薬草転生物語

鬼影スパナ

薬草転生物語

 薬草に転生した。


 な、なにを言っているのか分からないかもしれないが、今の俺は草だ。

 トラックに轢かれたと思ったら薬草になっていた。

 ……草になるとは思わなかったけどさ、草に転生させるなら前世の記憶残さないでほしいよ、んもう。

 で、実はここはいわゆる異世界なんだ、その証拠をお見せしよう。

 ……ステータスオープン!


 名前:やくそう

 価値:8G(末端取引価格)

 効力:苦くて、体に良さそう


 これが俺のステータスだ!

 HPやMPとかそういうのすらないけど、こういうウィンドウが開けるとは異世界以外の何物でもないね。

 ……ってか、俺8Gなんだ。しかも「体に良さそう」であって「体に良い」ですらない。


 そんな俺は毎日元気に光合成を行っていた。太陽の光と適度な水があれば俺は生きていけるのだ。


 ここは草原。日当たり良好、適度に雨も降る。見渡す限り草ボーボーだ。とはいってもあまり背の高い草はない。せいぜい20センチくらいかな、いや、定規とかないから感覚でなんとなくだけど。


 尚、前後左右にはマイブラザーが生えている。どうやら俺、いや俺達は群生するらしい。

 マイブラザーに話しかけてみるが、返事はない。

 というか俺自身、声を出せたり体を動かせるわけではないからただ念じるだけなんだけど。

 伝わってないんだろうなぁ。

 マイブラザーたちもそんな風に考えていたりするんだろうか。


 俺はマイブラザーたちよりちょっとだけ背が高いから、俺がお兄ちゃんだな。

 なんて。そう考えてみても、目の前の草たちはゆらゆら風に吹かれて揺れるだけ。

 もちろん俺も。……って、俺、どうやって周りみてんだろ。見えるからいいけど。


 ……はぁ、せめて歩けたらなぁ。退屈だぁ。


 そう思っていたある日。人間の子供がやってきた。

 そして、にこやかな笑顔でマイブラザーをぶち、ぶちっと引っこ抜いて行く。


 や、やめろ、やめるんだ! くそっ、くそぉ、マイブラザぁああああー!!


 俺は、家族が無慈悲に引っこ抜かれていくのをただ見ているしかできなかった。

 俺は無力だ……無力で光合成しかできない身体に良さそうなただの草なんだ……

 ははっ、涙を流すことすらできやしねぇ。許してくれマイブラザー。おれは、お前たちに何もしてやることができない……


「あと1本……」


 子供の手が俺に伸びる。

 俺をも引っこ抜こうってか? 良い度胸だ、抵抗してやる。できねぇけど。意思だけでも……ッ!


 俺の体、草の部分を熱い手が乱暴にとらえた。そうか、体温のない草だから、人間の体がすごく熱く感じるのか。と、どうでもいいことを考えてしまった。


 そして、ぐいっと、本来体が動かない俺を、その子供は無理矢理に引っ張る。


 ぐ、体が引き裂かれる……ッ! ぴり、ぷち、ぶつん! という音がして、俺は根っことお別れした。

 ……痛みはない。痛みこそは無いが、根っこを失った喪失感が俺を襲う。

 喉が渇いてヒリヒリするような、そんな気持ち。喉ないけど、凄く水が飲みたい。


 ああ、マイブラザーたちもこんな気持ちだったんだろうか。

 俺は既に摘まれたマイブラザーたちの待つ布袋へ押し込められた。


「よし、この薬草があればママも元気になる……!」


 ……なん、だと……そうか、お前も、家族のために……

 フッ、何を考えていたんだ俺は。俺は薬草。ならば摘まれて人の役に立ってこそ本懐ってやつなんじゃないのか?


 ならば俺は、もう抵抗しない。最初から何もできなかったけど。

 お前の母親のために、薬となろうじゃないか。ふっ、生まれ変わった俺だが、ただ薬になるためだけの存在、それで、それでいいんだ。

 こんな俺でも誰かを救うことができるのなら、それはきっといいことなんだ。


 ……あ、でも俺達、体に良さそうなただの草なんだよな? いいんだろうか。


「ただいま! ママ、薬草とってきた!」

「おかえり坊や……ケホッ、ごめんなさいね、いつも」

「いいんだよ。ほらみて! こんなにたくさん!」


 子供は俺達を入れた布袋の口を開け、母親に見せた。

 母親は、少しやつれているがそれなりに美人だった。うん、この人になら飲まれてもいいかな。


「まぁ、こんなに? ふふ。さっそくお薬にしなきゃね」


 そう言って、母親はすり鉢を取り出した。これで俺達を磨り潰して飲み薬にするようだ。

 ……ちょっと怖いな。もういっそこのまま丸かじりしてくれればいいのに。


 ってあれ? そういえば俺、いつまで意識保ってるんだろう。もしかして磨り潰されてまぜまぜされるまで意識残ってるとか? ちょ、それは流石にキツいんじゃないかな。いくら痛くないといってもほら、なんかこう存在としてもはや生命体じゃないっていうか。え、俺なんなの? 幽霊? 薬草の?


