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 カットやカラーリングの最中の女性達がアンティーク調の鏡に映る自分を見つめる。dearlyの店内は椅子と椅子の感覚を広くしてあるため個室のような落ち着きを感じられ、とても居心地がいい。


それぞれの席に異なるドライフラワーのリースやスワッグがあり、愛佳の席には鈴蘭とクラスペディアのスワッグが吊るされていた。

店長の藍川龍平の実家は花屋。店に飾られたドライフラワーも彼の実家から仕入れた生花で作られている。


「愛佳ちゃん、インスタ見たよ。ソットマリーノ行ってたんだね」

「あの店は今アフタヌーンティーフェアやっているんですよ」

「いいなぁ。しばらく行ってないんだ。あそこに行く時はだいたい夜で、紅茶じゃなくてお酒飲んでる」


 愛佳が大学一年の頃からカットやカラーを担当している理世は店で一番人気の美容師。彼女の抜群の色彩センスで産み出されるヘアカラーはdearlyの常連客には理世カラーと呼ばれて親しまれていた。


「理世さんも今度一緒にアフタヌーンティー行きましょうよ。ソットマリーノのアフタヌーンフェアは8月中はずっとやっているので」

「いいの? じゃあ香乃も誘っていい?」

「もちろんですよぉ。このネイル、香乃さんにやってもらったんです」


 愛佳はカットクロスから両手を覗かせた。

ミルク寒天を連想させるつるりとした乳白色のベースに、配置よく散りばめられたパールとシェル、左手の薬指、右手の人差し指と中指にはジェルで作られた流行りの人魚のうろこネイルが施されている。


このビルの三階のネイルサロンに勤務するネイリスト、柴本香乃は理世の友人だ。香乃は愛佳の担当ネイリストでもあった。


「見た瞬間に香乃のアートだと思った。香乃のデザインのセンスは天才なの」

「香乃さんも理世さんのカットとカラーを褒めてましたよ。友達同士で実力を認め合ってる理世さん達の関係、素敵ですよね。憧れます」


 愛佳の後ろ髪をカットするテンポの良いハサミの音。今日のメニューはカットとカラーリング、最後にサロンモデルの撮影だ。


「そうだ愛佳ちゃん。栞里ちゃんから連絡来てない? この前してもらったサロモの撮影データ送ったんだけど、既読がつかないんだ」

「栞里ちゃんですか? 私もインスタのメッセージに既読つかないんです。栞里ちゃんのインスタ、少し前から更新されてないんですよね」


 愛佳は右手に持つスマートフォンの画面を友人の鳴沢栞里のインスタグラムページに接続した。


「更新も26日で止まってます。ストーリーの更新もない……」

「珍しいね。栞里ちゃんって毎日何かしら投稿してなかった?」

「ストーリーはほぼ毎日更新してましたね。フォロワーさんからも心配のコメントが来てますけど、何かあったのかな。もうすぐフォロワーが二万人になるって嬉しそうに話してたのに」


栞里の様子は気にはなるが、体調を崩しているのかもしれない。親族に不幸があってSNSどころではない場合もある。

そのうち何事もない風を装ってインスタグラムに現れるだろう。


 愛佳の髪が透明感のあるラベンダーグレージュに染め上がる頃、店に陽気な男が現れた。


『どうもー。お疲れさん』

「深井さん、お疲れ様です。愛佳ちゃんもうすぐ終わりますから」

『慌てなくていいよ。愛佳ちゃん今日はよろしくね』

「よろしくお願いしまーす」


 愛佳の席に顔を出した男はフリーカメラマンの深井貴明。彼にはサロンモデルの写真撮影を依頼している。


『藍川。いつものルイボスティー出して』

『ここはカフェじゃねぇぞ』


店長の藍川と深井が和気あいあいとスタッフルームに消えていく様を、愛佳と理世は鏡越しに眺めていた。


「深井さんは今日も明るいですね」

「そうね……」


 理世の反応は歯切れが悪く、深井に対してもぎこちない。以前なら店でモデルの仕上がりを待つ深井も藍川と共にさっさとスタッフルームに消えてしまった。


理世の表情の強張りも深井のよそよそしさにも鈍感なフリを決め込んで、愛佳は手元のスマホに視線を落とした。

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