愚か者を排除し続けて

行世長旅

全1話

 血の繋がった我が子に、暴力を振るって殺める親。

 気の弱い同級生に、遊び感覚でいじめをする学生。

 無関係の他人に、身勝手な暴言を叫んで脅す大人。


 世の中には、自分さえ良ければそれでいいと思っている愚かな人間がたくさん存在している。そのせいで無力な被害者達は、日々を怯えながら過ごしているのだ。


 どうしてこんなことが起こってしまうのだろう。どうして悪者が蔓延はびこっているのだろう。


 このままでは、世の中が駄目になってしまう。


 例えば愚か者が何か悪事を働いたとしよう。大きな事件の場合は、法で裁かれて相応の処分が下る。


 けれど、被害を受けた人の被害そのものまでは手の尽くしようが無い。


 例えば心に傷を負った場合、例えば貴重な物を失った場合、例えば……殺されてしまった場合。


 この世には、決して代えのきかないものがある。物ならばまだしも、者ならば本当にどうにもならない。


 加害者にどのような処分を下そうとも、死んでしまった人は戻ってこない。


 ならばと俺は考えた。加害者が害を与える前にあらかじめ処してしまえば、被害者は生まれない。取り返しのつかない未来を事前に阻止できれば、悲劇は回避できるのではないだろうか。


 住み良い世界を作るための力が欲しい。


 そんな願いが天に届いたのだろう。俺はある日、人を自由に排除できる特殊能力を手に入れた。



 ******



 1人の人間がこの世全ての人間の命を握っている。事実だけを捉えるならば、これほど恐ろしい事態もないだろう。


 漫画やアニメなどでこのような特殊能力を得たキャラクターは、次々と愚か者を排除していくものだ。けれどここまではいい。問題は、排除する者も心を持つ人間だということだ。


 愚か者の排除というのは、一口で説明し終えてしまえるほどに簡単なことではない。愚かの定義は、排除し続ける人間の中にしか存在しない。


 始めは正義感から愚か者を定めるだろう。他人に害を成す悪人を、片っ端から消していくのだろう。


 しかし、人間の心は時間と共に変化していく。


 銀行で人質を取っている男を消そう。男を借金まみれにして貢がせる女を消そう。荒ぶって暴力を振り撒く若者を消そう。車のアクセルとブレーキを踏み間違える老人を消そう。老若男女、愚か者に分け隔てなど無い。


 大きな事件から小さな事件まで、全ての悪を摘み取ろうとする。そして多くのキャラクターは力に溺れ、善悪の判断を見失う。


 最も陥りやすい事態は、善悪の基準がずれていくことだ。世界規模から、身の回りの人間へ。最終的には自分本意になってしまう。


 あの人は嫌いだから消そう。あの人は自分にとってはいらないから消そう。長い勧善懲悪かんぜんちょうあく活動が心をすり減らし、すり替えていく。


 そして最後には、世界の悪となって破滅の一途をたどる。


 こんなバッドエンドなんて珍しくもない。そんな結末を知っている俺は、同じ過ちなど犯しはしない。


 俺は、力を正しく使える。


「……よし」


 志を胸に浮かべ、自身が間違った道へと歩み出してはいないと再確認する。


 ある日、俺は人間を自由に消せる特殊能力を手に入れた。力を得てからというもの、毎日愚か者の排除にいそしんでいる。


 消した人間はすでに10万人を超えていた。さすがにそれだけの人間が消えてしまえば社会問題になるのではと思われるかもしれないが、その辺りはさすが特殊能力といったところだ。消した人間が全て、始めから存在していないことになるのだ。消えた人間の辻褄つじつまを世界が合わせ、矛盾の無い世界へと作り変えられる。


