33.ハーレムなどいらぬ! リルリルさえいればいい!

 ウェルガーは大きく息を吸い込んだ。

 それにしても、頭の痛い問題だ。

 

(なんで、次から次へとやってきて、俺とリルリルのいちゃラブ新婚生活を邪魔する! マジで!)


 彼はやり場のない怒りを込めて心の中で叫んだ。まあ、叫んだところで、どうしようもないことだけど。


 正体不明――

 もしかしたら、ナチス・ドイツかもしれない者たちがこの世界に転移してきた可能性もある。

 かなりヤバいかもしれない。


 そして、その次は、殺意と殺傷本能の塊のような弟子を取る羽目になった。

 でもって、今度は、所有者を失った「魔法兵器」の少女がやってきて所有者になれと迫るのだ。


 世界を救い、超絶的に美しいエルフの美少女リルリルを嫁にできた。

 一〇歳の幼妻だ。そして、南の島の領主になり、その島の開拓を進めている。

 それもやりがいのある仕事だ。仲間もいいやつばかりだ。


 ここまでは、狂気の修練を積み勇者となり、世界を救ったご褒美だろうと思っていたわけだ。

 ある意味、もうハッピーエンドの後日談的世界にウェルガーはいると思っていたのだった。


 ところが、異世界はそれほど甘くはなかったということだ。


 ウェルガーは、目の前にチョコンと座った人形のような少女をみやる。

 マリュオンという名の「#造られし者__ビーイング__#」で、恐るべき魔法兵器と言ってもいい存在だ。


 室内なので、ずっとかぶっていた真っ黒で尖ったに帽子(いかにも魔法使いですと主張しているモノ)は脱いでいる。

 ガラスの繊維のような銀髪を後ろで一本の三つ編みにしている。

 帽子を脱ぎ、その髪が露わになったことで、余計に人間離れしたモノをウェルガーは感じていた。


 飛びぬけて美しい存在であることは確かだが、どこか作り物めいて見えていた理由が分かった気がした。


「ちょっといいかな?」

「なんですか」


 マリュオンが答えた。瞳が精緻な機巧のように動く。


「俺が所有者に成るのを断った場合どうする?」

「義務の放棄ですか?」


(なんで、そんな責めるようなこと言うの? それ、俺、悪いの?)


 ウェルガーはそう思いながらも会話を続ける。


「なんでもいいけど、所有者に成らないと俺が言った場合。つまり、絶対にならないと拒絶した場合、どうするんだ?」

「二番手の所有者候補のところに行きます」

「二番手?」

「はい」

「キミの所有者になるための基準というものはあるのかな?」

「…… 前所有者の遺言にある者、命を救ってくれた者、危機を救ってくれた者、後は自由に名乗りを上げた者」


 ウェルガーの質問に黙って静かな視線を向け静止するマリュオン。


「つまり、遺言はなく、命を救った俺が所有者の第一候補なわけ?」

「そうです」

「二番手以降の人たちは?」


「自分の所有者に成りたい者は多くいます―― 名乗りを上げている二番手以降の希望者が何らかの方法で、所有者を決めるのでしょう」

「そうかぁ…… 何らかの方法ね……」


 その方法がどんな方法か?

 どう考えても、平穏な話し合いとは思えない。

 奴隷のようにセリにするわけにもいかない。

 その金を受け取る存在がいないのだ。


 今、世界はまだ対魔族戦争の荒廃から立ち直ろうとしている最中だ。

 勇者だったウェルガーが力を封印した今、この世界で最も強力な存在はこのマリュオンかもしれない。


(こりゃ、危険すぎるか。俺の目の届くところに置いておいた方がいいか……)


 魔法使いとして相当な攻撃力を持った存在であることは確かだ。

 しかも、所有者の命令に絶対服従なのだ。


「あ、もうひとつ。所有者が敵を殺せといえば、殺すか? 相手がどのような者でも」

「殺します。命令は絶対です」


 さらりとマリュオンは言った。何のためらいも迷いもない純粋すぎる言葉だ。

 半ズボンの少年に操られる、大日本帝国の秘密兵器だったロボットのようなものだ。

 良いも悪いも所有者次第。マリュオン、マリュオンどこへ行く?

