30.弟子にしなければぶち殺す!
「あのぉ~ そろそろワタシの方もいいですか?」
地べたから声が聞こえた。「自分の順番が来ました?」的な感じの声だった。
真紅の長い髪をした少女だ。
(え、まだいたいの? ずっと土下座していたの? マジで?)
ラシャーラとリルリルがやって来る直前に、ウェルガーに「弟子にしてくれ」言って土下座した少女だった。
いまだに、地べたに這いつくばっていた。土下座のままだ。
邪魔にならないように、土下座の姿勢で黙っていたようだ。
気配すら断っていたのかもしれない。存在感が消えていた。
「勇者ウェルガー様! 弟子に! 弟子にしてください! でなければ、殺してください、ここで! ぶち殺してください! 思う存分に! 手足を引きちぎって、腸を引き裂き、首を引きちぎり、目玉を抉ってむごたらしく殺してください!!」
「アホウか! なんで、殺す? しかもそこまで残虐に!」
そんなことを嬉々としてやるのは、師匠のニュウリーンくらいなものだとウェルガーは思った。
「では、弟子にしてくれるのですね!!」
凄まじい論理の飛躍で、強制的に弟子入りしようとする少女だった。
土下座からから顔を上げる。隻眼で鋭い視線をウェルガーに向ける。
やや釣り目気味だが、大きなルビーのような瞳。十分以上の美少女だった。
「ワタシを弟子にしたくなければ、ワタシを殺す。ぶち殺す。徹底的に血と肉塊にとして、そこらに野晒しにしてください。野垂れ死にの方がマシだッ!」
少女は島の環境とか風紀とか衛生とかを一切考慮しない、発言をかましてくる。
「やだよ―― それに俺は、弟子は取らないし、今はやることが多くて、教えられることもないよ」
実際、弟子をとって何かを教えるということは、暇もなければ方法もない。
ウェルガーは、変態・サイコ師匠の「狂気」の修行しか経験していない。
あれを他人にやる気は毛頭ないのだ。あんなものできるわけがない。
それに、ウェルガーには一〇〇〇の魔力核がある。生まれつきのモノだ。
その強さの根本が常人と違うのだ。弟子をとってもそれを身に着けさせることなどできないのだ。
「では―― 死ぬしかないと…… ここで、殺されるしかないわけだ。それも上等――」
少女の口調が変わった。いや、むしろこっちが少女本来の姿ではないかとウェルガーは思った。
「ぬぉぉっ!!」
「キャッ!!」
ウェルガーはリルリルを抱きかかえ、一瞬で後方に飛んだ。
今まで、ウェルガーの居た空間を衝撃波が貫いた。
そして、巨大な鉄塊が、大地に突き立っていた。
その質量だけで、見る者の#気魂__きこん__#をへし折ってしまうかのような大剣だった。
漆黒の鉄塊。その刃の部分だけが、鏡面のように滑るような光を放っている。
「おまっ!! あぶねーだろ!! 俺の島で勝手に剣を抜くな! 決まりだ!」
「立ち会って、ワタシを殺せ! 殺せ! 殺さないなら、ぶち殺す! 弟子にしてくれないなら、殺すぞ! ぶち殺してでも、弟子になる! じゃなきゃ、殺せぇぇ!!」
その言葉には論理性も理屈の欠片すら存在しなかった。
トン単位で計量するんじゃないかと思うような大剣を地面から引き抜き、ぐぃっと構えた。
鋭い切っ先をこちらに向け、殺意の塊のようになっている。
真紅の長い髪が、殺意に満ちた空間を帯電したかのよう舞っていた。
殺意が音になってバチバチと聞こえてきそうだった。
「ダメです! なんで剣を抜くんですか! 戦争は終わったのに」
ウェルガーに抱っこされながら、リルリルが言った。
「戦争は終わった…… そうだ…… だけど…… 強くなりてぇ…… 対魔族戦争でワタシは弱かった…… 強くなりたい…… もっと、もっと、勇者のように――」
リルリルの声で少女の身体から殺意が消えて行く。
彼女は軽々と、手に持った大剣をすっと背の鞘の中に収めた。
まるで、そこらの小枝を扱うようにだった。
「その右腕……」
ウェルガーはその右腕を見て声を漏らす。
黒い長い手袋のようなもので、肘から上まで隠れていた。
ただ、今の動きで、それがズレ、手袋の下の肌が見えていた。
(ウロコ? ドラゴンみたいな? なんだ―― 待てよ、隻眼、隻碗――)
ウェルガーにはその右腕が人類のモノで無いことが分かった。
人ではあり得ない岩石のようなウロコがまばらに存在していた。
「はは、見えた? 右腕は、戦争で魔族に千切られてさぁ、右目もだけど――」
「でも、ちゃんと右手があります――」
リルリルが不思議そうに言った。
右目は眼帯をしているが、少なくとも右腕は存在している。
「凄腕の治癒魔法の使い手―― 教会の人間に代わりの手をくっつけてもらったんだ。とびきり強い腕をね――」
「魔族の腕か?」
「材料だけはいっぱいあったからね――」
肯定と同じ意味の言葉だった。
彼女は口元に何とも形容しがたい笑みを浮かべ言った。
敵であった存在が、今は自分の一部となっているのだ。
「右目も、同じようにやってるけど―― 晒しておくと、日常生活が不便でね。ま、見た目は、右腕ほどには悪くないんだけどさ」
「魔族の……」
リルリルが怯えたような声を出した。
ウェルガーはキュッと彼女を抱きしめる。まるで「怯えることはない」と諭すような優しさで。
「まあ、怖れるのも仕方ねェか―― こんな身体だしな。だけど、心は人間だ。人だ。魔族じゃねぇ」
真紅の炎のような視線で、彼女はウェルガーを見つめた。
その言葉に、嘘はないとウェルガーは思った。
(あのときの…… あの決戦のときの…… あの少女か?)