 だから、俺以外の人間は誰かがいなくなっても気が付かない。


 消し過ぎればいつか破綻が起こるのではないかとも懸念けねんしていたが、こちらも心配無用らしい。原理や理屈を無視した、凄まじい力だと恐れる日もある。


「さて……と」


 テレビを見ていた俺は、部屋の壁へと視線を向けた。ごく一般的な一軒家の室内で、この壁だけは異様な雰囲気を放っている。


正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正


 模様でも、呪文でもない。いくつも書かれているその文字は、正。日本人が何かを数える際に使用する、5画の漢字。


 この正の字自体には何の力も無い。ただ単に、自身の行った結果を残しているだけだ。


 おおざっぱに数えるだけでも2万字以上は書かれている。2万字×5画だから、10万画。


 1人を消すたびに1画書き加える。特殊能力でどれほどの人間を消したのか、1人も漏らさず線を書き続けてきた。


「俺は悪くない。悪いのは、他人に危害をあたえようとしたお前達だ」


 人ではない正の字を見据え、人がいたからこそ書かれた正の字に思いをせる。


 10万人の中には、愚か者であっても悪人ではない者もいたのだろう。けれど、1度の愚かさで他人の人生を奪ってしまうのなら、悪人との差異は無い。


 故意だろうが、事故だろうが、命を奪われる側の人間には情状酌量の分別など無い。


「今日は何人消えるのだろうね」


 俺は壁から視線を外し、部屋の片隅に位置する机から椅子を引いて座る。パソコンの電源ボタンを押して起動させると、パスワードを入力してデスクトップを表示させた。


 毎日見ている画面から、毎日選ぶショートカットアイコンをクリックする。白い背景に表示された言葉は『明日のニュース』


 数多くのニュースタイトルが画面に並び、悲痛な事件が記述されている。


 一見すると普通のニュース一覧にしか見えない。けれど、日付は全て明日のものとなっている。


 ここに並んでいるニュースは、何もしなければ実際に明日発生してしまう本物のニュースだ。未来の事件が書かれている、特殊な記事。


 俺は上から順にタイトルを流し見ていく。


 『ストーカーが自宅に押し入り、女性の彼氏を殺害』『有罪判決が突如として無罪に。陪審員が買収された疑い濃厚』『いじめグループのリーダーが供述。殴られたくらいで死ぬほうが悪い』『学生が市立図書館内で花火に着火、瞬く間に全焼』『社長が社員に過剰な連続勤務を強要。過労死は避けられなかったのか』『酔っぱらいが無関係の人間に暴行』


 等々、いくつもの痛ましい内容がスクロールされていく。


 どうして、毎日愚か者を排除しているのにこれほどの事件が繰り返されるのだろうか。日本だけではなく、世界各地で同じような事件が後を立たない。


 外国語で書かれた記事も翻訳し、全てのタイトルを確認する。そして、ページの一番下へとたどり着いた。


 そこには1行の文章が記載されている。


 『排除したい人間の名前を入力してください』


 子供のいたずらのような、稚拙な語句。いじめられっ子の中学生が復讐願望から思い付きそうな名前のそれは、除名リストと言ったところだろうか。


 けれど、この除名リストは妄想でもお遊びでもない。


 本当に人間を排除してしまえる特殊能力を、扱いやすくするためにパソコンへと具象化したものだ。


 俺は各記事を読んで加害者の名前を確認し、除名リストに次々と名前を打ち込んでいく。1人の人間の裁量でたくさんの人間が存在を否定されていくこの光景は異常そのものだ。何度行っても慣れるものではない。


 むしろ排除に慣れが生じてしまえば、前述した通り善悪の基準が自分本意になってしまう。世界の悪となってしまうキャラクターのようにならないためにも、慣れてしまってはいけない。


 多くの名前を入力して最後に、同名の無関係者が巻き込まれてしまわないように『明日起こる事件の加害者である』と追記する。


「この世界に、他人の人生を勝手に奪うやつはいらない」


 加害者がいなくなれば、被害者は生まれない。


 奪わせないために、俺が奪う。


 ともすれば矛盾している理論だが、これが1番の解決策なのは間違いない。俺の倫理観や人間性に異常が無ければの話なのだが。


「仮に俺が異端児だとしても、お前達が愚か者であるという事実は変わらない。だから、さよならだ」


 とむらいですらない一方的な別れを告げる。『本当に排除しますか?』と表示する画面で、エンターキーをタンッと音を鳴らして叩く。


 次の瞬間、いくつも並んでいた事件タイトルが全て消えた。

 