 結局、俺は自分の体が磨り潰されるところで意識を失った。

 あの母親が元気になったかどうかが分からないのが心残りだが、今度生まれ変わるときは草じゃなくて、せめて自力で動ける動物がいいな。


  *


 そして俺は、再び薬草になった。

 ……リスポーン制かよ?! 何これ地獄? 地獄なの?! 俺なにか悪いことしたの?! これでも前世普通の一般人だったと思うんだけど!


 幸い、マイブラザーたちも生えそろっていた。若干場所が違うようだけど。ん? あれ? ちょっと景色今までと違うかな? って感じ。どっちにしろ草原だからあんまり違いはないね。


 そしてそして、ひとつ気が付いた。ここにいるのは、摘まれたマイブラザーたちだけなのだ。

 ……うん、ごめんよ、よーっく見ないと見分けがつかないんだ、薬草と薬草の違いなんてわかるかって。

 でも、みんなちょっと艶があるというか、少し色濃くなった? 俺もちょっと変わってる感じ?


 というわけで、ステータスオープン!


 名前:やくそう+1

 価値:9G(末端取引価格)

 効力:苦くて、体に良さそう。実際ちょっと良い。


 おお?! なんかプラスついてる!

 これはもしかして、薬草としての実力がついたということなんだろうか。実際ちょっと良いとか付いてるし。

 摘まれて使われることでどんどんいい薬草になっていくのか。


 よし、決めた! 俺は最強の薬草を目指す!

 ……と、意気込んでみたけど、俺自身ができることは何もない事にすぐ気が付いた。


 うん、あれだ。俺にできることは、ただ俺を摘んでくれと祈るだけか。

 だれかー、俺を摘んでくれー。


 その数日後、俺の願いが通じたのか、ガサガサと草が揺れる音がした。

 誰か来たのか!

 と、思ったけど、よく考えたら人間だとこの草原で姿が隠れることはない。匍匐前進してれば別だけど。

 どうにもそいつは匍匐前進してる人間とは思えなかった。明らかに小動物だ。


 ガサガサ、と草むらをかき分けてやってきたのは、ウサギだった。

 茶色い毛の野ウサギだ。……なんだ、ガッカリ。

 そう思っていたが、そのウサギは俺のことをじっと見ている気がした。


 なんだよ、どっかいけよ、しっしっ。


 そう思っていたのだが、ウサギはどうにも俺のことが気になっているようだ。

 ……なんだ? 俺のことが好きだとでもいうのか?

 さらにモフモフ野郎が俺に寄ってくる。

 ウサギは俺に顔を近づけてきた。すんすん、と鼻息がくすぐったいぜ。……ふふん、なかなか可愛いやつじゃねーか。


 がぶっ


 あぎゃーーーーー?!

 噛まれた! っていうか、食われた?!

 ちょ、まて、何すんだコイツ……ってそうだよ、ウサギって草食動物じゃねーか! そりゃ食うよ、俺、草だもの!

 俺のこと大好きだろうよ! 草だもの! ただし食料的な意味で!


 そのままウサギはもっしゃもっしゃと俺の事を食った。……あかん、咀嚼されるたびに意識が遠のく――


  *


 そして俺は三度みたび薬草になった。

 いやー、迂闊だった。

 俺、草だから草食動物は天敵だったわ。今度から気を付けよう。

 まぁ気を付けた所で俺は動けないからどうしようもないんだけどね。


 はい、ステータスオープン!


 名前:やくそう+2

 価値:9G(末端取引価格)

 効力:苦いけどそこがクセになる味。体にちょっと良い。


 ……あー? 味が改善されたのかな?

 あれかな。食糧としての経験ってやつ?


 ……薬草的にそれでいいのかなぁ。

 しかし今回は平原ではなかった。岩場だ。川がすぐ近くにある。

 水に困ることはなさそうかな? ここでも結構水気が飛んできてるし。

 ただ、根腐れとかしないかが不安なところだ。


 あと大雨とかで川が氾濫したら流されるんじゃないかなー。

 …………うん、あり得て困る。なんで俺こんな岩場に生えたの? 草原でいいじゃない。元々草原に居たんだからそれ考えたら大冒険じゃない?

