すずきさんと黒すずきさん〜波の花中学編

嬌乃湾子

第1話−1

青い空の下、波の花中学の校舎にチャイムが鳴り響く。


小坂尚(こざか なお)は授業が終了した教室から波瀬(はぜ)宏と教室に出ると、クラスの生徒達と共にぞろぞろと通路を歩いた。


「あーお腹すいた。お昼休み済んだらグラウンド行かなきゃならないからそれまでに着替えなきゃ」


「クラス対抗でドッジボールだよね」


尚と宏が話していると、騒ぐ声から透き通るような声が尚を呼び止めた。


「こざかなくーん」


鈴木優実(すずきうみ)が手を振っていた。ショートカットの優実はにっこり笑いながらやってくると、尚と宏の後をついて行くようにスタスタと歩いた。



優実はある日、尚がひょんなことから出会った魚の鱸(スズキ。シーバスともいう)の女の子。釣りをしていた時に人間の姿になって現れたのだが、何故かこの学校に通うようになった。



彼女は尚と宏のあとをついて歩きながら、悪びれもない表情で話しかけた。


「午後から学校対抗ドッジボールがあるよね。コザカナ君のクラスは何番目?」


「‥‥鈴木さんあのさ、その言い方やめてくれない?」


「どうして?」


「まるで僕が雑魚みたいだ。(実際そうかもしれないけど)‥‥それに勉強の方が気になるからそれどころじゃないし」


「でも、君は勉強よりも私たちを追っかけてる方が好きなんだよね」


「やめてよその言い方も。大体、君がいると釣りもしづらいよ」


「じゃ、勉強、休み時間の間にわからない所あったら一緒に考えない?だったらいいでしょ」


「何、休みなのに勉強?」


するとひょっと尚達の間に割って黒鱸ことブラックバスの涼木ヤーミが現れた。


「私は本気のドッジボールとか大好きよ。だから今からやるそっちに集中しなさい」


異国風の切れ長の眼に長いウエーブの黒髪を結った制服姿の彼女は凛とした瞳で言うと、優実はヤーミを見ながらちょっと意地悪そうな表情で笑った。


「あんたは勉強なんかより動いてる方が好きだもんね。人間の歴史とか漢字を覚えるのとか、今日の授業で出た因数分解とか苦手でしょ」


「何よ、私だってルートの計算くらい出来るわ!だったら、コザカナをかけて勝負よ!」


「よし!それじゃ僕も参加するよ。尚じゃなくて僕で!」


そう言ってへらっとした顔で現れたのは、実はルアー(釣りに使う擬似餌)男子のマット多伊賀(たいが)だったが、優実とヤーミにいとも簡単に押し退けられた。


「あんたはいいのよ」


そう言いながら優実とヤーミはムキになって言い合いが始まると、二人が衝突する姿に宏が尚に聞いた。


「彼女達、ちょっと変わってるけど今まで外国にでも住んでいたの?」


「まあーーそんなもんかな」


「それにしても尚の事をかけて勝負なんて、君の事すごく好きなんだね」


「あらハゼ君、私達は張り合ってるだけだから。私は別に君でもいいのよ」


ヤーミがカラッとした表情で宏に笑顔を向けると、マットが言った。


「君等さ、魚がコザカナを追うのと魚釣りで人がそれを狙うのは、ゲームで勝って景品を獲ろうとする狩猟本能っていうのが男にはあるんだよ。それは尚だって同じじゃない。なのにこの差は何なんだよ」


「それはあんたの事でコザカナとは違うわ。だからあんたは嫌いなのよ」


ふんっと顔を背けるヤーミを尻目に尚はこそっと優実に言う。


「‥‥そもそも君達、(魚なんだから)別に学校なんて行かなくてもいいのに」


「そうなんだけどね。でも、私コザカナくん達と一緒に学校行くの楽しいから」


優実がニコッと笑いながら言うと、彼らははしゃぎながら廊下を歩いた。



鱸の優実とブラックバスのヤーミ、ルアーのマット、彼女達はいつの間にかこの学校に現れて、なんて事もない日々を過ごしていた。





‥‥‥‥という訳でもなかった。

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