援交少女、ホームレスを飼う
桐生彩音
第一シリーズ
001 日常
「ただいま~」
錆びついた鉄階段を上り、リナは安アパートの2階端の部屋である自宅へと帰って来た。
中にいた青年は広げていた新聞を畳み、彼女へと振り返る。
「おかえり。お風呂入れてあるから、先に入ってきて」
「は~い」
棒読み口調な青年の言葉にリナは手を振って応え、着ていた制服を脱ぎ捨て始めた。
元々通っていた高校の制服だが、退学したリナにとってはただの私服でしかない。下着と一緒に脱ぎ捨ててから、赤錆の目立つユニットバスに入っていく。
青年は料理を温めながら、制服をハンガーに掛けて消臭剤を振りかけ、下着を脱衣籠に投げ入れる。6畳部屋の真ん中に置いてある座卓に料理を並べ終えた頃には、ユニットバスの扉が金切り声を上げて開いた。
「また油を差さなきゃな……」
裸で出てきたリナに構わず、青年は戸棚に仕舞ってある工具箱から油差しを取り出す。
青年が油を差している間に下着を着け終えたリナは、座卓について手を合わせた。
「いっただきま~す」
用意されたオムライスをスプーンで掬って食べていく。出来栄えはプロ同前、というかいつ店に出してもおかしくない代物だった。ただし青年サイズでかなり大きかったが。
通常よりも量のある料理を平らげた後、リナは大の字になって寝転がった。
「ごちそうさま~」
「食べてすぐ寝ると太るよ」
リナは無言で起き上がった。食べ終えた皿を避けてから、座卓の下にある小物入れ代わりの籠から灰皿と煙草を取り出し、一本咥える。
「火ぃ、ある?」
「ライターなかった?」
「な~い」
煙草を咥えながら籠を漁るリナ。ライターが見つからないのか、少し苛立っている。
「マッチでいい?」
「何でもいいから早く~」
駄々っ子のように顔をしかめるリナに、青年は台所にあるマッチを投げ渡した。
それを受け取って慣れた手つきで、煙草に火をつける。
「あ~、仕事上がりの一服さいこ~」
「言葉だけだと、オヤジだね」
棒読み口調のツッコミにリナは構わず、灰皿に灰を落とす。
「あ~オヤジと言えば、昨日の相手も誰かの親父だったな」
「家庭持ち、ってこと?」
頷くリナにお茶を出しながら、青年は向かいに腰掛けた。
「そうそう、多分家庭がうまくいってなかったんだろうね。ワタシに『パパと呼びながらしてくれ』なんて頼んできたんだよ~もう笑える」
「それだけじゃあ、家庭に憧れる独身だったり、近親相姦に萌える変態だって、考えられない?」
ないない、とリナは煙草を持つ手を振って否定した。
「だってその人、写真持ってたんだよ。家族写真。おまけに明らかに若い頃の家族三人のやつ。……まあ、離婚位ならあるかもね」
リナは煙草を灰皿に押し付けて消し、お茶を啜りだす。青年は慣れた手で灰皿を片付けに立ち上がった。
「ああ、ついでに服からお金抜いといて~」
「とっくに抜いてる」
家庭環境は分からないが、羽振りはよかったのだろう。リナに支払われた金額は、10万円にも及んでいたのだから。
「ひょっとして、生でした?」
「まさかぁ、もう子供はこりごりだって言ってたよ。その親父」
確かに子供がいるな。
青年は独りごちてから空にした灰皿を洗い出した。
二人の生活は逆転している。
昼に寝てから夕方に起き出し、仕事があればリナは出掛け、なければ青年とのんびり部屋にいる。この青年は基本的に部屋から出ないが、夕方から夜にかけて、リナと一緒であれば出掛けるのだ。そのため、買い出しはリナが休みの日に限られる。
「買い出し必要な物ってあったっけ?」
「ライター」
「ああ、そうだった」
今日も仕事が入っていた。
リナは携帯をスワイプして待ち合わせの確認をしてから、私服化した制服を着て、ローファーに足を通した。
「後コンビニでもいいからアイス買っといて。そろそろ暑くなるから、食べるでしょ」
「おお、いいね~」
手鏡で髪型と化粧を確認し、スクバを肩に掛けてからリナは青年に振り返った。
「でわいってきます」
「いってらっしゃい」
今日は弁護士らしいが、果たして本当なのだろうか。
そんな益体もないことを考えながら、リナは夜の街へと繰り出していった。
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