エピローグ

エピローグ

 芹沢小夏の通夜は豊島区の斎場で執り行われた。喪服に身を包んだ来栖愛佳はハンカチで目元を押さえ、共に弔問に訪れた友人と焼香の列に並ぶ。


「あそこに立ってるの刑事さんだって」

『小夏ちゃんは男とネットで知り合っていたんだろ?』

『器量が良い子は普通にしていてもいくらでも男が寄ってくるのになぁ。ネットで探すくらいなら、うちの組合の若いの紹介してあげたのに……』

「そんな無神経なこと言うものではないよ」


 焼香の順番待ちの最中に親族席から漏れてくる噂話。

小夏はマッチングアプリを利用して複数の男と会っていた。今時の大学生にしてみればマッチングアプリの出会いはたとえば飲み会やサークル活動での出会いと何ら変わらず、いちいち驚いて噂をするほどでもない。


年齢が上の世代にはインターネットでの見知らぬ人間との出会いは不届きな行為だと思っている。

しかし噂話に花を咲かせる中高年達が経験してきたお見合いのシステムと似たようなものではないかと、噂の前を素通りした愛佳は感じていた。


 焼香を終えて最寄りの雑司が谷駅まで友人達と小夏の思い出話をしながら歩く。雑司が谷から新宿三丁目駅でメトロ丸ノ内線乗り換えた愛佳は西新宿駅で下車した。


なんだか心と頭がふわふわしていた。どこかで酒を飲みたい気分だが、喪服での入店は人目が気になり躊躇する。

仕方なくコンビニで缶ビールとつまみの菓子類を購入してから帰路についた。


 喪服と黒いストッキングを床に脱ぎ散らかし、メイクも落とさずベッドに寝そべる。

何もやる気がおきない。着替えも入浴も面倒で、散らかった服を片付ける気にもならなかった。


手っ取り早く酔いたくなって手を伸ばした缶ビールを喉に流した愛佳はスマートフォンの画像フォルダを開いた。データを去年に遡ると昨年の愛佳のミスコン活動中に撮影された多くの思い出写真が現れる。


 思い出のスナップショットにはいつも小夏の片鱗へんりんがあった。


 ミスコンの他の候補者に嫌がらせを受けて落ち込む愛佳を小夏が励ました深夜のファミレス。ファミレスの特大フルーツパフェは小夏とシェアして完食した。

小夏と共にこの部屋で徹夜で考えたミスコンのスピーチ原稿。あの日、この窓から見た夜明けは不思議な色合いのラベンダーピンクだった。


この頃までは小夏とツーショットを撮っていた。彼女とツーショットを撮らなくなったのはいつからだろう?


 スマホのランプがチカチカ点滅する。一度画像フォルダを閉じてホーム画面に戻った愛佳は黒色の四角いアプリアイコンの右上に一件の通知表示を見つけた。


 ──【あなたの復讐は完遂されました。アプリを脱会してアンインストールしてください。】──


 から届いたメッセージボードを黙読した彼女はスナック菓子をほおばる顔を歪めて冷笑した。

小夏の親も弔問客も大学の友達も警察も、小夏を殺したのはマッチングアプリで知り合った男だと思っている。警察が血眼になってマッチングアプリの男を捜査したところで小夏を殺した犯人は絶対に見つからない。


 アプリの脱会とアンインストールの手続きを済ませて再び画像フォルダを開く。

選択した何十枚の写真データは〈この画像を削除しますか?〉のyesボタンを軽やかにタップするだけで数秒のうちに視界から消えた。

ファミレスの特大フルーツパフェもラベンダーピンクの夜明けも今の愛佳には不要だ。


「ばいばーい。小夏」


 今夜は小夏の死を祝う独りきりのうたげ。高揚してふわふわする心と頭。こんなに嬉しいのは久しぶりだった。


 コンビニで買い込んだ缶ビールもスナック菓子も汗と涙でメイクがよれた自分の顔も、小夏の死の真相も、全部ぜんぶ、インスタグラムには載せられない。

真実はSNSには載らない裏側に隠れている。


ファインダー越しの世界は綺麗?

ファインダー越しの貴女あなたは綺麗?


 ──“嫌いな人が死んだ時も、人は“悲しい”と思うのかな?”──



episode3.【夏霞】ーENDー

→あとがき に続く

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