第19話 水

 その地は、荒ぶる神によってかわききっていた。

 朝日に、昼の日差しに、夕日に、きらきらと光り輝き、夜は月光を浴びて、ちらちらときらめいていたみずうみは、ひび割れた泥でおおわれていた。


 そこから流れ出ていた川は、木も草もれ、魚も、岩も、石も、砂も干上ひあがっていた。

 風が吹けば、ちりや砂が舞い踊り、選ばれたものは空高くに舞い上がる。

 そのものたちが乱舞らんぶする空は、薄っすらと黄色く辺りの景色をかすませる。


 虹の女神は憂愁ゆうしゅうの涙を流した。

 流麗りゅうれいひとみからこぼれだした涙は、気品に満ちたほほを伝う。

 余りにも神々こうごうしく優美ゆうびであった為、うれいにしずむ姿であるのに、人々は感嘆かんたんの声を上げた。


 「お尻や言えない処を、大衆の面前にさらされて、男の人達の大歓声の中、羞恥しゅうちの余り泣きじゃくってる。とは、言えないもの」


 女神から離れた初めのしずくは、きらきら、きらきらと七色にきらめき地に届いた。


 途端とたんに乾いていた空気が湿しめび、かすんでいた空が、ベールを外した様に、さぁ~っと晴れ渡り、遠くに影しか見えなかった山々が、まるで目の前にある様に見え、ざらざらとしていた黄色空は、果て無く青々とひろがり、見つめていると、地に立っている事を失念しつねんしてしまう。


 研磨けんまされた宝石の様なしずくは、かがやきながら次から次へと地に届く。

 すると地面から光の帯が、すぅーっと空に向かって伸びて行き、少し離れた丘に橋を架ける。


 光の帯は、むらさき色から始まり、あい色、青色、緑色、黄色、だいだい色、赤色、そして七色の虹となった。


 虹の女神のしずくは、それからも続いた。

 一雫ひとしずくが落ちると、丘の先の谷へ伸び、虹は更に空高く。

 もう一雫ひとしずくが落ちると、谷の先の丘に、虹は更に空高く延びて行く。


 そしてついには山々のふもとの小高い所まで達し、空を見上げれば、はるか神々の天空にまで届いていると思えるほど、空の上に延びていた。



 「エルピス、お顔を見せておくれ、もうジュリエット、エピメ、パンドーラにヘルメ、そして俺だけだ」

 ぱこ。「…本当」


 あっ、かめからのぞいてる。


 「本当だよ、それにお空の上だよ」

 「本当っ」


 「あっ、エルピスっ」

 「まぁまぁまぁまぁ、可愛いわぁ~、エルピス、ママよパンドーラ」

 「エルピスっ、エルピスっ、パパだ、エピメだぞ」

 「うぅ、うん、ママ、パパ」


 「エルピス、ママ、パパが出来て良かった、お兄ちゃんはもう心配で心配で」

 「お兄ちゃん心配し過ぎ」


 「ジュリエットお姉ちゃんも出来たな」

 「うん、お兄ちゃんあれやってぇ~」「「えっ」」

 「アイデース様、するのですか」


 「ねぇ~、やってやってぇ~」

 「で、でもほらジュリエットもいるから」

 「お兄ちゃんのけちん坊っ」


 「分かった、分かったから怒らないでおくれエルピス」

 「アイデース様、エルピスの言うあれと言うのは何」


 「あっ、あぁ~、ジュリエット、エルピスと手を繋いで、馬車にしっかりとつかまっていてくれるか、パンドーラ、それにエピメもしっかりつかまっていてくれ、落ちる事は無いが、気持ちの問題だ」


 「ヘルメ、ご褒美ほうびにやってくれ」

 「アイデース様、かないで下さいね」


 「善処ぜんしょする」

 「はいよぉーーー、しーるばー、いつものだ、好きに走って良いぞ」

 ひひーーーん。

 「「「おーーーーー」」」「「きゃーーー」」「きゃーーー、きゃははははは」


 馬車がいきなり急降下、お馬さんの暴走ぼうそう、スピード早っ。

 今度は急上昇、また急降下、えっ、馬車の軌跡きせきに虹が出てる。

 「「「わーーーーー」」」「きゃーーー」「「きゃーーー、きゃははははは」」



 「あのぉ~イーリス様、アイデース様の馬車が大変な事になってるんだけど」

 「うん、あ~、大丈夫っす、あれはアイデース様がエルピスと遊んでいるだけっす」


 「あ~この虹の周りをぐるぐる回りながら飛んでる」

 「虹に虹が巻き付いてる、楽しそう、あ~しも乗ってみた~い」

 「としいくつっすか」


 「16だけど、だめなん」「しいっす」

 「あぁ~、18以上とかなん」「違うっすよ」

 「20、やっぱり残念じゃん」「だから違うっす」


 「え~もっと上なん」

 「違うっす、15さい以下っす、アイデース様は小っちゃい子好きっす、ぼんきゅぼんは駄目だめっす」

 「「「「「えぇ~」」」」」



 これはジェットコースター、いやぁ~、お馬さん次第しだいだから、もっと緊張感きんちょうかんあるかも。

 「「「あぎゃーーー」」」「 「 「きゃーーー、きゃははははは」 」 」

 ぴっか、・・・ごろごろごろどーーーーーん。



 人々が住まっていた地の空に、一点の黒いたまが現れると、そこへ流れ込むように白い雲が筋の様に現れ、波の様にうねりながらうずを巻き始める。


 雲は見る間に集まり、地をおおい、白かった物が厚みを増し、灰色に更に黒色に変わって行く。


 そして真ん中から水滴の様に、地に向かって垂れ下がる。

 やがて黒雲に一閃いっせんが起こり、轟音ごうおんとどろく。


 それは狂っているかの様に、無秩序むちつじょの起こっては閃光せんこうはなち、爆音ばくおんひびかせる。


 そして人々が住まっていた家々、枯れ果てた木々や草花、干上がりひび割れた地を、幾度となく雷撃らいげき穿うがった。


 突然それは起こり、黒くうず巻いていた雲から、地を目掛めがけ、ざぁーーーっと真っ白いカーテンが降り注いだ。


 「「 「「 「「 「「 「けけけけけっ」 」」 」」 」」 」」

 「「 「「 「「 「「 「けらけらけら」 」」 」」 」」 」」

 「「 「「 「「 「「 「ぐひひひひっ」 」」 」」 」」 」」

 「「 「「 「「 「「 「うひゃうひゃ」 」」 」」 」」 」」


 「神々のお許しが出たぞ前らっ」

 「うひゃうひゃ、まぁ~ずは俺だ、なぁ~にもかも押し流してやる」


 しばらくすると、みずうみから水が溢れ、川から水が溢れ、地面は水底に沈み、泥を流し、草木を流し、家々を流した。


 土の香りが漂ってくると、何処どこともなく低い鳴動めいどうが聞こえた。

 人々は見た。


 こんもりとした山の斜面が、木々と共にすべり落ち、地響きをともなって水の底へ沈んで行った。



 「あれ~~~、俺ここまでする気は無かったんだがなぁ~、…おっ、厄災やくさい達を回収するのを忘れているな」

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