猫の寄り合い

笹川翠

猫の寄り合い

 家の近くの神社に続く石段はだらだらと長い。俺がそこで愛猫の姿を見つけたのは日曜の昼、部活帰りのことだった。

 手足が白く、尾の独特の縞、紛れもなくうちの虎猫だ。つい癖で声をかけてしまう。

「おい、福丸、何やってんだこんなとこで。もうすぐ昼飯だぞ」

 彼はぴくんと振り返り、俺の足下に近づいてきた。そして、なんと驚いたことに、そりゃもう流暢に日本語を話した。

「坊ちゃん、今お帰りで? ”ぶかつ”は終わられたのですか?」

 俺は耳を疑った。背中にだらりと冷たい汗が流れる。福丸とは長い付き合いだが、まさか言葉を話せるなんて。死にかけの魚のように口をパクパクさせる俺を尻目に、福丸はおかまいなしに続ける。

「いやぁ、今日は寄り合いなんです。よく言う猫の集会ですよ。そこの神社でここいらの猫が月一回集まっては、縄張り、えさ事情を話し合ったりする訳なんです。腹が減ってはいるんですが、こればっかりは出ない訳にはいかないんですよ」

 でっへっへと変な笑い方をしながら、途中福丸は二本足ですくりと立ち上がった。だがもう俺は驚きはしなかった。これは夢に違いないと決めつけたからだ。

…俺は白昼夢を見るほど、部活で汗をかきすぎたらしい。帰って冷たいアイスでも食べて落ち着くとしよう。

「早く帰るんだぞ」

 そう告げ、踵を返したところ、目に飛び込んできたのは猫の集団…。その数20から30、子猫に老猫、野良猫に首輪をした飼い猫。いずれも二本足で、すらすらと歩いてこちらにやってくる。叫ばず留まった俺を、俺はほめてやりたい。

 ただ夢だ、夢だと唇を噛み締めた。

「やだなぁ…、ぼっちゃん。夢じゃないですよ?」

 福丸はおもしろくて仕方ないという風に、横からぽむと俺の足をはたいた。

「人間は、自分の信じられないことはすーぐ夢だと思いなさる」

 そこで言葉を区切り、福丸はにたぁと口を広げて笑った。

「一緒に寄り合いに出られませんか? きっとね、大歓迎ですよ…。みんな人間が大好きなんですよ…。だってね…」

 笑顔なのだが、その猫目は笑っていない。

 心臓が早鐘のように打つのを感じ、俺は福丸の言葉の続きを聞くこともなく、猫の間を駆け抜けて帰宅した。

 

 家についてしばらくもそれは収まらず、嫌な汗がだらだらと止まらない。アイスを食べても、落ち着くことはできなかった。

 

 福丸が帰ってきたのは夕食中。彼はもうひと言も話さず、ただ、にゃあとだけ鳴いた。

 やはり夢だったかと安堵したのもつかの間、福丸は俺の方をくるんと向いて、にたぁと笑った。愉快そうな、しかし背筋を冷やっとさせるその笑顔は、あれは夢ではないぞと俺に語りかけていた。俺はもう信じるとしか言えないので、自分の刺身を彼に進呈することで許してもらうこととした。福丸もそれを承知したようで好物のマグロを食べながら、満足げに非常に猫らしくにゃああと鳴いた。

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猫の寄り合い 笹川翠 @midorisasagawa

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