 つーか、ここどこよ。いや、まぁ、そもそも草原もどこだったかわからないから確かめようがないんだけど。

 それに今回はマイブラザー達が居ない。孤独のやくそう+2だ。

 こんな岩場だけど、川が近くにあるってことは、もしかしたら集落も近くにあるのかもしれない。

 ……さて、俺の根っこが腐る前に俺を採取して見せろ冒険者たちよ!

 あ、野生動物の食料としても可。あんまりここ居たくないからさっさとリスポーンして別の場所に生え変わりたい。

 できればまたマイブラザー達に会いたい……ような、どうでもいいような。


 そしてそれから数日後。俺はあっさり根腐れを起こして枯れてしまった。

 ……うじゅるうじゅるとして自分の体が徐々に腐って感覚がなくなっていくのは、もう嫌だぁ……


  *


 ステータスオープン!


 名前:薬草

 価値:30G(末端取引価格)

 効力:良薬口に苦し。使用するとHPを30回復させる。腐敗を治す効果がある。


 さぁ、今回はステータスオープンから始まりました! ……やった! ついに回復効果が! しかも腐敗を治す効果まで!

 前回根腐れした甲斐があったというモノだぜ。

 っていうか、漢字で「薬草」ってことはいままでの「やくそう」はそれらしいただの草だったという事だろうか。

 いや、HPの回復とかで具体的な数字が出てるんだから、本来の薬草はそういうモノなんだろう。

 ……俺自身にHP表記は無いけどな!


 あ、で、今回俺がリスポーン場所なんだけど。

 ……なんと町中です! しかも、植木鉢! これは薬草の養殖でもしているんだろうか?

 ん? ってことは俺、もしかして種馬的な生活になるのかも? いままで花とか咲かせたことないけど、花とか咲くの? 薬草って。

 初、子孫残しなるか?!

 俺の種を植え付けさせてくれぇ……!


 やめよう。そんなに気にするほどいいもんでもなかった。だって所詮は草だもの。

 そんなことを考えてると、なにやら魔法使いっぽい青年が俺の事をじっと見てきた。


「ふむ、HPを30回復させる、か。……腐敗を治す効果か。どうしてこうなったんだ? うーん、失敗。Y9―S、破棄だな。次のY9-Oはどうだろう……」


 えっ。


 そう言いながら、青年はブチっと俺を引きちぎり、もぐっと食べた。……ええー。とりあえずHP回復させとくよってか。

 今回は喰われるまで早かったなー。



  *


 そんなこんなで、俺はリスポーンを繰り返した。何度も、何度も。

 時には動物に食われ、時には冒険者のクエストで採取され、時には溶岩地帯に生えて即燃え尽きたりもした。

 癒し、癒し、食われ、癒し、たまに燃やされ、また食われて癒して。

 乾燥させられて保存効果を高められたこともあった。あれは最悪だったな、乾燥しても意識がのこってて、半年たってようやく使われたときにやっとリスポーンしたから。


 そんな俺の今のステータスがこちら! ステータスオープン!


 名前:伝説の薬草

 価値: ― G(レジェンドレアのため、値段が付けられません)

 効力:神話の伝承にのみあるとされる伝説の薬草。死者をも生き返らせる力がある。

    あらゆる怪我・状態異常に有効。ゾンビすら生前の姿と魂を取り戻し生き返る。

    不老不死の秘薬『エリクシール』の材料。


 フッ……ついにたどり着くところまで来てしまったって感じだな。

 黄金色に輝くこの身体(草)、伝説の薬草とはこの俺のことよ!


