34.四人で夕食

「みすぼらしい小屋だな……」

「はは、師匠も遠慮ないねェ! でも、野宿よりはマシだよ」


 ウェルガーとリルリルの家から五〇メートル離れた場所。

 そこに、みすぼらしい小屋ができた。

 作ったのは、カターナだ。

 ウェルガーの押しかけ弟子となった少女だ。


 森の中を風が吹き抜ける。

 その小屋を覆っている葉っぱの何枚かが飛んで行った。

 

「風で、葉っぱが飛んでいくぞ」

「まあ、些細なことだよ。平気、平気」


 その風に真紅の髪を揺らしながら「師匠、細かいねェ」という感じで言い放った。

 小屋はそこらで拾った枝を組み合わせ、三角形のテントのようにして、葉っぱを乗っけたものだ。

 作ろうと思えば、小一時間で作れるだろう。

 よく言えば、サバイバルキャンプのシェルターという感じのものだ。

 それも、雑で最低の出来の部類に入るレベル。


 ウェルガーは腕を組んで考える。

 問題はだ――

 弟子をこのような場所に住まわせていることをリルリルがどう思うか?

 この一点につきるのだった。


(リルリルは超絶的に可愛い上に、凄まじく優しい…… マジ天使のレベル。いや女神だ)


 この小屋をリルリルが見たら「可哀想、なんでこんなとこに住まわせるんですか!?」と言ってくることはまず間違いない。

 ウェルガーが「これも修行の一環だから」と言えば、おそらく表面上は納得してくれるだろう。

 しかし、リルリルの心の奥に「アナタは冷たいです」という気持ちを生じさせる可能性もある。


(それは、絶対に避けねばならぬ)

 

 引退した元勇者のウェルガーは幼妻エルフの「リルリル至上主義者」なのだ。

 この世の全てのことは、リルリルを幸福にするために存在せねばならないという厳しい主義だった。


「ワタシが住むんだし、ワタシがいいならいいっしょ。それより、修行はぁ?」

「素振りは? 毎日三〇〇〇回だ」

「あ、もうやった。三〇〇〇回くらい、すぐ終わっちゃうよ」


 そう言って彼女は背中の大剣を抜いた。

 一八〇センチを超えるウェルガーの身長より明らかに長い剣だ。

 おまけに、分厚く幅広い。刃の部分だけ鏡面のようにゾッとするような光を放っている。


 ヒュン――


 大気を切り裂く衝撃波が走り抜けた。

 地面の枯れ葉が舞い上がり、木々の枝が揺れる。

 おまけに、みすぼらしい小屋の葉っぱも飛んでいく。

 枝を適当に組み合わせてある骨組みが露出した。

 

「振ってみたけど、どう? 師匠」


 隻眼の少女は、露わとなっているルビー色の瞳でウェルガーを見やった。

 

「一〇回か……、あ…… まあまあだな……」


(はえぇぇよ。なんだコイツ。目では追えるけど…… もし――)

 

 ウェルガーの勇者の力は封印されている。

 ちなみに、それは公になっていないので、カターナは知らない。

 魔王をワンパンで衛星軌道上に乗せたそのままの力を今も持っていると思っている。

  

(下手に立ち会いとかしたら、不味いかもしれん……)


 ウェルガーの背中に冷たい汗が流れる。

 力を封印されているとはいえ、ウェルガーの身体能力は「人外」レベルだ。

 勇者の力の元となる、体内の魔力核一〇〇〇個が封印されているだけだ。


 膨大な魔力を制御するために、赤子の時から狂気といっていい修行を積んできた。

 その彼をしても、カターナの斬撃は目では動きを追えるが、身体がそれについてこれるかどうか分からない。

 並の人間が認識できる最小の時間単位の中で、巨大な大剣を一〇回、振り回したのだ。


(まあ、封印解いて一〇分の一の力を出せれば、問題はないけど……)


 ただ、そのためにはリルリルの血を舐めねばならない。

 針の先ほどの傷でいいのだが、それですら、彼女を傷つけるのは、ウェルガーにとっては重大事項だ。


「斬撃回数もお見通しかぁ、で、まあままかぁ…… 結構、本気出したんだけど、勇者様の目はやっぱ厳しいね」


 そう言ってカターナは、軽々と左手一本で背中の鞘に大剣を収める。

 右手は大魔族戦争で引きちぎられ、今はその魔族の腕が移植されている。

 黒い長い手袋で隠しているが、右腕には岩のようなウロコがある。


 ちなみに、さっきの素振りは左手一本で行ったものだった。


「あ、そうだ」

「ん? 師匠どうしたの?」


 ウェルガーは、普段は絶対に思い出したくない人物を脳裏に描いた。

 彼の師匠であるニュウリーンだ。


 年齢不詳の巨乳。天才武道家であり、勇者ウェルガーを育成した、師匠というより育ての親といってもいい。

 彼女はまだこの島にいるのだ。王国からの船が来たので、身をひそめているのだろう。


 王国で、王宮の賢者をタコ殴りにして、勇者の封印解除の秘密を手に入れやってきたのだ。


 つまり、カターナをニュウリーンに押し付けたらどうかと思ったのだ。


(そういえば、あの変態・サイコ師匠はどうしたんだろうか…… 街にいる気配を感じるが)


