3-13

 威勢の良い店主の声と人々の話し声、テレビから流れるバラエティー番組でわざとらしく大袈裟な驚きをする女性タレント、雑音入り交じるラーメン屋の四人席にラーメンと特盛餃子にネギマヨ唐揚げ、山盛りのチャーハンと天津飯テンシンハンが並んだ。


テーブルを囲むのは警視庁捜査一課をまとめる上野恭一郎、小山真紀、九条大河の三人。


『今日は俺の奢りだ。どんどん食え』

『まじっすかっ! ありがとうございます。いただきますっ!』

「九条くん、奢りだからって調子乗らないでよ」


 上野の奢りに目を輝かせる九条を真紀がたしなめても、九条はすでに餃子にかぶり付いていた。


うまっ! ここの餃子めちゃ旨ですね。こんな旨い餃子初めて食いました』

『代替わりしても味はしっかり受け継がれているな』


 上野と真紀が10年以上通い続けるこのラーメン店も現在は前の店主の息子が切り盛りしている。


 上野と九条の注文の品はラーメンだが、真紀は天津飯を所望した。

四十路を目前にして最近は好物のとんこつラーメンが胃にもたれるようになった。ラーメン、チャーハン、唐揚げに餃子にまたラーメンと次から次へ胃袋に収める九条の若さ溢れる食べっぷりは見ていて清々しい。


「それだけ食欲あるなら少しは元気出た?」

『元気って?』

『小山がな、九条が最近何かに悩んでいると言っていたんだ。こうでもしないと俺もなかなか部下とコミュニケーションが取れないしな。俺達に話せる悩みならいつでも聞くぞ』


口いっぱいに詰め込んだ麺を咀嚼して飲み込んだ九条は自分を見つめる二つの視線に気まずく苦笑いを返した。


『何と言うか……神田とどう接すればいいか悩むこともあって』

「私から見れば、コミュニケーションは取れているように見えたけど?」

『捜査に必要な意志の疎通は取れています。けど、あいつの誰にも言えない複雑な気持ちみたいな……重たいものを抱えている気がするんですよ。それがたまに言動に出ていて、そうなるとどう声をかければいいかわからないんです』


 九条のラーメンをすする一口もそれまでの豪快さが消えた遠慮がちな一口だった。

九条の弱音を聞き届けた上野と真紀はテーブルの上で視線の糸を繋げる。美夜の過去に関する情報をバディの九条に共有するべきか否か、彼らは思案していた。


『神田の父親があいつの友達と援交していたらしくて、そのせいもあるのか性を売りにしてる女やそれを買う男には特に手厳しい印象があります』

『バディを今後もやっていくためにも九条も知っておくべきかもしれないな』


 三人が座るのは喧騒の店内の最奥の座敷席。テーブル席やカウンター席とも離れているここなら小声で話す分には話の内容を盗み聞きされる心配もない。


『知っておくべきって何かあるんですか?』

「10年前に埼玉で殺人事件があったの。殺されたのは神田さんの同級生。第一発見者が神田さんだった」

『お前が神田に聞いた父親と援助交際をしていた同級生が、殺された被害者だ。本庁に戻ったら埼玉県警のデータベースで捜査資料を検索してみるといい』


上野の言葉に九条は神妙に頷き、ネギとマヨネーズがたっぷり乗った鶏の唐揚げを口に放った。殺人事件の話題を耳にしても平常心を保って食事を続けられるメンタルはさすがに警察官だ。


『被疑者は逮捕されたんですか?』

『いや、その件は被疑者死亡で処理された。重要参考人とされた不動産会社の社長も別件で殺されている。社長は女子高校生を殺した同じ日に殺害された』


 同じ日に近い距離にある二つの土地で事件が起きること自体はそう珍しくもない。犯罪多発区域の新宿区や渋谷区では日々何かしらの犯罪が横行している。


埼玉の二つの事件の特異性は、一件目の事件の重要参考人が一件目とは明らかに別件の動機で殺害された点にある。


「不動産会社社長の殺人事件は今も未解決。神田さんはそちらの事件とは関わりがないけれど、同級生の死の現場に居合わせた精神的なショックはあるでしょうね」

『そんな話知ると、余計にどうしたらいいのかわからなくなってきました』


 低く唸ってグラスの水を飲み干した九条はまた唸りながらチャーハンを頬張る。

ラーメンも餃子もあっという間に綺麗に完食。名残惜しそうにチャーハンを口に運ぶ九条を見つめる上野と真紀の眼差しは暖かい。


「どうもしなくてもいいと思う。普通に接すればいいんだよ」

『神田の内面を理解しろとは言わないが、神田が助けを求めてきた時の一番の味方にはなってやれ。バディは互いに衝突して意見をぶつけ合い、支え合うものだ。お前なら神田に臆せず物が言えるだろう?』

『国立大首席の相棒に完全に馬鹿にされてますけどね。筋肉バカーって』


 警察幹部も一目置く美夜の経歴や彼女の性格に物怖じしない相棒として選ばれた九条。

美夜も先輩刑事への進言は躊躇しても九条には遠慮なく意見をぶつけている。バディ結成時よりも美夜と九条のコンビネーションは格段に良くなっていた。


二人の今後の成長を上野も真紀もいつまでも見守っていたかった。

見守っていけると……思っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る