 ……でも俺の今の住処なんだけどね。なんかすっごい高い山の上なの。頂上ね。もう雲とか下に見える。


 これ、誰か取りにくんのかなぁ。勇者くらいじゃなきゃ取りに来れないだろ。むしろ俺を取りに来た奴が勇者だわ。

 神話レベルの存在だぞ俺。生えてる場所が知られているかどうかすら怪しい。

 ひとつ前のはドラゴンの住処の奥に生えてて、命からがらドラゴンを倒した勇敢な戦士が、死ぬ直前レベルの状態で俺を食べてたな。

 きっと彼は助かったことだろう。だって、その時の俺は「超絶回復薬草+9」とかいう名前で、怪我を治してHPを最大まで回復させる効果があったもん。


 ドラゴンの住処の奥だったからてっきりドラゴンに食べられるのかなと思ってたけど、まさか人に食われるとは思ってなかったよ。

 ……いやぁ、けど流石にもうこれは限界じゃないかな。だってここ、俺以外の生命体居ないもん。草一本すら生えてない。

 しかも、俺はもう根腐れもしなければ溶岩に燃えることもなく、あらゆる劣悪な環境で生存できる超生命体だ。


 相変わらず自力で移動もできないけど。


 しっかし、俺だけがやっぱり特別な薬草だったんだろう。じゃなきゃ、もっと他にいてもいいはずだもんな。大抵の薬草には上限があるか、さっさと次の転生とかするんだろう。

 俺もさっさと次の転生がしたかったところだ……というか、転生に転生を繰り返しているのが俺なのか。

 ……うーん、人間だった頃の記憶は思い出せるけど、もう実感が無い……。


 そして、10年が経過した。


 ……誰もこねぇぇえええええ! やっぱりこんな山の上なんかに来る奴いねぇって! いくら伝説の薬草だからってお高くとまりすぎなんじゃないの?!

 こちとらこんなに分かりやすくキラキラ光ってるのに。輝きが足りないんだろうか。

 というわけで、太陽の光を浴びて尚更強く光るのが日課だ。


「これが……これが、伝説の薬草か……!」


 !? 人の声! 10年ぶりに聞いたぜ。

 Heyカモン! 俺こそ伝説の薬草さ! You飲んじゃいなYo! 今なら不老不死のオマケつきかも!


「この薬草さえなければ、世界は平和になる……ッ! この山頂に光る薬草が生えたことで起きた、くだらない戦争も、今日で終結だ!」


 は? え? なにそれ。俺が原因で戦争? なにやってんだよ。薬草ってのは癒してナンボだよ? 戦争ってことは人とか死んでんじゃん!

 ……え、えーっと、で、君は俺をどうするの? 飲むの?


「フッ……不老不死、か……そんなもの、俺はいらない……! 俺は、愛する人と共に生きて、死ぬ! ファイアボール!」


 なんとも立派な覚悟をしてきていたようだ。きっと彼は勇者なんだろう。まぁこんな辺鄙な山頂まで来た時点で勇者だろうしな。

 ファイアーボールの魔法の炎が俺を炙る。

 ……俺は、本来ならマグマでも燃えない。けどそれは抵抗した場合だ。

 意識して抵抗しなければ、マッチの火でも燃えることができる。


 ……フッ、まさか俺が最強の薬草になったことで戦争が起きるとはな。まったく罪作りな薬草だぜ、俺は。

 次はもっとこう、平和の象徴とかになりたいなぁ。


 そして、火に包まれて俺の意識は消失した。



  *


 また生まれ変わった。

 うん、見覚えがあるぞ。そう、ここは懐かしい草原だ。


 ……しかし今度はなんと、薬草ではない。俺は木の苗になっていた。

 草じゃない! 草じゃないだと?! 一体俺に何が起きたというのか。


 こういうときはすかさずステータスオープン!


 名前:世界樹(苗)

 価値: ― G(ハイレジェンドレアのため、値段が付けられません)

 効力:世界の秩序を守る樹の苗。成木になるまで最低1000年かかる。

    魂の浄化効果がある。

    その葉は死者をも生き返らせる。(ただしパーティー単位で2枚以上所持できない)

    苗木は守護者を作る能力を持っている。


 世界樹だと…!

 なんか謎の効果が付いてるが、これってもしかして平和の象徴になりたいって考えたからか?

 てか、1000年て。相当気がなげぇな。まぁ木だし仕方ないな。

 ……葉っぱが最高級の薬草っぽいけど。

 しかし守護者ってなんだろう。


 と、そのときガサガサ、と草むらをかき分ける音が聞こえた。まさか守護者か?!


 あ、ウサギじゃーん。おひさー。


 ……って、食うなよ?! 俺を食うなよ?! 世界樹だぞっ?!

 ぎゃーかじるなー! 新芽がー!


 しくしく、ウサギに新芽を齧られてしまった。やだぁ、枯れちゃうよぉ……

 いやまぁ、そんなすぐ枯れるほどヤワな薬草人生……草生? を経験してきたわけじゃないけどさー。

 つーか守護者とかどうやって作るんだよ、俺の事守ってくれよ!


 俺がそう願った瞬間、俺の新芽を食べたウサギがぱぁあっと光った。


「……ッ! 我はウサギ。世界樹を守護するもの……!」


 えっ、なんか喋り出した。何コイツ怖い。

 ……もしかして、これが守護者なの?


「世界樹を守るのが我が使命……安心召されよ」


 あの、ウサギに守られてどう安心しろと。


 そしてそれから1000年後、俺は成木の世界樹になるのだが、

 この時のウサギがなんだかんだで、あの耳の長い種族で有名な「エルフ」の祖となったのは完全に予想外の出来事であった。


 ……とりあえず、世界は今日も平和だ。


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