 加害者があらかじめ排除されたのだから、事件はそもそも発生しない。


 明日の不幸を、未然に防げた。


 次いで立ち上がって壁へと向かい、消えた人数分だけ線を書いて正の字を足していく。


「いつか、人を消さなくても済むようになる日はくるのだろうか……」


 そんな望みを呟きながら、日課を終えて嘆息をついた。


 翌日、俺はリビングのソファーに腰かけてテレビを点けた。こちらも日課となっている、ニュースの確認だ。


 報道されるニュースは平和そのもので、不穏な事件などほとんど無い。


 初めて排除を行った時は、能力自体が嘘なのではないかと疑いもした。けれど、有名人を排除した後にネットで検索をかけてみると、何の情報も出てこなかったことがある。そのおかげで、除名リストが偽りではないのだと確信を持てた。


 今日もパソコンを起動させ、除名リストに名前を打ち込んでいく。


 未来の加害者をあらかじめ排除する。


 そんな日々を何日も過ごしていった。


 何度も、何度も、何度も人を排除し、消した分だけ線を書く。


 するとニュースの様相に変化が生まれた。


 考えなしの暴行などが少なくなり、頭を使った詐欺系の事件が増えてきたように感じる。単純に知能指数の低い愚か者が少なくなってきて、悪知恵を働かせる愚か者が増えてきたということだ。


 だからそいつらも消して、消して、消して、何度も正の字を書き足していく。


 春が過ぎ、夏も過ぎ、秋も過ぎ、冬も過ぎた。


 消し続けて5年ほど経過したとある日、ようやく活動の終着が垣間見えた。連日起こりかけていた悲痛なニュースが、1件も表示されなかったのだ。


 そしてこの日を境に事件は特に発生しなくなり、ついには1週間連続で事件数0件の快挙まで達成した。


 人口はどのくらい減っただろうか。少なくとも、数えるための正の字が役割を果たせないほどには排除されている。壁だけでなく天井や床にところ狭しと書かれている正の字が、部屋一面を黒く染めていた。


 俺はやり遂げた。愚か者を排除し続けて、有能な人間だけを残せたのだ。


 これでもう、不幸な被害者は生まれない。


 達成感から涙が浮かび上がる。この日をどれだけ願ったことか。誰もが悲しまない誠実な世界を、どれだけ渇望したことか。


 安全になった世界で恐れるものは何も無い。俺は1人で達成パーティーを開催しようと思い、悠々と外出した。


 部屋にこもって愚か者の排除を続けていたため、街の様子を見るのも久し振りだ。パッと見ただけでもかなり変化していて、とても静かだと感じる。


 迷惑を振り撒いて騒ぎ立てる愚か者がいないだけで、世の中はとても静謐せいひつになるのだ。


 ドーナツ屋に入店し、いくつかの商品をトレーに乗せてレジに向かう。今日は全品100円のセールが行われていたため、多くの客が来店していた。


 結構人が並んでるなぁ……。これは少し時間がかかるかなぁ……。


 などと思いながらも列に並ぶ。


 しかし想像とは裏腹に、前に並んでいる人がみるみるうちに減っていった。すぐさま俺の会計が始まる。


 そして驚かされた。


 前の客の会計が終わった直後から、すでにレジ係の女性スタッフは俺の商品を確認し終えていたのだ。手元では素早くレジ打ちが行われており、俺がトレーをレジ台に置いた時には合計金額の計算が終わっていた。


 凄い優秀な子がいるんだなぁ……。などと俺が感嘆に目を見開いていると、女性スタッフが営業スマイルと共に口を開いた。


「合計で440円になります」


 俺は財布の中を確認し、小銭を取り出しながら手のひらの上で金額を確認する。


 するとその時だ。シン……と空気が張りつめるような、ただならぬ雰囲気を感じ取った。


 周りをチラと見てみると、多くの人が俺へと視線を向けている。視線に込められた感情は、奇異や怒り。


 何だ……? どうして皆そんな目で俺を見るんだ……?