ウェルガーはこの少女を「どこかで見覚えがあるなぁ」と思っていたのだ。
今、やっと記憶の配線がつながった。
魔族との最終決戦で、魔王をぶち殺す前に、助けた戦士だ。
女の身で、血まみれになり、右手、右目を失ってまで戦った戦士だった。
血まみれで倒れていたのを、肩に乗せて、後方に持って行っただけだが――
「あの、決戦で右腕と右目をか?」
「そう―― で、瀕死のところを、勇者様に助けてもらった。ああ、礼が済んで無かった―― はは、どうもワタシはそう言った部分がダメだな」
この真紅の髪の美少女は、ウェルガーに助けられ、その強さを知った。
そして、弟子入りを志願してきたのだ。
「つーか、まだ、名前すら聞いてないけどね」
「カターナ・キルキル」
「カターナか……」
ウェルガーはリルリルを地面に下ろす。
彼女は、ウェルガーの足もとにしがみ付いていた。
「はは、ワタシが怖いのかな―― 勇者の娘さんは」
カターナは、精一杯の友好的な笑みを見せ、リルリルに言った。
「ぎゃぁぁぁ!! なんでぇぇ!! 私は妻です! ウェルガーの妻のリルリルです!!」
ピーンと耳を立て、リルリルが叫んだ。
「え? 妻―― ごめん!! いや、本当に―― ワタシ、エルフのことはよく知らなくてさ…… 気を悪くさせて―― あ~ 本当にごめんなさい」
ペコペコと頭を下げるカターナだった。
彼女の頭の中では「見た目は幼女だけど、多分年齢は上なんだろうなぁ」という誤解が生じているのだろう。
ウェルガーは頭を下げ謝るカターナを見て思った。
(まあ、一〇歳ですと、年齢まで言う必要はないしなぁ~)
ウェルガーにとっては、たまたま一目惚れしたエルフが一〇歳だけだったという話なのだ。
ただ、年齢のことを言うと面倒なので黙っていた。
「なあ、なんで? 強くなりたい? お前さん、今でも相当強いだろう? もう、これ以上強くなることないんじゃね?」
「あの戦争で―― ワタシは死んだ。いや、死ぬはずだった。弱かったから。弱ければ死ぬ。死ねば大切な者は守れない。だから、強くなりたい」
ふと、悲しげな表情を見せ、彼女は言った。
確かに、勇者が彼女を拾わなければ、そのまま死んでいただろう。
あくまでも、助けたのは偶然以外の何物でもなかったが。
カターナは、真っ当な剣士なのかもしれない。
自分の師匠のような、変態・サイコとは違うのか……
まあ、比較対象がアレであるが……
「あの戦争で、誰かを――」
リルリルが言った。聡い彼女は、カターナの表情の変化を見逃さなかったのだ。
「ああ―― まあ、そうだ。というより、みんなそうだろうさ。あの戦争では――」
空を見上げカターナは言った。浜風が彼女の真紅の髪を持ち上げる。ハラハラと血の様な色をした髪が舞った。
「アナタ」
「ん? リルリル」
「弟子にしてあげるのはだめですか?」
「え?」
カターナの存在に怯えていたリルリルが一転して、彼女の応援に回った。
「この人はいい人です。弟子にしてもいいと思うのです」
「お、奥方様! 勇者の奥方様!!」
(なんだよ、奥方様って!)
ウェルガーが心で突っ込みを入れる。
しかし、リルリルは満更でもないという感じで、バーンと胸を張っていた。腰に手を当てて。
リルリルが「弟子にしてあげるのはだめですか?」と言ってしまった以上、ウェルガーに「ダメです」という回答は選べない。
引退勇者は、大きく息を吸いこんだ。塩辛い空気が肺の中に流れ込んでくる。
「分かった―― 弟子てっいっても、そんなに教えられることはねぇからな……」
引退勇者のウェルガーに弟子ができた。
新婚ラブラブイチャイチャ生活にとって、この事態はどうなんだろうかと、ウェルガーは思う。
まあ、それでもリルリルが望むのであれば、彼に拒否権などないのであった。
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