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 下山彰良と祐実も誰も傷付けずに幸せを掴んだわけではない。


「自分の人生が上手くいってない時に元カレとその女は幸せに笑ってる。……あいつらの幸せをぐちゃぐちゃに壊してやりたくなった。自分達だけ勝手に幸せになるなんて許せなかった。単なる八つ当たり」


 現時点での理世と彰良の双方から得た調書によると、理世は祐実のツイッターとインスタグラムを、祐実も理世のツイッターとインスタグラムを互いにネットストーキングしていた。


彰良は再三、理世とはもう関係がないから理世のSNSを見るのは止めろと祐実に注意したが、祐実は聞き入れなかった。

祐実は彰良の元カノの存在が気になって仕方がなかったのだ。


 振られた女と乗り換えた女、水面下でマウンティングをし合う理世と祐実の争いは2年も続いた。

下山祐実のツイッターには理世を皮肉ったと思われるエアリプライが何件か残っている。その件を理世に尋ねると、泣き笑いしていた彼女は辛辣に吐き捨てた。


「あくまでもフォロワーには“自分は悪口を言われてる被害者”で取り繕ってたんだよ。エアリプを心配して声かけてくれたフォロワーに、元カノのツイッター見て不愉快になってたって素直に言えば可愛げもあるのにね。祐実は自分の分が悪くなる情報は絶対にSNSには出さない。あの女はそういうプライドの高い女なの」


 押収された理世のスマートフォンには下山彰良と祐実のありとあらゆる個人情報のデータが保存されていた。美夜は理世のスマートフォンのフォルダからある画像を選択して表示する。


「この画像は宅配便の伝票よね。届け先は下山彰良さんになってる」

「これで今の住所がわかったの。彰良も馬鹿なんだ。伝票の住所隠さずに宅配物の荷物の写真をツイッターに載せてて、後で慌てて消したけどスクショ撮ればデータはこっちに残るのにね」


理世のスマートフォンの画像フォルダには彰良と祐実のツイッターのスクリーンショットの他にも祐実の顔写真が大量に保存されていた。


「ネットは一度流れた情報は二度と消えない。アイツらはそんなこともわからずに馬鹿みたいに自分達の情報ツイッターに垂れ流してるの。祐実のツイッターには夜勤で次の日は休みって書いてあった。夜勤明けなら昼間は家にひとりでいる。全部ツイッター見ればわかること。だから私にこんな簡単に復讐されるんだよ」


 城東警察署に到着するまでに事件の概要とそれによって起きたネットでの騒動は把握している。

江東区看護師殺人事件の報道が流れた8月2日の朝、理世は普段から使用しているツイッターのアカウントとは別のアカウントを開設した。


 ――[私が下山祐実さんを殺した犯人です。これより私が知っている祐実さんの夫である下山彰良と祐実さんの罪を暴きます。興味のある方はツイートの拡散にご協力お願いします]──


 彰良が理世と交際中に祐実に乗り換えた事実も、祐実が理世の存在を気にしてツイッターを介してマウンティングし合っていたことも、彰良と祐実がこれまでSNSのフォロワーや友人、家族にもひた隠しにしてきた理世とのいざこざを理世はネット上で包み隠さず暴露したのだ。


「ツイッターに祐実さん達の情報を書き込んだのは何故?」

「確実に殺すため。あの二人が親や友達やフォロワーに隠してきた私との揉め事を全部ネットに晒してやろうと思ったの」


理世の暴露ツイートは8月2日の午後1時の時点でいいね数は四百件、リツイート数は七百件を越えていた。


「“私が看護師殺しの犯人です”ってツイッターで呟けば情報は一気に広まる。この国は被害者の人権は守られない。殺された人間は顔も名前もテレビやネットで晒し者でしょ? それを逆手に取ってやったんだ」


 関連したネットニュース、個人のツイッター、掲示板に書き込まれた意見は様々だ。特にこの事件には女性が高い興味関心を示していた。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

看護師殺人の犯人のツイッターやばっ。どんどんリツイートされてる


元カノのSNSや今カノのSNSが気になってネトストしちゃうのわかる。けど見てもいいことないのにね


被害者の夫さ、次の女のアテを作ってから友達に戻ろうって別れ話切り出すって策士で最低な男だな


16日に浮気相手とくっついて18日に元カノに別れ話……男の清々しいゲスっぷり


自分が選ばれたって元カノにマウントとる奥さんも性格悪い。どっちもどっちって言うか。


加害者も被害者も嫌いな人のSNS覗いてわざわざ地雷踏んでる

しかも被害者は元カノのツイッターはブロックしてたんでしょ?

なのに元カノのSNS見ちゃうんだね


元彼が浮気相手と結婚して悔しい気持ちはわかる。それでも殺しちゃダメだよ


そんな最低男忘れてさっさと次の恋愛すればいいのに


モテない男に限ってちょっと自分に女が寄ってきただけで俺ってモテる?って有頂天になるよね~

__________


 世論に理世への批判があるのは当然として、浮気をされたことへの恨み辛みには共感と同情の声も多い。


殺された下山祐実への同情の他には祐実にも非はあったとの指摘や、夫の彰良へは同情ではなく厳しい批判の意見が集まっている。

浮気をして女を振った男への世間の目は冷たい。


「彰良は妻を殺された可哀想な夫を装っていても、浮気したあげくに浮気相手に乗り換えたって情報をネットにばらまけば、私が殺さなくてもネットの人間が勝手に彰良を処刑してくれる。世間は人様の不倫や浮気に厳しいからね。あの男が周りに取り繕ってる好青年の化けの皮を剥がしてやったの。いいストレス発散になったよ」


 妻を失った下山彰良は厳しい批判の声に晒されている。理世と祐実、二人の女が苦しんだのも、元を辿れば彰良の優柔不断な行動が招いた結果だった。

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