 常軌を逸し、狂気を超えたレベルの修行で、ウェルガーを鍛え上げた師匠のニュウリーンとはしばらく顔を合わせて無かった。

 会わせたいとも思わなかったが。


(しかし…… 無理か―― あの変態は『男の子』以外育てる気はない)


 幼少期の忌まわしい記憶とともに、ウェルガーはその結論に至る。


「いや、なんでもない。とにかく、この家はなぁ…… もう少しまともにできないか?」

「無理だよ。師匠。だいたい、ワタシは野宿か宿屋泊まり専門だし、家なんか作ったことないしさぁ」

「そりゃそうかもしれんが、それにしてもなぁ……」


 あらためて、カターナの作ったポンコツみたいな雑な小屋を見やる。

 北京原人でももう少しましなモノを造るんじゃないかとウェルガーは思った。


 今回の王国からの船で大工など専門の職人も島にやってきている。

 しかし、それは街や港の建設のための人材だ。

 弟子の家を作らせるために、使うのは躊躇(ためら)われる。

 

 そもそも、今のウェルガーの家ですら、島民に手伝ってもらったとはいえ、素人集団で造ったものなのだ。


「う~ん…… まあ、仕方ないか。しばらくは……」


 ウェルガーはポリポリと頭をかきながら、そう言うしかなかった。


        ◇◇◇◇◇◇


「ただいまぁ! リルリルぅぅ!」

「アナタ、お帰りなさい♥」


 ウェルガーが自宅に帰ると、リルリルが長い耳をパタパタさせて飛びついてきた。

 それを抱きかかえるウェルガー。

 小柄で軽いリルリルは軽く持ちあがってしまう。

 

(あああ、匂いといい、柔らかさといい、ああ…… この軽い身体が愛おしすぎるぅぅ)


 後では、夕ご飯を一緒に食べることになっているカターナが呆然とそれを見ている。

 溺愛どころの話ではない。

 しかし、勇者が妻のリルリルを溺愛し、リルリルが「弟子にしてあげて」と言ったおかげで弟子入りできたのだ。

 カターナにとっては、感謝こそすれ文句を言う筋合いのものではない。

 ただ、なんとも目のやり場に困るのは事実だった。ひとつしかない瞳であっても。


「リルリルゥゥゥ! 可愛いよぉぉぉ! もう、大好き過ぎるよぉぉぉ!」


 柔らかいリルリルのほっぺにスリスリするウェルガー。

 

「いやぁぁ♥ ザラザラするのぉぉぉ♥ そんなに、ギュッとしないれぇぇぇ♥」


 耳をパタパタさせて、甘い声でリルリルが言った。

 空気が蜂蜜のように甘くベトベトになってくるような感じだ。


「鍋、煮えた。出来た」


 文節を区切るような淡々とした声。

 べたアマの空気は、自分には全く関係ありませんという感じの声。

 ウェルガーは、リルリルを抱っこしたまま、声の方を見た。 


「マリュオンか……」


 錬金術師に創られた人造魔法使い。

「造られし者(ビーイング)」と呼ばれる存在。

 それが、ジッとふたりを見つめていた。

 透明な視線は、何の感情も感じさせない。相変わらずだった。


「手伝ってもらっていたのか」

「そうです。すごいです! マリュオンは!」


 ウェルガーは「割れ物注意」のようにそっとリルリルを降ろす。

 リルリルはマリュオンの方に向けトットットッと歩いて行った。


「晩御飯も並べてくれたのですか? 本当に助かります!」


 リルリルはマリュオンの手を取って言った。


「…… 造作もない」


 一切の感情が見えない、声音にほんの微量の揺らぎのようなものが感じられた。

 ウェルガーは「照れてるのか? もしかして」と思った。

 リルリルの表裏の無い明るさは「造られし者(ビーイング)」の心も変えてしまうのかもしれない。


「すごい…… こんなご馳走、久しぶりだ――」


 テーブルに目をやったカターナがそう言ってゴクリと唾をのみ込む。


 テーブルの上には四人分の取り皿。

 真ん中には大きな鍋。

 

 山で獲れた鳥肉、魚肉、山菜を煮込んで、味を付けた物だ。

 基本は塩味だが、肉や魚で出汁が出るので味は悪くない。

 リルリルが作る料理はみな美味しいが、特に、この鍋はウェルガーも大好きだった。


 そして、いつもようにセラミックのように硬いパンも山のように用意されている。

 味は悪くないのだ。ただ、滅茶苦茶硬いだけだ。


「じゃあ、ご飯を食べます。みんな一緒です。四人でご飯です!」


 リルリルの声でみんなが席に着く。

 

 ウェルガーは新妻心づくしの晩御飯を堪能するのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る