007 アカネの過去と現在

 リナ達の援交仲間である清楚系の黒髪少女、名前をアカネという。

 本名は蛯名朱音えびなあかね。蛯名財閥の令嬢だが、親族内での権力争いに嫌気が差していた時に誘拐事件に巻き込まれた。身代金の引き渡し時に望み通りの結果に変えようと他親族の介入があり、その騒動に紛れて逃亡、周囲から家出少女と勘違いされたまま、なし崩しに援助交際で金銭を稼ぐことになった少女である。誘拐された際に純潔をなくしたとはいえ、当初は身体を売ることに抵抗を感じていたが、家に帰っても汚れた身体では勘当されてもおかしくないと考え、実際に家出をすることにしたのが、彼女の顛末である。

 そして今、病院で身動きの取れないままベッドの上で寝ている少女の横には、仕立てのいいスーツを身に纏った壮年の男性が、備え付けのパイプ椅子に腰掛けている。

 言わずもがな、アカネの父であった。

「こんな形で再会するとは思わなかった……」

「……私もです。お父様」

 ここ数年行方をくらませていた娘が、身も心もボロボロになって帰って来た。父親として、どのような顔をすればいいのかが分からないというところだろう。

「お母様は?」

「ああ、そうか。知らないだろうな。……死んだよ、権力争いの重責で、精神を病んでそのまま」

「そうですか……」

 元々入婿だった父は、庶民的な思考もあってか、権力争いに興味を持てなかった。しかし、蛯名財閥現当主の長女として生まれたアカネの母は違った。自分より劣る兄を蹴落とし、優秀な弟妹を欺いてでも次期当主になろうと躍起になっていた。しかし自分が失敗した時のために育てた娘の誘拐事件、そして皮切りに始まった権力闘争。

 正直、ただアカネを救うだけだったならば、こんなことにはならなかったかもしれない。実際、裏には誰もいない、突発的な犯行だったのだ。しかしことを公にしてアカネの母を失脚させようとしたその兄、裏で誰かが暗躍していると疑心暗鬼にかられた彼女を含む周囲の人間、事件の解決すら視野に入れられていなかったのだ。

 そして権力争いで不利になる破瓜から家出したアカネ。もはやまともな状況すら期待できなかっただろう。無暗に争わせないように子供を一人だけ生み、他は流産させていたことも要因となったのかもしれない。

 しかし、父親は娘を見つけた。

 援助交際で生計を立てていた時に、通り魔に襲われて入院した彼女を見つけたのだ。何を言えばいいのか、互いに分からないまま沈黙が病室を支配している。

 先に沈黙を破ったのは、父親の方だった。

「実はな、父さんも蛯名の家を追い出されたんだ。今は、系列会社の重役として働いている。……お飾りの相談役だけど、その間に次の転職先を見つけたんだ」

「それは……おめでとうございます」

 アカネにとって、たとえ父親でも、今この隣にいる男は他人だった。

 生き残るために見知らぬ男達に身体を明け渡してきた、汚れた身体の娘等、勘当されてもおかしくない。

 けれども、父親は来た。現状を知りつつも、ボロボロに傷つけられた娘のいる病室に、治療を終えてすぐに駆け付けていた。




「だから……一緒に暮らそう。財閥や権力争いからは身を引いて」




 最も、財閥の血縁者である母親はもういないから、どちらにしても無理だけどな。そう茶化してくるが、それでも、アカネは口を開いた。

「私は……援助交際をしていました」

「そうだな」

「私は、もう……汚れています」

 できれば、もう二度と会いたくなかった。これからも自分一人の力で生きていくのだろう。そう考えていたのに、アカネの父は否定した。




「どうかな、単に経験人数が多いだけだろう。……気にするだけ無駄だ」




 それでも、けど、とアカネは口を開くが、同時に、涙腺も開いていた。

 次々と零れ出る涙と言葉を、アカネの父は静かに聞き、受け止め、そして否定し続けた。




 二人の会話を、病室の外から聞いていたリナ達は、この場を去ることを決めた。

「……帰ろっか」

「賛成」

 手土産の入った紙袋を近くを通った看護師に預け、二人は病院を後にした。

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