉の矛を慌てて納め、「チッ」と舌を鳴らして顎をしゃくる。
「あー……ちと、外で待ってろや」
なるべく穏やかな声を作りながら、彼女にそう言って促した。
「あとこいつは没収な」
「……別に、おっさんのでもないくせに、偉そうに」
「そうだよ俺のじゃねえ。そしてお前のもんでもねえ」
不満げな彼女にそう言葉を返しつつ、俺は取り上げた菓子を棚に戻した。
少女は、「お前ゆーな」と吐き捨てながら俺に背を向け出入り口へと向かう。そのまま彼女が外でちゃんと待ってるかどうかは分からない。むしろ、待ってない可能性の方が高い。その程度には、『ウザくて説教臭い大人』をやっているという自覚はあった。
「チッ……だりぃー」
悪態交じりの息を吐きつつ、レジへと向かう。サクッと缶コーヒーの会計を済ませて、俺はコンビニの外に出た。
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