 突然の事態に困惑する他ない。奇妙な恐怖が胸を締め付ける。


 無理解の畏怖いふに襲われて身を固くしていると、女性スタッフが異変を察知したのか声をかけてきた。


「すみませんがお客様、他のお客様のご迷惑になるので、会計の遅延行為はご遠慮願います」


「あ、あぁ、すみません」


 手を止めて列の流れを止めてしまっていたと気が付いた俺は、とっさに謝ってすぐにお金を出した。


 会計を済ませてレジから離れる。その際、また合計金額の早打ちは行われているのかと女性スタッフをうかがい見た。


 そして再び、目を見開いた。


 俺がレジから離れて5秒ほどしか経過していないにも関わらず、女性スタッフは次の客の合計金額を算出し終えている。ここまではギリギリ想定内だったが、それに加えて客がトレーと一緒に小銭をレジに置いていた。その小銭も合計金額ピッタリだったらしく、釣り銭のやりとりも行われずに会計がスムーズに終了する。


 並んでいる客をよく見てみると、全員がトレーと一緒に小銭やクレジットカードを手に持っていた。その客達も会計が始まったと同時にお金やクレジットカードを渡し、釣り銭無しの高速決済を次々と行っている。


 皆凄いなぁ……と素直に感嘆した。そりゃあ全員があらかじめ暗算してお金を用意していたら、列が素早くけるのも納得だ。


 愚か者がいなくなった影響は、こういったところにも変化を起こしているらしい。人類全員が優秀だと、些事の無駄を省いた行動が日常的に行われているのだろう。


 感動を抱きながら店を後にし、家に戻ってリビングでソファーに腰かけた。


 ドーナツを頬張りながらスマートフォンを手に持ち、動画サイトでとある投稿者の動画を検索する。


「……あれ? 出てこないぞ」


 しかし目当ての投稿者は出てこなかった。アホっぽくて面白い企画を考えていて、よく笑わせてもらったのに。


 不思議に思いながらもさらに詳しく検索をかけると、サイトの底にようやくチャンネルを見つけた。


 投稿動画履歴を見てみると、最終投稿日は2年前になっていた。その動画の再生数は、流行っていた時の1000分の1も無い。


 人気投稿主の最終動画が、どうしてこれほどまでに低い再生数となっているのだろう。


 疑問を抱いたまま投稿動画をさかのぼってみると、どの動画も俺が知っているほどの再生数を稼いではいなかった。


 いつからか急激に人気が無くなったのだろう。そう思い至り、さらに動画をさかのぼる。


 そして、再生数の落差が激しい日付を見つけた。


「約5年前からだ……。これって、俺が愚か者を排除し始めた後ぐらいからか……?」


 1つの想定が浮かぶ。アホっぽくて面白い動画がウリだったが、その再生数を稼いでいたのは愚か者達が多かったのではないだろうか。愚か者達がいなくなったことにより、動画を見てくれる人がいなくなったとは考えられないか?


 そのままコメント欄を表示し、書き込まれた発現を確認する。


 そこに書かれていた内容は、動画を否定するものが多かった。


 『何が面白いのか分からない』『幼稚園児も笑わない』『日本の恥』『これが大人のやることか』


 殺伐とし過ぎているように感じる。これほど目の敵にする必要があるのだろうか。確かに生真面目な人には合わないかもしれないが、こういった笑いがあってもいいじゃないか。


 そんなことを思いつつも、結局動画の再生数が減り続けて投稿をやめてしまったのだからどうにもならない。


 愚か者達からとはいえ、チャンネルの存続に貢献されていたのだと考えれば多少の罪悪感は込み上げる。むしろそういった人達の波長に合っていたからこそ伸びたチャンネルなのだろう。