 ビルのまちで「がおー」とかは言わないと思うが。この世界にはビルがないし。


 隣ではカターナが「そりゃそーだろう。当然だよな」という顔で頷いていた。

 コイツも精神性においてかなり危険であったが、弟子にしたので教育できる。多分出来ると思う。


 しかし、マリュオンの場合、そうもいかないだろうとウェルガーは思う。


(やはりやばいな……)


「マリュオン」

「はい」

「最初に言っていた、三つの原則の変更は、所有者になればできるのか?」

「それは、自分の魂の構造(アーキテクチャ)に関わるので、できかねることです」

「そうか……」


 この世界の錬金術師の危機管理能力は明らかに、元の世界の某SF作家に負けていた。

 二番手以降の人間がどんな奴かはしらないが、マリュオンの所有者になりたがる者が善人で野心の無い者である可能性に掛けるのは危険すぎる。

 それでなくとも、この世界では、人の命は軽い。元の世界のような人権意識などないのだ。


(いや、個人の問題ちゅーより社会の成熟度と、魔法を含めた兵器の進歩のバランスが揃ってないんだよなぁ……)


 ウェルガーが自分で勇者を引退し、力を手放したのは「世界中の人間」に対し責任を負いたくないというものあった。

 そして、それが受け入れられたのは、彼の力があまりに強大すぎて、誰かの物になってしまった場合、大変なことになるからだ。

 平和な時代になったのに、意志をもった大量破壊兵器が存在するようなものだからだ。


 その意味では、マリュオンも同じだ。

 魔王を瞬殺し、魔族軍団を殲滅したウェルガーの影に隠れているが、その存在は十分以上に危険だ。


「うーん…… いかんよなぁ……」

 

 ウェルガーは腕を組んで天井を見上げ考え込む。

 答えはもうひとつしかないのだが、それがリルリルにとって幸せかどうかがウェルガーにとっては問題だ。

 

 人形めいた、変な魔法使いがラブラブの新婚生活に割り込んでくる。

 しかも、殺傷本能の塊みたいな押しかけ弟子まで来てしまっている。

 そして、エルフでリルリルと仲のいいラシャーラだって戻ってくるのだ。


 これが、ハーレム展開を望むものであれば、大歓迎なのであろう。

 しかし、エルフの幼妻リルリル一筋。ウェルガーはハーレムなどクソだと思っている。


(俺にはリルリルさえいればいい――)


 何度も繰り返したその思いを更に強くする。

 もはやそれは、彼の中では信仰の信念に近い物となっているのだ。


 リルリルとのいちゃラブえっち三昧の平穏な新婚生活を願う彼にとって、他の女など眼中にない。


 端的にいって邪魔なだけの存在だ。まあ、リルリルと仲良しのラシャーラは全く別であるが。

 彼女はウェルガーにとっても大事な友人だ。


(一気にふたりか……)


 目の前に座る。タイプの違う少女をみやるウェルガー。

 鮮血をぶちまけたような髪の色をした隻眼、隻碗の美少女剣士カターナ。

 右腕は移植手術で何かの魔族のものをくっつけたらしいが……

 やったのは、教会関係の治癒魔法の使い手らしい。


 精緻なガラス繊維のような銀髪の人形のような美少女マリュオン。

 なんの感情も読めない相貌をじっとこっちに向けている。

 錬金術師が創った「造られし者(ビーイング)」の魔法使いだ。


 部屋は一つ空いているが、いずれラシャーラが戻ってくるのだ。使うことはできない。

 となると―― また、増築?


 と、そこまでウェルガーの思考が流れた。

 そして、彼は気づいた。


(あ、一緒に住む必要はないのか……)


 ウェルガーはそれに気づく。どこか適当なとこに家でも造って住んでもらえばいいのだ。

 カターナもマリュオンも、通いのお手伝いさんみたいにすればいいか? 

 そうすれば、リルリルも楽が出来るだろうし……

 そうだ、カターナには家の近くに畑でも作ってもらうかぁ……

 

 ウェルガーは概ね、結論に達した。これであれば、皆が幸せになるだろう。

 妥協案とすれば上出来な感じだった。


「分かった、俺は、マリュオンの所有者になるよ――」

「了解です。マイオーナー」


 マリュオンは淡々と返事をした。

 そして、ウェルガーは危険な魔法兵器ともいえる、少女の所有者になったのであった。

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