第47話:魔女と爆笑

「お姉ちゃん、本当に歌が下手だね!」


「ちょっと、駄目だよそんな事言ったら! お姉ちゃんに聞こえちゃうよ!」


「……全部聞こえているんだけど」


 誉れ高き抗戦隊員、ゼルコ・ヴィーンは今、「侵略行為を働く対象と徹底抗戦する」という、本来の任務とは大きく掛け離れたに就いていた。


 子供達と一緒に、避難所に逃げ込んだ国民の緊張を解す為、歌を歌ったり雑談を持ち掛けたりして欲しい――今日会ったばかりの魔女(すらも怪しかった)に無理矢理に頼まれていた。


「確かに、この魔女様は歌があまり、だねぇ……」


「…………すいません」


 名も知らぬ老婆に溜息を吐かれたゼルコ。過去に三度、軍楽隊から実に丁寧な言葉で「貴女は歌わず、口を開閉するだけにしてくれ」と頼まれていた。


「お姉ちゃんでも出来る事、何か探さないと……」


 坊主頭の少年が真剣な面持ちで唸り始めた。泣きたくなる気持ちをグッと堪え、ゼルコは項垂れて杖を弄んでいた。


「ねぇ」少女がゼルコの裾を引っ張った。


「杖で、何か出来たりしないの?」


「うんうん! 魔女って凄いんだろ、炎を出したり、海を作ったりするんだろ!」


「海は……厳しいかなぁ……」


 摩訶不思議な技術――魔術が目の前で見られるかもしれない。


 彼女らの会話を聞き付けた人間が数名、首を伸ばして「本当ですか?」と問うて来た。


「魔女様、お願いします……何か、子供達が喜ぶような……」


「俺、何かを燃やして欲しい!」


「私はお星様を出して欲しいなぁ……」


「酒とかは出せないので?」


 薄暗い避難所の中に座り込み、終わりの見えない待機を強いられた人々は……精神の外的手段による安定を求めていた。娯楽も読み物も無い避難所では、魔女に頼らざるを得なかった。


「ちょっ……多い……!」


 魔女が何かをやるらしい――伝言遊びの如き伝播していく「期待」は、やがてゼルコの周囲をグルリと囲み……三〇人以上の人間が、雪山の焚火に集まるように目を輝かせていた。


「お姉ちゃん! お願い!」


 に懇願されては仕方が無く……ゼルコは顔を真っ赤にしながら、「じゃ、じゃあ……」と杖をかざした。一同が「おぉっ」と唸った。


「小さな、雨雲を作ります……!」


 杖の先端が光った。一同の視線が集まる中、ゼルコの頭上に子羊程の大きさを持つ雨雲が生まれた。天気商売となる農業に重宝される、《恵雲一留》という容易い魔術であったが……。


「冷た、冷たい冷たいっ! ひゃああ!」


 久方振りの使用のせいか、雨雲はゼルコの頭から爪先までをぐしょ濡れにしてしまった。


「止まれ! 止まれ! ひいぃい止まらないぃい!」


 魔術に魔女の声、表情に――避難民は腹を抱えて笑った。雨雲発生から実に二分後、ゼルコは「何が起きたのか」と言わんばかりに澄ました顔で、近くの木桶の上に立ち、服を絞った。


「はぁー……笑った笑った……。魔女様、あれはですか」


 男が涙を流しながら問うた。「当たり前です!」とゼルコはクシャミをしながら答え、再び杖をかざした。


「これから使う魔術の為に、! こら、そこ! 笑っているならこっちに来なさい、そして魔術に震えなさい!」


 ゼルコの呼び掛けにより、果たして観客は避難民全員となった。最早見世物のような扱いを自ら望んでいるように、ゼルコは中心に立って「刮目しなさい!」と杖を持ち替えた。


「カンダレアの民を守護する対侵略行為抗戦隊の一人、ゼルコ・ヴィーンが今、一瞬の内に濡れた服を乾かして見せます!」


 またしても人々は「おぉっ」と唸った。何人かの主婦が「雨期に良いわね」と感心した。


「いきます!」


 天高く杖をかざしたゼルコ。次なる魔術は《滴冷暖渇》という、これもまた農業関係者から喜ばれる、局所的に水分を飛ばして乾燥状態にするものだった。


「……おぉ、湯気が立っているぞ……」


 開始から五秒後、一同は拍手を以てゼルコを褒め称えた。彼女の服は見る見る内に乾燥していき、抜けた水分は蒸気となって消えたが、やがて――。


「……? 何か熱いですね――熱っ、あつつつつつ! 誰か、誰か水をぉおお!」


 突如としてゼルコの背中が燃え上がり、人々は悲鳴を上げるばかりだった。すぐに男が木桶を持って来ると、炎を背負って転げ回るゼルコに水を掛け……事無きを得た。


「……生きているのか?」


 シュー……と情け無い音を立てる魔女は、しばらくの間微動だにしなかったが――果たしてムックリと起き上がり、居住まいを正して一礼した。


「唯今ご覧に入れたのが、魔術による不慮の発火事故と、消火訓練で御座います。ご協力者に拍手!」




 今のは、明らかな事故じゃないのか……?




 男の、否、全員の目が黒点に変わった。焦げ臭い魔女はグルリと睨みを利かし、「は・く・しゅ!」と怒鳴った。


「拍手ですよ、拍手! ほら、こうやってパチパチパチって!」


 間も無く――秋雨のような拍手(或いは哀れみの音)が彼女を包んだ。しかしゼルコは納得がいかず、今にも泣き出しそうな顔で「あーあ、疲れちゃった!」とその場に座り込んだ。


「喉が渇きましたねぇ! この避難所には飲み物が無いのかなぁ!」


「また雨雲を出して飲めば良いんじゃない?」


 坊主頭の少年が言った。即座に周囲の大人達が噴き出したが、ゼルコが涙目で睨んで来る為、一人が「今持って来ます!」と奥へ引っ込んだ。


「全く、今日だけですよこんなに魔術を――ハァアックショイ! 見せてあげるのは! 普段なら緊急時にしか見せないんですよ!?」


「燃えていたのは、緊急じゃなかったの?」


 またしても例の少年だった。一同は我慢が効かず、とうとう爆笑の渦が起こった。ゼルコは「笑うなぁ!」と地団駄を踏んで怒るも……。


 誰一人、笑うのを止めなかった。皆が悲しみではなく愉快さに涙を流し、非常時にでも笑える事を知ったのである。

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