「……いや、違う。それだけじゃない」


 そこまで考えて、俺は自身の想定に違和感を抱いた。


 いなくなったことだけが原因じゃない。アホっぽい内容自体を、世間が受け入れていないんだ。


 愚か者達がいなくなり、世界は平和が訪れたと同時に平均知能指数が上がったのだと推測できる。それにより、世界と投稿主の波長と合わなくなった。


 間違いない。世間体に淘汰とうたされたんだ。


 などとおののいていると、新着動画で1つ気になるタイトルを見つけた。


 『ドーナツ店の会計遅延行為に議論の嵐』


 見つけた瞬間、ぞわりと怖気おぞけが込み上がった。まさかなと心がさざめき立つ。


 投稿されてからまだ3分しか経っていないその動画を再生する。内容は、掲示板やスレッドなどといった多人数が発言を交わせるサイトから意見を簡潔にまとめたものだった。


 『人がたくさん並んでいるのが分かっているのに、あらかじめお金を用意しないのは非常識』『時間泥棒』『早くクレジットカードの所持を義務化しよう』『義務化というならば、お金の事前準備は義務化されているわけではない。周囲への配慮不足だとは思うけど』


 そういった、会計を滞らせた何者かへの批難が書き込まれていた。


「間違いない……。これは、俺のことだ……」


 どうしてこんな、記事にまとめられるような事態になっているのだろう。確かに客はたくさん並んでいたが、レジに着いてからお金を用意しただけで議論にまで発展するものだろうか。


 俺はそこまで考えて、先ほど自身が推測した事象を思い起こした。


 平均知能指数の上昇。


 俺が愚か者を排除する前は何とも思わなかった行動が、全体的な知能の上昇により常識に変化が起こったんだ。


 元々常識なんてものは、誰が定めた訳でもない曖昧で不定形の何かだ。その平均を引き下げていた者達が居なくなれば、世間が求める常識とやらがより厳しく律せられるのは必然。


 周囲の人間が優秀過ぎて、俺がついていけてないのだと理解した。


 そして、それからの日々も平穏とは言えなかった。


 買い物に出かければ知らない常識に困惑し、仕事をすれば業務が高度過ぎてミスを重ねる。

 

 しだいに、周囲の人間から後ろ指を指されるようになった。


 愚か者がいなくなったはずなのに、どうして俺はこんなにも生きにくいと感じているのだろうか。誰もが頭を抱える愚か者を排除すれば、世界は住み良いものになるはずじゃなかったのか。


「………………あぁそうか」


 考えに考え抜いて、1つの結論に思い至った。俺はべつに、自身が愚かだとは思わない。けれど愚か者がいなくなった結果、相対的に俺が1番の愚か者になったんだ。


 愚かの定義なんて、他人が勝手に決めているだけに過ぎない。


 そんなことにさえ気が付かなかった俺は、なんと愚かなのだろうか。人に暴力を振るうような愚か者がいなくなろうとも、知能に差異が存在する限り相対的な愚か者は必ず生み出されてしまう。


 能力格差は無くせない。差別は無くせても区別は無くせない。誰かにとっての愚か者なんて、無くならない。


 俺はおぼつかない足取りで歩き、正の字で埋め尽くされた真っ黒い部屋に入る。


 相対的な愚か者を排除し尽くすには、それこそ人類が最後の1人になるまであり得ない。


 そして俺には、それを実現させられるだけの力がある。


「……いや、何をバカなことを考えているんだよ。俺1人だけの世界なら愚か者がいなくなるなんて、まさに俺が嫌う愚かな思考じゃないか」


 脳裏を過った下策をすぐさま破棄し、パソコンを起動させてショートカットアイコンをクリックする。


 画面をスクロールし、目当ての除名リストにカーソルを合わせた。


「愚か者は世界にいらないもんな。他人の人生を一方的に奪う愚か者は、いさぎよく消えるべきだ」


 俺は正の字で埋め尽くされた真っ黒な壁にわずかな隙間を見つけ、シュッと1本の横棒を書く。


正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

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正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正正正正正

正正正正正正正正正正正正正正正正 ̄


 棒の数が、俺が消した人間の数。最後の1本はその前書きだ。


 この世で1番愚かな人間の名前を除名リストに入力し、懺悔ざんげの祈りを乗せた指先でエンターキーを押した。

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